40 小隊戦
二体目の中型魔獣討伐。
これによって小隊単位での評価点はブランの小隊が推定だが一学年トップとなった。
中型魔獣討伐で得られる評価点は200点。二回で400点だ。
中型魔獣一体討伐で一人頭50点。このペースを維持できるのならば、後15体を倒せば進級ラインに到達するだろう。
当然、その評価点を狙って模擬戦等を申し込もうとする者もいるが、そもそも評価点に差がある以上相手も応じる筈がない。
「でも実態は保健委員におんぶに抱っこのインチキじゃねえか!」
イオはあの森での出来事を相当に腹立たしく思っているらしい。
オルガだって、腸が煮えくり返る様な思いだ。
ブランたち三人は、聖騎士と言う物自体を侮辱している。
カスタールでさえ、己の刃を振るう事はしていたのだ。
そう言う意味ではカスタール以下である。
「って言うか、何で退いたんだよオルガ」
「あそこで斬り合いしたって意味ないだろ。まさかあいつ等全員あそこで殺すか?」
「いや、そりゃそこまでは……」
「それに俺達から手を出したら、間違いなく不利だ」
カスタールの時と同様、今の評価点はアイツらの方が上であることは認めざるを得ない。
そうなった時に学院が果たしてどういう判定を下すか。
少なくとも良い結果にはならないだろう。
「じゃあこのまま放っておくのかよ」
「まさか」
あの場ではオルガ達がブラン達に手を出しても正当性は得られなかった。
それは今も変わらない。
ならばオルガはここで退くのか。
否。否である。
ならば取り得るべき道は二つ。
あの小隊の評価点を上回り、それを盾に強引な手段に訴えるか。要するにカスタールプランである。何と最低な名前。
今、一つの賭けを申し込むか。
「小隊戦を申し込むしかないだろうな」
評価点を稼ぐのは現実的では無い。
相手のペースよりも早く評価点を稼ぐともなれば尚の事。
「オレ達の評価点とエレナを賭けて、か?」
「あのやり方を認めないって言うならそれしかない」
他に部外者であるオルガ達に打てる手はない。
相手の小隊の中では合意が取れてしまっている。それを崩すには――学院のルールを使用するしかないだろう。
しかし小隊戦に持ち込むにしても、二対四の不利は変わらない。
『……一応言っておくけど、あの三人は兎も角エレナちゃんは本当に強いわよ。単純に聖剣の霊力も高いし。能力が何より厄介ね』
高速再生に腐敗。攻防共に優れた力を発揮する聖剣<オンダルシア>。
災浄大業物であるこの聖剣については多くの資料が遺されていた。
先代、先々代の適合者の手記さえある。
情報面では大いにアドバンテージが取れていた。
『傷を癒しても痛みは消さない。酷い剣ね。そしてそれが分かっていながらも盾にするあの子達も』
致命傷となり得るような傷の痛み。
それがどんなものかはオルガにも想像できない。それを何度も何度も味わうのだ。
あの時、止めを刺す時のエレナの叫び。
あれは、真実彼女自身の悲鳴だったのではないだろうか。幾度となく死を越えた先の痛みが齎す絶叫。
『で、オルガがあの小隊と戦うって言うのならエレナちゃんが前に出てくるわ。まず間違いなくね』
マリアの予想が正しければ非常に不健全な精神状態と言える。
現状が嫌ならば、そこから離れるべきだという当たり前の思考が行えない。だから、エレナは本気で抵抗してくるだろう。
中型魔獣を単独で撃破する様な実力は間違いなく本物だ。
その相手を制圧しないといけない。
「小隊戦は試験の時とは違って錫杖剣の加護は無し、か。まあ聖剣の守りがあるから大抵は平気なんだろうけどさ……」
オルガとイオにはそれが無い。気絶するかギブアップか、立会人が制止するか。
それまでの間に後遺症が残る様な怪我の可能性は否定できない。
そう言う意味では非常にリスキーな戦いだ。
更にブラン小隊を小隊戦のテーブルに乗せるには、オルガ達の評価点全てを賭けるでもしないと乗ってこないだろう。
いや、それでも足りるかどうか。
勝ち方次第ではその時点で学院に残るのは難しくなる。例え勝ったとしても後遺症が残る大怪我をしたら退学リーチだ。
そしてもちろん。負けたら問答無用で退学だ。
本来なら赤の他人の為にこんな勝負乗る必要は無い。
だが。
あの花壇で見たエレナの悲痛な声。声ならぬ叫び。
もう大丈夫だなんて言っていたが、とてもそうは思えない。
「やろうぜオルガ。小隊戦」
「一応確認しておくけど……結構ギャンブルだぞ?」
「だってお前一人でもやるつもりだろ」
バレたかとオルガは思う。
誰かの為に、自分を傷つけても前に進もうとする人。
一人きりは嫌だと泣いている人。
そんな相手はオルガ個人としても放っておけない。
『別に、あの子も助けを求めてたわけじゃないけど。今回は助けるんだ?』
マリアのその問いかけ。
「エレナは助けてとは言ってなかったけど。だけど放っておいてくれとも言ってなかったからな」
オルガには声ならぬ悲鳴をあげている様に見えた。
誰にも聞かせない苦しみを抱え込んでいた。偶々、オルガはそれを聞いてしまった。聞けてしまった。
だから放っておけない。
そんな相手こそ救われて欲しいとオルガは思っている。
そんな相手だからこそ、守りたいと。
「昨日風呂入ってる時に、保健委員の奴と一緒になったんだけどよ」
そう言えば、風呂入ると言ってたなと思い出す。
「いや、もう胸が凶悪で……野菜でもぶら下げてんのかと」
「イオ。そう言う話はやめよう」
『えー良いじゃないオルガ。もうちょい後学のために聞いておきましょうよ』
今度まともに顔を見れなくなるから本気でやめて欲しかった。
「ああ、そうだな。そこは本題じゃねえ。風呂に浸かったままじっとしてるなって思ったらアイツ泣いてたからさ」
やっぱり。大丈夫じゃないじゃないかとオルガは思った。
オルガがエレナを案じているのを感じたから大丈夫だと。
つい先日名前を知った程度の相手にさえ気を遣って。
そんな良い奴が一人だけ泣きを見ているのは、オルガは許せなかった。
「一人きりは、嫌だよな」
オルガがそう呟くとイオも思い当たる節があったのか。小さく頷く。
「それに、あいつの回復能力はウチの小隊に来れば大活躍だぜ? 何しろオレ達守りが薄いからな」
「確かに。継戦能力大幅アップだな」
二人して露悪的な表情を浮かべて。これが自分たちの為だという建前を用意する。
小隊内での意思統一は取れた。
食堂で食事をしているブラン小隊へと近付いていく。
向こうもオルガ達に気付いて視線を向けてくる。
流石に校内で聖剣に手をかける程じゃない。
「小隊戦をしよう。ブラン」
賽は投げられた。
部外者が望む救いを与えるために。
オルガは我慢強い奴です。溜め込むやつともいう