04 触れられずとも
本日二話目です
『んん……』
オルガの声で意識を取り戻したのか。
或いは別の要因か。
兎も角、見知らぬ少女は聞き覚えのある声で唸りながら目を開けて身体を起こす。恐らくは同年代17歳かその位だろう。オルガ自身自分の年齢に自信は無いが……推定十五からすると少し年上。
『あー……』
その眼がオルガの顔を捉えて。
『昨日はお疲れ。激しかったね』
「魔獣と戦った話だよね!?」
誤解を招きそうな事を言いだす少女にオルガは取り合えず突っ込んで。
「……で、誰だアンタ」
見る限り、武器の様な物は隠し持っていない。
というよりも全裸なので武器の隠し場所など本当に限られているだろう。
『人に名前を聞く時はまず自分からって言わないかな』
「生憎とそんな立派な育ちじゃないもんで」
むしろ寝起きに見知らぬ他人が居たら強盗を疑う。そんな界隈の育ちだ。
それを考えると今のオルガの対応はまだ穏当と言えた。
問答無用で制圧に当たらないのは、この声に昨日は助けられたという認識があるからだ。
「昨日、俺を助けたのはアンタだな?」
『まあそうなるわね。要らぬ手助けだったら謝るけど』
「……いや」
あの手助けが無ければ。自分だけでは最終試験を突破できなかったのは想像に難くない。
「助かった。ありがとう」
『どういたしまして』
機嫌良さそうに少女が笑う。その笑顔を見ていると毒気が抜かれた。
よく言えば裏の無い。悪く言えば能天気なその顔を見て警戒するのも馬鹿らしくなってきたのだ。
「……オルガだ」
唐突に告げられた言葉に、少女は目を瞬かせて。それが名前であると気付いてまた笑顔を浮かべた。
『私はマリア。マリア・オーガス。よろしくね、オルガ』
「ああ……」
『ちょっと。人と話す時は顔を見るって言わないかな。何で目逸らすの』
「いや、だってさ。流石に全裸の人ジロジロ見るのはどうかと……」
警戒心が薄れると、目の前にいるのは美しい全裸の少女だ。流石にオルガも直視が躊躇われる。
『ああ、本当だ』
そう呟くと、マリアの格好は白いワンピース姿に変わった。
「えっ」
『これでいい? オルガ』
「今、何を……」
『あーそれについてはちょっと一旦おいておいて……』
マリアは何かを脇に置くジェスチャーをして、困ったように言う。
『どうやら私死んじゃってるみたいなんだよね』
と、天気の話をするかのような気楽さでそう言った。
曰く。
気が付いたらオルガの奮闘を後ろで見ていた。
何となく、その身体を動かせることに気付いた。
何となく、服も想像した物を着れると分かった。
恐らく、オルガが手にした例のボロ剣から一定距離以上は離れられない。
何となく、何となく、恐らく。
「……つまり、人に憑りつける幽霊って事か」
『誤解を恐れずに言うとそう言う事かな?』
なるほど、とオルガは頷いて立ち上がる。
『どうしたの?』
「教会でお祓いして貰ってくる」
お金は殆ど残っていないがやってもらえるだろうかと考えながらオルガが歩き出そうとするとマリアが涙目で回り込んできた。
『ちょっと! 幼気な美少女が困ってるのに! それでも人か! 男か!』
「少なくともお前はどっちでもないな」
『確かに私は幽霊で女! そうじゃなくて!』
騒がしい奴、とオルガは思った。
これだけ騒いでも苦情が来ないという事は、やはり他人にはこの声が聞こえて居ないらしいとオルガは考える。
最終試験時もマリアの声と姿を認識できた教師はいなかった。
本当に幽霊なのだろう。
死者にしては賑やか過ぎると思わないでもないが。
『私もまだやりたい事があるの!』
「まあ幽霊って大体そう言うよな……やり残した事があるとかなんとか」
『そう! 未練があるって言わないかな!?』
我が意を得たりとばかりにマリアはちょっと必死さを滲ませながら頷く。
『私は、私の死因が知りたいの!』
「覚えてないのか?」
それって、ある意味で己の人生のクライマックス。早々忘れる事では無いのではとオルガは思う。
いや、当事者になった事が無いので案外あっさりしているのかもしれないが。
『気が付いたらこうだったんだもの。死んでいた、って言う最期の結果だけ分かっていて、そこに至るまでの過程が無い』
「それを知りたい?」
『そう』
面倒くさそうだとオルガは思った。
軽く話を聞いてみたところ、マリアは少なくとも400年近くは前の人間だ。
そんな人間の消息を知る。まず間違いなく重労働だ。
人助けはしたいと思うオルガだが、幽霊助けまではする気になれない。
あと普通に怖い。
やはり教会に……と思ったところで。
『調べてくれたら――アナタに手を貸すわよ、オルガ』
その言葉に歩き出そうとした足を止めた。
「どういう意味だ?」
『そのままよ。言ったでしょ? 気が付いたらこうだったって。アナタがここの人と話している内容も大体聞こえてたわ』
少なくともマリアはオルガがこの聖騎士養成学院で結構危機的状況であることを理解していた。
その上で。
『私なら。オルガに戦うための力を与えられる』
そう言われて脳裏に蘇るのは切り刻まれた魔獣の姿。
「あの魔獣を切った奴か……?」
『そう。あれこそは我がオーガス流剣術! あの程度の穢れなら瞬殺よ!』
「穢れ?」
『ああ。400年前はそう呼んでたのよ』
「へえ」
聖剣無しでも魔獣と戦う事が出来る力。
それは今のオルガが最も欲していている物だ。
『報酬は先払いよ。私がオルガにオーガス流剣術を教える。その代わり――』
「俺はマリアの死因を調べる」
『そう。そう言う取引! そうする事でお互い幸せ!』
幽霊と取引かあ、とオルガも思わないでは無いが。
まあ良いかと割り切った。
どの道、聖剣無しでは戦えない。
代わりの力は必要だ。
ならば。
「ああ。分かった。お前の終わりを見つけてやる」
そう言うと、マリアは歯を見せて笑った。
『なら私が貴方にオーガス流剣術、穢れと戦うために編み出された十ある型を伝授してあげる! 世界一強くなるくらい鍛えてあげる!』
そう言ってオルガの前に手を差し出す。
意図が掴めず、彼女の顔をオルガは見上げた。そうすると呆れた様に言う。
『握手よ握手』
「いや、握手って言うけど……」
手を伸ばした。
でも、やっぱり触れられない。オルガの指はマリアの手と重なっている。
不格好な握手の形。
そんな契約の証にマリアは笑顔を浮かべた。
『よろしくね。私の一番弟子』
「こちらこそよろしく。師匠」