37 やれる事
再生を果たしたエレナは聖剣<オンダルシア>でマウンテンボアを切りつけていく。
その度に、マウンテンボアは絶叫した。
先ほど弾かれたから分かる。
マウンテンボアの毛皮は相当に堅牢だ。
それを容易く切り裂いていくエレナの姿は一種異様ですらあった。
風向きが変わった途端に、漂ってくる異臭。
「何だこれ……腐ってるのか?」
「エレナの聖剣だ……」
「保健委員の?」
その刃が通った個所が腐敗している。
まさかずっと以前に付いて癒えなかった傷と言う訳ではないだろう。
だとしたらあれは、あれも聖剣<オンダルシア>の特殊能力。
癒しとは逆の死へと至らしめる力。
マウンテンボアがオルガ達に見向きもしないのは当然だろう。
恐らく、目の前の敵手は何度仕留めたと思っても立ち上がってくる。
そんな相手から目を逸らすなんて言うのは獣であっても出来る事ではない。
そしてその刃が遂に首筋に突き付けられた。
半ばまで刀身を埋め込んで、腐敗の力が開放される。
「あああああああ!」
致命傷を与えているのはエレナの方だと言うのに。まるでエレナが痛みを堪えるかのように絶叫しながら。
首の大半が腐り落ちては魔獣とて生きてはいけない。
その巨体が崩れ落ちた。
致命傷すらも癒す再生能力に、生物であれば必ず重傷を与える腐敗の力。
なるほど確かに。その二つを併せ持っているならば中型魔獣であっても討伐は叶うだろう。
マウンテンボアもグレイウルフと同じ。特殊能力を持たない肉体派の中型魔獣だ。相性はいい。
だが――この戦いにオルガは大いに不信があった。
何故、エレナの側に誰もいない。
この森に入ったのは四人。
エレナの小隊も四人。偶々エレナが一人で、偶々三人の小隊が入ったのでない限りは、それはエレナの仲間のハズである。
それが、奮戦及ばず力尽きたのならばまだ良い。痛ましい事ではあるが、まだ。
だがもしも――。
そんなオルガの予想は最悪の形で現れた。
「おつかれー」
「やっぱエレナすげーわ」
「くっさ。この臭いだけはいやよねー」
ぞろぞろと、エレナの背後の木陰から無傷の三人が現れる。
「おい、これって」
それが意味する事に気付いたイオも表情を険しくさせた。
オルガも歯を食いしばって、今の光景に何かしらの納得を探そうとする。
だが無理だった。
在ろう事か。互いに協力し合うはずのエレナの小隊は。
彼女一人に中型魔獣の処理を押し付けて、自分たちは後ろでのうのうと観戦していたのだ。
疲労困憊と言った様子のエレナを碌に労う事もせず、ただこの魔獣の報奨金で何を買うかと話している姿。
それはこの魔獣が徘徊する森の中では最も異質ですらあった。
「……あ?」
そんな三人がオルガたちの姿に気付く。
流石に森の中で自分たちの方向に向かってくる人間がいれば嫌でも気付くだろう。
「何、あんたら」
「この魔獣はあたしらが倒したんですけど?」
「よこどりー? やめてもらえませんかー?」
口々に、囀る三人に向けてオルガは苛立ちの籠った声を向ける。
「横取り? それはお前らだろ」
「面の皮厚過ぎねーか? 倒したのはそこの保健委員だろ」
イオも相応に苛立ちを覚えている様だった。
いや、あの光景を見て苛立ちを覚えない方が少数であろう。
「何言ってんのアンタら?」
「あたしら小隊よ?」
「小隊で倒したんだからあたしらが倒したって事でしょうが」
ただ強き者の成果だけを掠めとる。それは紛れもなく――。
「黙れよ寄生虫共。一人に戦いを全て押し付けてよくそんな事が言えるな」
寄生虫呼ばわりされて、飄々と囀っていた三人も険の籠った視線を向ける。
その中のリーダー格――嘗てイオがブランと言う名を教えた少女が一歩前に出た。
「だから何? これがあたしらの戦い方。全員が納得済みの事なんだから外野が余計な口を出さないでくれる?」
「全員が納得済み……だと?」
こんな戦い方を、エレナ本人も了承したというのだろうか。
そう思い視線を向けると。エレナも立ち上がって小さく頷いた。
「これが。私のやれる事。やらないといけない事だから」
「ほら、聞いたでしょ?」
勝ち誇ったようにブランが胸を張る。
エレナが良しと言った以上。
オルガ達にはそれ以上の事は言えない。当事者たちの間では同意が取れているのだから。
「分かったなら邪魔しないでくれる? あたしら忙しいから」
「そうそう。コイツ持ち帰って報奨金貰うんだからさー?」
「ほら、帰った帰った」
「それともぉ」
そこでブランが初めて鞘に手をかけた。
「横取りしようって言うのかな?」
回答次第ではここで斬り合いを始めると言わんばかりの態度。
こんな所で始めたら試験でも何でもない。ただの殺し合いとなるだろう。
はったりか。それともそれでも構わないと思っているのか。
一対四。いや――オルガはエレナには手を出せない。そう考えれば戦力差は更に広がる。
エレナはどう動くか。この様子ではブランに付き従うように思える。
頭の中で戦力比を計算する。それは――オルガの中では斬り合いさえ視野に入れているという事。
イオが一歩前に出た。オルガと肩を並べるように。それは彼女の意思表示。
相当にイオも怒っている様だった。仲間を見捨てるが如き所業。
例え候補生同士が蹴落とし合う様な関係だったとしても、それでも越えてはいけない一線と言う物はある。
あの三人はそれを越えた。
そして今、別の線さえも越えようとしている。
『落ち着きなさいオルガ。ここで始めたって意味がないわ』
そんなオルガに冷静になれとマリアは言う。
『負けたら最悪死。そして勝っても――向こうをエレナちゃん以外全滅させるしかない。でもそうなればオルガ達は退学』
こんなふざけた振る舞いを見て、黙って退けと言うのか。そうマリアを睨む。
『戦いの場を整えるのも、戦う者としての資質よ。どうせやるなら……合法的に、根こそぎやりましょう』
そのあくどい笑みを見て。
オルガは少しだけ意気を削がれた。
そうして柄から手を離して、この場では戦う意思が無い事を示す。
それを見て、ブラン側も気付かれない様に安堵の息を吐いていた。
本当に斬り合うまでの覚悟は無かったらしい。
「……エレナ。これがお前の好きな事か?」
こんな戦いが、と言う問いかけにエレナは。
「そうです。これが、私のやるべき事」
と答えた。<オンダルシア>から垂れた魔獣の血が、その下にあるコユキソウを深紅に染めながら。
そこに混ざった別の物を見つけて。
それらにオルガは一つ頷いて。
「出直そうイオ」
出鼻を挫かれた格好のイオを促してこの場を収める事にした。
合法的に。マリアの言葉を頭の中で考えながら。
コイツらさては現国苦手だな? な話