34 簡単オーガス流剣術弐式
『弐式はね。結構神経使う技よ。少なくとも壱式みたいにバーッてやって何とかなる技じゃないわ』
遠回しに壱式はバーッてやればなんとかなる技だと言われている気がした。
『まあ壱式の練習も継続するとして……弐式の要諦は一つ。鋭く、霊力を放出して留める事。それだけよ』
「……本当か?」
『え?』
「また大事な事を伝え忘れてるとか無いよな! 無いよな!?」
『な、なによ……私だってこんなシンプルな事忘れないわよ! 鋭く放出! そしてそこで止める! 本当にそれだけだってば!』
既に一度、肝心な事を伝え忘れていたマリアにオルガは疑惑の視線を向ける。
今度こそ大丈夫だと必死でマリアは説明していた。
「なら良いけどさ……これどういう技なんだ? 何かこう、波紋斬りに比べると地味と言うか何と言うか」
『うーん。まあ凄く簡単に言うと、霊力で刀身を伸ばす技、かなあ』
「刀身を伸ばす」
マリアの説明をオウム返しにする。
『オーガス流剣術弐式。朧・陽炎斬り。見えない幻の刃で相手の不意を突く技ね。知能が高い相手には覿面よ』
「知能が高いって魔獣の?」
『……ええ。そうよ。魔獣も霊力を見てる奴が偶にいるわ。そう言う奴にはよく効く技ね』
「見えてるんだったら避けられるんじゃ?」
『そこはタイミングよ。相手が避けた! って思った瞬間に伸ばせばイチコロよ』
確かに。いきなり刀身が伸びたら大抵の相手は不意を突かれるだろう。
そしてこの技の質の悪い所は、来ると分かっていても対処が難しい。何しろ、伸ばす長さは霊力次第。いくらでも調整が効く。
つまり相手は余裕を持って避けないといけないという事になる。
ギリギリの攻防を力業で成立させないというのはアドバンテージだろう。
ただし、対人戦闘においての話だが。
魔獣相手にそこまでの駆け引き必要なのかは疑問だ。
『と言う訳で私からのクエストよオルガ!』
クエストって単語。使いたかったのかなとオルガは思った。
『まずは切っ先からそっと霊力を伸ばしてみなさい。それをちょっとずつ伸ばしていくわ』
「分かった……これで良いのか?」
『早いわ! 何で直ぐに出来るの!?』
言われた瞬間にあっさりと目標を達成してしまったオルガにマリアは全力で突っ込む。
「何でって言われても……前に同じような事はしてたし」
主に、マリアの説明不足で試行錯誤していた時期だ。
そしてオルガは一度した事なら何度でも再現できる。今回もそうしただけだ。
『はー。我が弟子ながら……霊力操作に関しては大した物ね。そのままゆっくりと伸ばして』
「おう」
『うーん。私の教え方が凄い上手に思えてくるわね……まだ何も言ってないんだけど』
刀身から拳一個分ほど霊力を伸ばすとマリアが感心したように言った。
無駄な時間を過ごしたと思った壱式の修業時間だったが、結構役立っているのは嬉しい誤算だった。
『じゃあ次。それをそのまま薄く薄くして』
「薄く……薄くね」
剣先に流す霊力を絞っていく。
だけど勢いだけは衰えさせずに。
「こうか?」
『チッ!』
「舌打ち!?」
『こうもあっさり成功されるとちょっと腹立つわ!』
「……マリアは習得にどのくらいかかったんだ?」
『私? 見た瞬間に出来たわよ』
「俺、お前の方が絶対周囲に舌打ちされてたと思う」
オルガは一応壱式の修業期間という下積みがあったのだ。
マリアは見ただけで出来たというのだからそれはさぞ周囲は腹立たしかった事だろう。
『まあ良いわ。それが朧・陽炎斬りよ。後はその刃を如何に鋭くしてどの位伸ばすか』
「なるほど……」
『ちなみにその感覚は壱式の鏡面・波紋斬りにも通じるわ。この二つがオーガス流の基礎の基礎よ』
そう言われてオルガは気付いた。
今の霊力の刃を作る感覚。
剣へと流し込む霊力を絞る物は波紋斬りの無駄をなくすために必要な物では無いだろうか。
ふと思い立って、足元の小石を拾って宙へと放る。
この石を、切り裂くだけの霊力を。
小さな石目掛けて正確に振るわれる刃。触れた瞬間に、小石は真っ二つに弾けた。
「……出来た」
極小の振動波。それが小石に滑らかな断面を生み出していた。
『その辺の見極めは相手の霊力を見れるようになれば更に正確になるでしょうね』
「そう言えば、霊力を見る特訓ってしないのか?」
話を思い返すと、霊力の把握はオーガス流を扱う上でとても重要な物だ。
体内の把握は既にオルガの人としての尊厳をいくらか削りながら達成した。
だが、外界の霊力を感知するための特訓はまだだ。
『うーん。実は無いのよね』
「無い? それは例の人によって違うとかそう言う理由か」
どうなるかは人それぞれだとマリアは言っていた。彼女は輝きだし、他には色だったりと千差万別だったらしい。
『というよりも、強い霊力に触れることで勝手に開くと言うか……うちの道場でも自然に出来るようになってたわ』
だから特訓方法は無いのだと言う。
「そうか……」
『まあ仕留め損ねるよりは良いから大目に入れておきなさい』
「それだと相変わらずばてるのが早いんだよなあ……」
『まあ最低限の感覚位は私が教えてあげるわよ。オルガが開眼するまで私がオルガの眼ね』
「そりゃどうも」
一先ずロックボアを仮想的に見立てて、二つの型でどれくらい霊力を使えば致命傷を与えられるか。
マリアの感覚を元に練習していく。
それを繰り返していくと、霊力を大分消費したのか。
倦怠感と眠気。
『ありゃ、霊力使いすぎちゃったか』
「……みたいだ」
『まあここは校内だし……お昼寝でもしちゃえば少し回復するわよ』
「昼寝……」
何とも魅惑的な誘いだった。
昼下がり。涼し気な風と暖かな日差しの下で昼寝。
絶対に気持ちがいい。
『大丈夫。何かあったら私が大声で起こしてあげるから』
「……なら、少し寝る……」
芝生の上に寝転がって。オルガは目を閉じた。
あっと言う間に意識が落ちていく。
「えっと……あの、風邪。引きますよ……?」
横合いからかけられた声にオルガは目を見開く。
跳ね起きて、そこで声をかけて来た相手が知己だと気付いた。
「ああ……すまん。寝惚けてた」
「いえ、こちらこそ。驚かせてすみません」
申し訳なさそうな顔をして、保健委員の少女がそこにいた。
マリアは色々言っていますが、コイツはガチで見ただけで技を覚える天才なので、真似してはいけない。