31 保健委員
「一先ず明日からのクエストはもうちょい吟味しよう。こんなんで死んだら死にきれねー」
「一応未帰還者は捜索してくれるらしいけどな」
聖剣を回収しに、ではあるが。
大業物以上の聖剣は現存する物しか存在しない。
業物、数打ちなどは現在も鍛冶師が打っているが、それとて希少な物。
毎年800人近く増える聖騎士候補生よりも余程希少なのだ。
だから聖剣が帰ってこなければ学院も捜索隊を出す。
無論、捜索するのは聖剣のみ。
側に居れば一緒に救助――或いは回収してもらえるがもしも手放していた場合はその場に置き去りだ。
オルガに至ってはあのボロ剣を探しに来てくれるかは甚だ疑問であった。
最悪、その辺の誰かが遺した剣を回収して終わりになりそうだった。
想像するとゾッとしない。
「後イオ」
「ん?」
話は終わりと、帰りかけていたイオをオルガは呼び止める。
振り向いたイオの肩へ、その指先を押し付ける。
「いっ!」
悲鳴の様な――と言うか悲鳴その物の声をあげてイオは身を縮こまらせた。
逃亡劇の最中。
イオが一度転倒した。その際の倒れ方からして、肩を痛めたのではないかと思っていたがどうやら正解だったらしい。
「医務室で治療するぞ」
「……気にしなくていいのに」
「骨痛めてたら厄介だろ。ちゃんと見て貰った方が良い」
そう言うオルガの言葉には実感が籠っていた。
スラムで、痛みが有っても金が無いからと無理をして動いていた奴らの末路を知っているのだ。
大半はただの打撲だったが、骨が折れていた場合変な形でくっついてしまったり。
ただでさえ劣悪な環境で、自分の身体さえ思うように動かなくなれば、待っているのは他者の食い物にされる未来だ。
学院はそこまで修羅の様相を呈してはいないが、間違いなく弱みになる。
医務室が利用できるのだから利用すべきだ。
『オルガも痩せ我慢しちゃって』
実のところオルガも結構身体が怠い。
それが霊力の枯渇に因る物だとしたら、回復するまではこのままなのだろう。
カスタールとの戦いの後で気絶したのも恐らくは同じ理由。限界を越えた霊力を使おうとしたら気を失う事が分かっている。
マリアに体内の霊力を動かされた時の事も合わせると。
霊力の異常は肉体にも影響を及ぼすのだという事が分かってくる。
「……そうか。カスタールの奴の聖剣もそう言う効果だったのか」
今更だが、カスタールの聖剣についてオルガはその能力を理解した。
体内の霊力に影響を与える事で、肉体にも影響を及ぼす。
霊力を感知する事が出来ない人間にとっては、ただ肉体を拘束する効果にしか見えないだろうが。
そして聖剣が霊力を以て動いている以上、恐らくはその特殊能力も封じ込める事が可能だったのだろう。
「うん? カスタールのクソヤローがどうしたって?」
「アイツの聖剣はある意味聖剣を封じる様な効果だったんだなって」
「そうなのか? オレの<ウェルトルブ>は全然影響受けてなかったけど」
「相性……じゃないかな。後は多分ある程度の限度があるとか」
事実、オルガは体内の霊力を自分で動かすことで聖刃化前の特殊能力は無力化していた。影響を自覚したのは聖刃化の後だ。
「へえ……って言ってもアイツはもう退学だから戦う事も無いけどな!」
「まあな」
イオの言葉にオルガも同意を返す。
確かに今更分かっても恐らくは活かす事の無い知識だろう。
医務室に辿り着くと、いつも以上に慌ただしい雰囲気だった。
「大盛況だな」
「あー多分オレ達と同じじゃね?」
今日からクエストが解禁されて、勇んで飛び出した一学年の生徒達が洗礼を受けた結果という事だろう。
勤務している医師が慌ただしそうに医務室を回っている。
「あ、えっと……いらっしゃいませ?」
「どうも」
「邪魔するぜ保健委員」
癒しの聖剣<オンダルシア>を持つ保健委員の少女も今日は忙しそうだった。
何時も見る時は制服姿だが、今日は少しばかり汚れた戦闘着を着ている。
どうも彼女もクエストか何かをしていたらしい。
そう言えば、名前まだ聞けてないな……とオルガは思い出した。
完全にタイミングを逃している。
「怪我、ですか?」
「ああ。コイツが」
「肩打っちゃってさ。見てくれよ」
左腕の背中側を示すようにイオが軽く押さえて、顔を顰めた。結構痛かったらしい。
「はい……では失礼して」
そう言って彼女は<オンダルシア>をイオの肩に当てる。
鞘には収めたまま、軽く目を閉じて集中している。
「……ただの打撲です。聖剣の力で癒すことも出来ますが、自然治癒に任せた方が良いでしょう」
『凄いわね。治すだけじゃなくて診断まで出来るんだ。あの聖剣。オンダルシア……オンダルシア。昔そんな名前の医者が居たわね』
案外、その人物が名前の由来かもしれないとオルガは思った。
確かにこの聖剣は医者っぽい。医者いらずとも言えるが。
「確か、あそこに貼り薬が……」
そう言いながら少女は棚から貼り薬を取り出す。
「こちら、患部に貼る物です」
「お、サンキュー。それで悪いんだけどさ――」
「ちょっとエレナ! 速くこっちも見てよ!」
騒がしい医務室の中でも響く高い声。どこか苛立ったような調子の声の主をオルガは反射的に探す。
居た。
太陽の様なマリアの髪とはまた違う、くすんだ黄金の様な鈍い輝きを持つ金髪の少女。
どことなく、人に命令する事に慣れているような。そんな印象を持つ少女だった。
「何をやっているの。こっちの治療も早くなさい」
「あ、えっと……」
「ああ、良いよ。後はこっちでやっとく」
イオと呼んだ少女との間で視線を彷徨わせて困った様子だった少女にオルガは向こうを優先してくれと声をかけた。
後は貼り薬を張るだけならば自分達でもなんとかなる。
「すみません……失礼します」
そう頭を下げて、保健委員の少女は呼んだ金髪の元へと向かう。
「エレナ、ね」
意図せずも名前を知ってしまった。ただ本名かどうかは分からない。
呼んで見たら、親しい友人だけが呼ぶ渾名だったりしたら恥ずかしい。
――呼んだ相手が親しい友人とは、オルガには思えなかったが。
保健室は大繁盛。果たして何人か本当に怪我をしたのか