30 散々な森の中
時折立ち止まって追撃を切り捨てているオルガよりも、イオが先行するのは自然な流れ。
ただふと、オルガは気になった。
「イオ! お前道は!」
「分からん! ここどこだ!」
「俺も分からん!」
慌てて駆けだしたので、二人して現在位置を喪失していた。今が森の奥に進んでいるのがそうでは無いのかさえ分からない。
救いを求めるようにマリアを見ると。
『しょうがないなあ……あっちよ』
とマリアは呆れたように言いながら90度右の方角を指差した。
大分違う方角だったようだ。
「イオ! 多分右だ!」
「右!? 分かった!」
一先ずそちらに逃げれば森から出られるのは分かったが――問題は後を追いかけてくる魔獣共である。
あと一部普通の猪。
また先頭のどっちかを良く判別もせずにオルガは切り捨てた。
ただの振り下ろしでは猪も一撃では仕留められないし、どちらにしても鏡面・波紋斬りを使うのだから変わらない。
とは言え、やはり数が多い。
「イオ! さっきの奴もう一回できないのか!」
「あー。えっとだな」
走りながら、息苦しそうにしつつイオは答える。
「一晩位放置しないと無理だ」
「何で!」
「そう言う剣なんだよコイツ……」
結構強烈な範囲攻撃だったのだが、今はダメだと聞いてオルガは頭を抱えたくなる。
つまり、追撃の阻止はオルガにしかできない。
鏡面・波紋斬りで切り捨て。
また切り捨て。
「よし、行ける」
イオが多少霊力を貯めたウェルトルブで一頭切り捨て。
相手の数がそこそこに減ってきた。
「振り切れそうだな!」
「そう、だな……」
二桁位切り捨てた辺りでオルガは異様な倦怠感を覚えた。
先ほどから鏡面・波紋斬りで放つ振動波が心なしか弱弱しくなっているような気さえする。
『ああ。霊力切れね』
「何、それ……」
息も絶え絶えに呟いた言葉はイオには聞こえなかったらしい。
或いは言葉になっていなかったか。
ただマリアにはその意味は通じた様だった。
『文字通りよ。オーガス流剣術は体内の霊力を使って放つ剣技。オルガの持つ霊力が尽きそうなのよ』
まだ十回くらいしか使ってないんだけどという無言の抗議。
それにマリアは肩を竦めて答えた。
『だって霊力の無駄が多いもの。穢れ……じゃなかった。魔獣の猪と普通の猪に同じだけ霊力使ってたらそれは直ぐに尽きるわよ』
確かに……それは無駄だとオルガも認めざるを得ない。
ただ、もっと早くに教えて欲しかったと思いながらオルガは走ってイオに追いつく。
「すまん、イオ。俺も打ち止めだ。後一回くらいしか無理」
「マジかよ!」
叫びながらイオがまた一頭切り伏せた。
これでイオは八頭。
普通の猪も含めてニ十頭近く倒しているが、まだ残っている。
「割に合わねえ!」
「同感、だ!」
慣れない森で木の根に足を取られて。イオが躓いた。
不味いと思って咄嗟にオルガはカバーに入る。
倦怠感を堪えながら鏡面・波紋斬りを繰り出すが、刀身が半ばまで食い込んだあたりで刃が止まる。
霊力が足りず、振動波が途中で止まったのだ。
ヤバいと思った瞬間、止まった刃はそのままに、切断という結果だけが起きる。
何故と思っているとマリアの叱咤がオルガの背を打った。
『ほら、呆けてないで急ぐ!』
マリアが手を貸してくれたのだと思うよりも先にイオを助け起こしてそのまま全力でダッシュ。
開けた街道まで出て、後ろを振り返る。
「……人の手が入ってるところまでは来なかったか……」
「みたい、だな」
二人してぜいぜいと荒い息を吐きながら、整備された道に座り込む。
「滅茶苦茶数多かったな……」
「なーにが数頭だよ……思いっきり大群じゃねえかアレ」
あのまま戦っていたらどうなっていたか……というのは想像に難くない。
どうにか命拾いをした。
それが二人の偽らざる本音だった。
◆ ◆ ◆
「つまりイオの聖剣は溜が必要って事か」
「そうなる。溜めれば溜める程どんどん威力は上がっていくんだけどな……」
イオの聖剣<ウェルトルブ>の特殊能力を聞いたオルガは中々使いどころが難しそうだと感じていた。
確かにあの初撃は強烈だったがそれが続かないのは問題だ。
一分程度で小型の魔獣なら斬れる位の力は取り戻す様だったが、やはりそれも一分に一度。
溜める時間が長い程威力が増すならそんな小物相手に使うよりも大物に使った方が効率が良さそうな気がする。
「んでオルガの……えっと何流剣術だっけ」
「オーガス流」
「そうそれ。は回数制限付きと……どこで覚えたんだそれ?」
聖剣無しで魔獣を一撃で倒せるような剣技だ。
普通は噂になる。それすら聞かないとなれば興味を引くのも当然だろう。
「練習すれば効率よくできるとは思うんだけどな……どこで覚えたかは内緒だ」
「何だよー教えろよー」
幽霊から教えて貰っている何て話は信じさせるのが難しい。
「ちぇ。もっと信用できるようになったら教えてくれよな」
「まあ、その内にな……」
信用以前に、マリアが見えるようにでもならない限りは無理そうだとオルガは思っていたが。
「オレの方は……まだ聖剣使いこなせてないと思うんだよな。聖刃化だって全然出来なさそうだし」
「俺もだよ。もう少し使える回数を増やしたいんだが……」
マリア曰く、人が持つ霊力を後天的に増やす方法は知らないそうだ。
大本を増やせないなら、消費を減らすしかない。
カスタールとの戦いで消費を増やす方向――これもマリア曰く無駄が多く危険らしいが――は感覚が掴めたのでその逆を目指す。
練習あるのみだろう。
「こうして考えると。俺達の特性って群れとか倒すよりも大物狙いの方が良いのか?」
まず間違いなく、イオの聖剣はジャイアントキリングを狙える代物だ。
反面、複数を相手取るには向いていない。
密集箇所に一発ぶち込むような使い方なら良いのだろうが……取りこぼしの問題はどうしても出てくる。
オルガは完全に一対一だ。他の技を覚えれば可能性はあるのだろうが、今はないものねだりである。
「嘘、オレ達の継戦能力低すぎ……? って感じだな」
そう言う意味では、最初の試験は二人にとっても相性が良かったのだろう。
聖騎士候補生というのは十分にその大物に含まれる。
もしも魔獣の群れを倒せ! 何て試験だったら退学だったかもしれない。
運が良かった。
試験も、今回の任務もどちらも。
二人はそう痛感するのであった。
試験方式によってはオルガはまず間違いなく退学でしたね……
バトルロイヤルとかしたら真っ先に狙われる