29 反省会を始めましょう
二人、無言で寮の食堂に辿り着く。
無言のまま、水を汲み。
無言のままそれを一気に飲み干し。
そして。
「死ぬかと思った!」
「滅茶苦茶危なかった!」
二人してつい先ほどまでの大冒険を思い返して冷や汗をかいていた。
『いやあ、危なかったねえ』
とマリアはケラケラ笑っている。
途中で一度も変わろうかと言ってこなかった当たり、マリアからするとアレは安全だったのだろうかとオルガは疑問を抱く。
いや、他人の判断に委ねるのは危険だとオルガは自戒した。
マリアが良いと言ったからではなく、自分でどう判断したかだ。
そう言う意味では今日の戦いは――綱渡りだったとしか言いようがない。
「よし、オルガ。オレ達は今日から小隊だ」
「そうだな」
「だから隠し事は無しにしよう。お互いの戦力を……能力を晒そう」
『連携取る上では大事な事ね。本当は出発する前にやるべき事だったけど』
そのマリアの言葉で、オルガはやっぱりと思ったのだ。
今日のマリアは余りオルガにあれこれとは言わなかった。
特に学院を出てからはあっちこっち浮いて見回ってはいたが声はかけてこなかったのだ。
てっきり物珍しさからしているのかと思ったが――あれは意図的な物だったのだろう。
今のイオの提案も、もっと前からやるべきだと思っていたはずだ。
それを口にしなかった意図は、自分達で気付くべきだと思ったからか。
そんな事を思いながらマリアを見上げているとその視線に気づいたマリアが言う。
『この手の話は失敗の教訓とした方が実感が伴うって言うかな』
その通りなのが腹立たしい。
それに、連携をする上で相手の能力を知る事が必要だなんて話は少し考えれば思い至ったはずだ。
それが出来なかったのは――まあオルガもイオも浮かれていたのだろう。
カスタールは間違いなく強敵だったし、大なり小なり二人を押さえつけていた。
その重石が無くなった事で少し空回っていたという事をオルガは今自覚した。
「オルガ?」
「ん? ああ……その手の話をするなら別の場所の方が良いかと思ってな」
誰でも出入りできる食堂で、自分たちの秘密を明かすのは得策とは言えない。
「確かに」
『この前の自主練場所で良いんじゃない?』
確かにあそこならば余り人は来ないだろう。来ても見晴らしが良いので直ぐに分かる。
イオにもそう提案すると決まりとばかりに二人で歩き出した。
◆ ◆ ◆
二人が受けたクエストは、付近の農村――王都のすぐそばにある食料供給地からの依頼だった。
曰く、近くの森でロックボアを見かけた。
どうやら複数いる様なのでまとめて退治して欲しいと。
「ロックボアってあれだろ。イノシシが少し大型化した奴」
「らしいな」
イオの言葉にオルガも頷いた。彼の持つ知識もそんな程度の物だった。
「結構硬いらしいけど……まあカスタールの刃鎧より硬いって事は無いだろ」
「だな。ま、気楽に行こうぜ」
そう言って二人は森の中へと踏み込んでいく。
目撃情報のあった場所へ無造作に踏み込んでいく。
――この時もう少し二人が冷静であれば周囲の足跡などにも気を配れたのかもしれない。
或いは、依頼の農村から案内人を雇うなり。
が後の祭りである。
魔獣とは獣が変質した存在。
強大になろうとも本質的には獣なのだ。
そして、その獣が森から人里へ降りてくる理由を考えるべきだった。
「お、珍しい花発見」
「珍しい?」
「これ森の奥でしか採れないから、たまーに欲しがる奴いるんだよ。そう言う奴に結構高く売れるんだぜ?」
「よし。帰り道に採取していこう」
「摘んだら直ぐに枯れるけどな」
そんな雑談をしながら更に奥へ。慣れない森の探索で多少なりとも疲弊していたが二人に自覚は薄い。
幸いと言うべきか。行き当たりばったりな二人でもどうにかロックボアの所在は掴めた。
大樹の陰に身を隠して、相手の様子を伺う。偶然だが風下に立てた為、相手はまだ気づいていない様だった。
互いの視線の先にいる大型のイノシシめいた魔獣。
表皮が岩の様に硬化している事からロックボアと呼ばれるようになった魔獣だ。
似た様な変質を遂げる魔獣は多く、色々と似た名前の居る魔獣でもあった。
無言で。オルガが先に行くと手の動きだけで示した。
イオが頷き返すのを見て、オルガは木陰から飛び出す。
上段からの鏡面・波紋斬り。
一撃でロックボアの首を落とす。
「やるじゃん」
一瞬で絶命させられたロックボアを見て、イオは称賛しながら木陰から出てくる。
「不意打ちできたからな」
とりあえずはこれで一頭である。
群れの討伐という話だったが……果たして後何頭いるのだろうか。
「取り合えず次はオレがやるけど良いか?」
「ああ。任せる」
『んーオルガ? そんな事言っていられないと思うな』
意味ありげなマリアの言葉に思わずそちらに視線を向ける。
『獣は血の匂いに釣られるって言うかな』
その言葉を証明するかのように。二人を囲むようにロックボアが現れる。
一頭、二頭、三頭、四頭……。
「……大家族だな」
「いやいやいや! かなり多いぞこれ!」
オルガの現実逃避じみた言葉にイオが突っ込む。
当初依頼書に書かれていた話では2~3頭という話だった。
だがここに居るのは既にその三倍以上だ。
二桁に達した辺りで数えるのを辞めた。
中には普通のイノシシも混ざっている様だったが、脅威としては大差ない。
聖剣の守りがあるなら兎も角、それが無いオルガにとってはただのイノシシの突進も十分に危険だ。乱戦となれば尚の事。
イオと背中合わせになって死角をカバーしあう。
「取り合えず、包囲を脱しよう」
「だな! オレが突破口を開く」
「頼む」
オルガの鏡面・波紋斬りは多対一には向いていない。
どうしても一体ずつしか斬れない。
それよりはイオの聖剣に任せた方がきっと良いだろうと思ったのだ。
そう言えばイオの聖剣の能力を知らないな、とオルガはこの時初めて思い至った。
イオの<ウェルトルブ>が吠える。
一晩溜め込まれた霊力が一気に解放されて光の斬撃を生み出した。
その攻撃はまとめてロックボアを六頭を開きの干物の様に変える程の威力。
「こっちだ!」
「応!」
二人、その穴から抜け出すがロックボアは追いかけてくる。
そして当然だが――イノシシの方が人間よりも足が速い。
突出してきたイノシシを鏡面・波紋斬りで切り裂き。
続けて来たロックボアを鏡面・波紋斬りで両断し。
それでも切り無く襲ってくる姿は正に猪突猛進。
その勢いは止まる気配がなかった。
マリアはそれを上から笑いながら見ていた。悪霊ムーブ……