03 後ろのあなた
日刊総合97位になれました!
ありがとうございます!
「……誰?」
得体のしれない少女の声。
まだギリギリ聖剣の声かな? と思いたかったのだがその声は手元ではなく背後から聞こえてくる。
『倒して良いの? 倒しちゃダメなの?』
良いか悪いかで言えば良い。
ただ素直に頷くのは何となく躊躇われた。
『ダメなら、今度は避けないで見てるけど』
「良い! 倒しちゃって!」
正直、オルガの身体能力でこれ以上避けられる気がしない。
ここまで避けられたのがオルガとしては奇跡の様な物だった。
『ふふん。良い判断したわよ。アナタ』
そんな声が聞こえると同時、オルガの身体の動きが変わった。
先ほどまでは飛んだり跳ねたりしていたのが、爆発的な加速で一気に相手との距離を詰める。
突進直後でまだ振り向いている途中の魔獣。
突如として逃げ惑っていた獲物が自分に向かってきたことに戸惑っている様にさえ見える。
その戸惑いの代償は、牙一本。
下段から切り上げた一太刀が、悍ましい程滑らかな断面がオルガの視界に入って直ぐに消えた。
一拍遅れて、その断面を作り上げた下手人が藁も斬れないはずだったボロ剣による物だと気付いて背筋に寒気が走る。
何をどうしたら、そんな真似ができるのか。想像も出来ない。
自分の足が急激な加速と減速に耐えきれずに痛みという形で限界を告げてくる。
その上でオルガは己の口元が釣り上がっている事を自覚した。
それは自分の感情ではなく――この身体を動かしている誰かの歓喜。
今更ながらにゾッとした。
自分の身体が今、他人によって動かされている。
例え壊れることも厭わずに。
魔獣が再び突進しようとしている。相手の攻撃手段はそれしかないのだから当然と言えば当然の行動。
当然では無いのはオルガの身体を動かしている誰か。
その突進に真っ向から向き直る。
無茶だという声が出ない。
真正面から殴り合うなど愚の骨頂。そんな事は素人同然のオルガにだって分かる。
愚かしい選択の果ては突き。
相手の突進に合わせれば確かに、高い威力を発揮できるだろう。
ボロ剣だから剣が砕ける、などと言う常識的な考えは牙を断ち切られた時点で捨てた。
だがその果ては、突進の勢いが乗った巨体に押しつぶされる未来だ。
例え一撃で頭蓋を潰したとしても勢いまでは消えない。
そんな常識も捨てさせられた。
まるで後ろから引っ張られでもしたように魔獣の巨体が勢いを減じた。
いや、違う。己の足で態々減速しているのだ。何故、とオルガは疑問を抱き愚問だと断じた。何かしたに決まっている。
その隙にオルガの身体は横へと回り込む。
大上段に構えたボロ剣が真っ直ぐに振り下ろされた。
オルガの胴ほどもある魔獣の首が、一太刀で落とされた。
その断面も背筋が凍るほどに美しい。
そしてボロボロだった剣は今も尚、原型を留めて居る。
一体どんな腕前をしていればこんなゴミ同然の剣で頑強な魔獣の身体を斬れるのか。
「アンタ、一体……」
誰なんだという問いかけは宙に消えた。
身体の自由がいつの間にか取り戻されている事に気付いたのだ。
背後からの声は、もう聞こえない。
見事に魔獣を打ち果たしたのだから、最終試験は合格だと試験を監督していた教師は告げた。
その後は淡々と入学手続きを進めていくが今一釈然としない。
「きっとそいつは切断力を増す類の特殊能力持ちだな。気が向いたら調べてみると良い」
何て、教師は言っていたがオルガはその言葉に頷く事は出来なかった。
いや、もしかしたらそれも事実の一つなのかもしれないとオルガは思った。
そうでなければあの牙と首を落とした斬撃が納得できない。
だが、あの声は――。
「あの、聖剣ってしゃべったりします?」
「え? いや……どうだろう。聞いた事は無いかな……」
教師に聞いてみたら困った顔をされた。
少なくとも一般的な話では無いらしいとオルガもその反応で悟る。
「はい、これ寮の鍵。まだ他の新入生は入寮してないけど四人部屋だから喧嘩せずに使うように」
「四人、ですか」
辛うじて屋根と壁がある程度のあばら家住まいだったオルガからするとこの学院の寮は天国としか言いようがない。
例え四人で使うのだとしても豪勢な話だ。
むしろもっと詰め込まなくても大丈夫かという意味で四人か、とつぶやいたのだが教師は逆の意味で取ったらしい。
「まあ最初の内は窮屈なのは仕方ない。入学生全員に一人部屋を渡していたら進級時には空室だらけになるからね」
つまりは、それだけ退学者が出るという事らしい。
この学院の過酷さを垣間見た気がした。
学院自慢の大浴場を一番乗りで堪能して。
今日から自分の住まいとなった寮の部屋に戻ってきたら疲労感がドッと襲ってきた。
「……疲れた」
最終試験の事を思い出すと少し、へこたれそうになる。
あの声の助けが無ければオルガは魔獣を倒すことが出来なかった。
そしてその声はもう聞こえない。
このボロ剣が本当に何かの力を秘めているのか。オルガには分からない。
だがこんなところで諦めることは出来ない。
強くなりたい。強くならないといけない。約束を果たすためにも。
その為にこの学院に来たのだから。
そんな事を考えている内にオルガは眠りに落ちて。
窓から差し込む日差しの眩しさで目を覚ました。
「……眩しい」
硝子なんて上等な物の無かったスラムでは、板切れで窓や穴を塞いでいたのだが……ここにはそれすら無いから本当に眩しい。
後で、板切れ探してこなくちゃ……とオルガは寝惚けた頭で考える。
窓の方に向いていた体を反対に向ける。
何故だか反対からも、陽光の様な輝きがオルガの視界に入ってくる。
「……こっちにも窓あったっけ?」
ある訳が無い。
平行に窓が着いている部屋ってどんな構造の建物だと自分に突っ込みながらその正体を探る。
人の髪だった。
すやすやと気持ちよさそうに眠っている少女の黄金色をした髪だった。
何故だか、オルガの寮のベッドで寝ている少女の髪だった。
寝惚けてんのかな、とオルガはまだ覚醒しきっていない頭で考える。
それとも欲求不満か何かなのか……こんな幻を見てしまうとは。
十五歳として人並みにエロイことへの欲求はあるが、こんなリアルな女体を想像してしまう自分がちょっと嫌だった。
身体を起こして頭を目覚めさせようとする。
その拍子に少女の全身を見下ろす事になる。
何故か。
全裸の。
「ほうわ!?」
衝撃的な光景にオルガは悲鳴を上げながらベッドから転がり落ちた。