27 小隊
「組む……?」
「そ。小隊制度は知ってるだろ?」
知らない、とは言い出しにくい雰囲気だった。
『ほら。あのカスタールがイオちゃんを勧誘してた』
「ああ」
そう言えば元々はそう言う話だったとオルガは思い出す。
絶対それ以外の理由もあった気がするが、イオを己の小隊に入れようとしたのが話の切っ掛けだったはずだ。
「小隊を組んでれば、この手のクエストも一緒にやれる。一人じゃ倒せないような大物だって狙えるだろ?」
「それはまあ、確かに」
さっきの依頼は野犬だったが、魔獣を討伐しようとするのならば複数人で仕留める方が安全には違いない。
評価点を効率よく稼ぐ為には、一人よりも複数人でチームを組んだ方が良い。
模擬戦で生徒から奪うというのは論外だ。自分よりも点数を高い相手に挑まなければまとまって点は稼げない。
低い相手から巻き上げようにも万一負けたら大損。リスクばかりが高すぎる。
それはオルガにも分かった。
ただ分からないのが一つ。
「俺は聖剣持ってないぞ」
「またまた冗談を。カスタールの刃鎧をぶった切れるような切り札持っていながら何を言うか」
とイオは笑って取り合わない。
冗談では無いのだが……とオルガは少し困った。
『うちの由緒あるオーガス流剣術をぽっと出の聖剣なんかと一緒にしないで頂戴! 年季が違うのよ年季が!』
どうも自分達の時代には無かった聖剣が、自分たちの剣術を差し置いて魔獣との戦いの主役である事が不満らしい。
どうでも良い所で張り合おうとしていた。
「本当に冗談でも何でもなく、聖剣じゃないぞこれ」
錆びたボロボロの剣をイオは胡乱気な目で見ながらじゃあ、と問いかける。
「オルガは自分の実力だけで刃鎧を斬ったって事か」
「う、まあ。そうなるのか……?」
『ああ! 私が散々助言してあげたのに! 無茶な事一杯したのをサポートしてあげたのに!』
マリアが憤慨しているが、オルガとしては今の発言は勘弁してほしいと思った。
まさか、幽霊からアドバイスと受けて勝利出来ました! 何て言えない。
医務室にもう一日拘束されてしまう。
「別にそれだって構わねえって。聖剣無しだろうが何だろうが。学院のモットーは強くあれ。だろ?」
そう言ってイオが笑う。女子であることを忘れてしまいそうになるカッコいい笑みだった。
「それで。どうだ? オレとじゃ組めないか?」
そう言えば。とオルガは思いだす。
元々イオとはカスタールを牽制するために側で自主練するというだけの協力関係だった。
つまりカスタールが退学した以上その協力関係も消滅する事になる。
彼女を護るというオルガの一方的な拘りも必要が無くなった。
……何だかんだで、学院に入学してからオルガが一番長く時間を過ごしたのはマリアを除けばイオだ。
と言うか、まともな知り合いと呼べる人間もイオしかいない事に今更気付いた。
もしもここでイオの提案を断れば、きっと彼女との縁はそこで切れてしまうのだろうという予感があった。
よく見たら、イオの表情は不安げだ。
断られるかもしれないと、そんな怖れを抱いた提案。
「いや、俺で良ければ喜んで」
そう言って、イオの手を取って握る。
「そっか! 良かったぜ! よろしくなオルガ!」
「こちらこそ、イオ」
小隊、というのがどんな制度なのかは後で詳しく調べるとして。
ここでイオとの縁を切らないで済んだのはオルガにとっても嬉しい話だった。
「で、だ。早速だけど一個依頼をこなそうぜ」
「いきなりか? と言うか講義とかその辺はどうなるんだこれ」
「見ろよ、この時間割。座学が何コマかあって、後は完全フリーだ」
その座学さえ、同じ講義を何度も繰り返している。
進級までに一通り受けて試験をパスできればそれで良いらしい。
「……今までの実技の時間が全部消えたな」
『ねえオルガ。この学院って前からちょっと思ってたけど教育機関としては大分頭おかしくないかしら』
むしろオルガは入学する前から思っていた。いくら聖騎士を育てるためとは言え、大多数が退学になるのってヤバいのではと。
「元々、実技の講義ってこの依頼が解禁されるまでの穴埋め的な物だったみたいだな」
というイオの言葉にオルガは納得した様な。納得できないような微妙な表情を浮かべてしまう。
『あーでも少し分かる気がするわね。確かにただ安全なグラウンドで打ち合ってるだけじゃ、実力何て身に付かない』
「……実戦で鍛えろって事か?」
「そう言う事なのかな」
うーんと二人して悩むが答えは出そうにない。
一先ず、座学は計画的に取っていくとして進級までの評価点を稼ぐ方向へ思考はシフトした。
「とりあえずはこのロックボアの群れでも狩りに行こうぜ。ほら群れ全体の討伐で20点も貰える!」
『……これを百回繰り返せば進級可能って事ね。結構面倒じゃない?』
単純に二、三日に一回は依頼をこなさないといけないと考えると中々のハイペースだ。
つまりはある程度の大物も狙っていかないといけないのだろうが――。
「そうだな。まずはこの辺りから行くか」
ロックボアと言えば、オルガが入学時の最終試験で戦った相手が更に変化した様な魔獣だ。
とは言え、基本は猪。その対処も大差ないはずだ。
一つとは言えオーガス流剣術を身に着けたオルガと、聖剣を持つイオ。
今更後れを取る様な相手ではない。
「場所は……王都のすぐ側か。これなら日帰りで行けるな」
「だろ? こう言う手ごろな奴は直ぐ取られちまうと思って早めに確保しといたんだ」
「やるな」
得意げに笑うイオをオルガは褒め称える。
『ちょっと一番弟子。師もそれ位褒め称えなさいよ』
面倒くさいなお師匠様、と思うオルガ。
見れば、依頼のビラには期日中に実行しなかった場合は自動でキャンセル扱いになると記載されている。
「それじゃあ早速支度していくか」
「体調大丈夫なのかよ?」
病み上がりだろ? と心配してくるイオにオルガは親指を立てて見せた。
「一晩ぐっすり寝たらばっちりだ。何時でも行ける」
「良いね! じゃあオレ弁当準備して貰ってくる!」
そう言ってイオは寮の食堂で弁当を発注しに行った。
『オルガも取り合えず着替えたら? 昨日の戦闘着のままよ』
「ああ……そうか。ずっと寝てたしな……」
風呂は無理でも水浴びくらいはしたいと思いながら寮へと向かう。
その道すがら気付いたことがあった。
「……何か俺モテてない?」
またオルガが変な事言いだしたよ……