26 進級に向けて
「んで、だ。オルガが寝てる間に二年への進級条件が発表されたぜ」
「ほう」
この学院の特色を考えると当たり前だが、やはりあったかとオルガは納得こそすれ、驚きは無い。
ただ、この入学から一月足らずの時期に公開するというのが意外だった。
「評価点を1000点獲得する事。だってさ」
「……いや、難しく無いかそれは」
オルガも正確に集計したわけでは無いが――マリアの見立てだと1学年全体の評価点の平均は約150点らしい。
今回の試験で退学となったカスタールを除くと全員に10点が配布されたので今は160点位だろうか。
オルガは指折り数えて。
「大多数が退学になるぞ」
「お前今計算諦めただろ」
イオのツッコミにオルガは視線を逸らした。
オルガは計算が苦手だった。ついでに言うと、読み書きも苦手である。
何しろスラム育ち。まともな教育機関に通った事なんて無い。
この学院に来るまでの試験対策でスラムの物知りから少しは教わったが、付け焼刃なのは否めない。
「現状だと120人くらいだな」
ちなみにこれはあくまで最大の数字。一人がマージンを求めて更に点数を稼ごうとすれば進級できる人数は更に減る。
だが、とオルガは思うのだ。
「……二年生ってもっと多いよな?」
「200人くらいはいるな」
イオの言葉にオルガは考える。どこからその80人は追加されたのだろうかと。
より正確には、それだけの人数が進級できるだけの評価点はどこから生えて来たのだろうと。畑でもあるのか。
『……畑にでも生えてるのかしら。点数』
マリアと同レベルの考えだった事にオルガは深く落ち込んだ。
『あ! ちょっと! 今何で落ち込んだのよオルガ!』
「大丈夫かオルガ? 何か元気ないぞ」
「いや、大丈夫……俺は大丈夫だ」
心配そうに顔を覗き込んでくるイオを制しつつ、彼女へ疑問を投げかけた。
「それで、イオはもうその答えを知ってるんだろ?」
「ん? ああ。良く分かったな」
「全然悩んでる素振り見せなかったからな」
なるほど、とイオは肩を竦めた。
「まあ答えは簡単……評価点を稼ぐ方法があるんだよ。試験以外でな」
「それは他人から奪うとかそう言う話でもなく?」
「そそ。こんなん」
そう言ってイオが一枚の紙をオルガの前に掲げた。
「えっと……? 野犬、一……一……一頭。1点。ほう、報奨金……500オルス……?」
「正解」
たどたどしく不安げに読み上げたオルガの言葉に、イオは頷いた。
良かった、ちゃんと読めたと安堵するオルガの耳元でマリアが囁く。
『今度私と読み書きの練習もしましょうか。これじゃあ私の事調べるのにも大変だわ』
お願いします、とオルガは無言で頷く。
この一月はオーガス流剣術を修める事で必死だった。
だが、直近の危機は去ったのだから少しはマリアとの約束も果たさないといけない。
その為には過去の資料を漁る必要があり……少なくとも字は読めないと話にならないだろう。
「それでそのビラがどうしたんだ?」
「だから、これがその評価点を稼ぐ方法だって。学院が発注してるクエストだってさ」
「くえすと」
「まあ簡単に言うとその辺の街や村から依頼のあった害獣の退治を生徒に斡旋しようって事みたいだ」
へえ、と返事をしながらもう一度ビラを見る。
「……つまりこれは野犬を一頭倒せば評価点が1点と……500オルス……って事は金も貰えるのか!?」
思いがけない所で食いついて来たオルガにイオは若干身体を引く。
「ま、まあ報奨金って事だろうな。大分学院に中抜きされてるっぽいけど」
500オルスと言えば、概ね食事一回分程度の額だ。ちょっとしたお小遣い程度だろう。
だがオルガからすれば大金だ。
何しろ、学院の中では様々な施設が無料で使えるので困っていないが――実は無一文である。
手持ちの金は入学試験の受験費に全て消えた。
野犬を一体倒せば500オルス。二体倒せば……何オルス? とまた指折り数え始めたオルガ。
そんな彼の意識を己に引き戻そうとイオは声を張り上げる。
「それで、だ。一つお前にお願いしたい事って言うか……提案と言うか……まあそんな感じのがあるんだけど」
何やら奥歯に物が挟まった様な物言いにマリアが。
『何か告白しようとしてるみたいね』
などと言いだした物だからついオルガも。
「すまん、イオ……気持ちは嬉しいんだが。俺には好きな子がいるんだ」
「何で何も言ってないのにオレが告白して振られたみたいになってんだよ!」
「何だ違ったのか」
意外そうにそう言うオルガにイオは若干の頭痛を覚えた。
「何でそんな自己評価高いんだよ」
顔は良いけどさ……という小声の呟きはオルガには聞こえなかった。
マリアには聞こえていた。ニマニマ笑っている。
「いや、今の所俺の周りにいた生身の女子って皆俺の事好きだったからさ」
尚、マリアは生身ではないのでここには含まれない。
「お前の前の話聞いた限りだとそれ例の幼馴染だけだろ!」
「凄いな、イオ。良く分かったな」
「他に女子との接点無いって言ってたからな! っていうかそんな相手と連絡取れない事もっと心配しろよ! 後サンプル数少なすぎるだろ!」
『残念。これでオルガを好きな女の子の比率は50%になってしまいました』
怒涛のツッコミにイオは息を切らしていた。
からかい半分だったオルガは話を盛大に脱線させたことを謝りつつイオに続きを促す。
「この依頼は野犬とか簡単な分、リターンも小さい。つまりだ、逆も有り得るわけだ」
「……って言うと、危険でリターンの大きい依頼って事か」
「そう。例えば小型の魔獣の群れを退治とかな」
なるほど。とオルガは頷く。
確かに、そう言った依頼であれば得られる評価点も――報奨金も高くなりそうだった。
「だけどそう言うのは一人だと危険だろ」
「オルガの言う通り危険だ。だから――オレと組まないか。オルガ」
その隻眼でオルガの顔を見据えながら。
イオは漸く本題に入る事が出来た。
謎の自己評価の高さ。