25 退学者
「うおおおお!」
気を吐きながらの振り下ろし。
そこには、先程のオルガの一撃を振り払うという意図が込められていた。
あれが記憶に残ったまま、それを払しょくせずに居たら自分は二度と剣を振り下ろせないかもしれないという怖れ。
イオはそれに合わせて、聖剣を抜く。
だが、手遅れだとカスタールは兜の中で嘲笑う。
聖剣の基礎能力向上。
それを加味したとしてもカスタールの振り下ろしの方が早い。
カスタールにとっての誤算はただ一つ。
イオがどれだけカスタールに対して苛立っていたかだ。
イオの聖剣<ウェルトルブ>の特殊能力が抜き放たれた瞬間に発動していた。
鞘から抜く事がトリガーとなっている任意発動型。
その能力はシンプル過ぎる物だ。
鞘に収めている間霊力を蓄積する。抜刀した瞬間に全て解放する。その二つ。
その特殊能力を検証して、剣を抜かない時間が長ければ長い程、抜いた瞬間の一撃は威力が高まる事も分かった。
また、一度抜き放ったらほぼ瞬時に霊力は霧散する。
そして鞘に戻すまでは聖剣としての能力は消失する。
そうした諸々が分かった時イオは叫んだ。
「クソ外れじゃねえかこの聖剣!」
流石に聖剣ですら無かったオルガとは比較にもならないが、全体としてみるとかなり使い勝手の悪い聖剣だと言えよう。
ただ、一撃だけに着眼するならば恐らくは上位に位置するという事も分かった。
そうした中。カスタールから悪質な勧誘を受けて。
試験という形で勝負を挑める可能性がある事を知った時からイオは<ウェルトルブ>を鞘に収め続けた。
それだけの時間、納刀され続けた結果蓄積された霊力は――災浄大業物をも凌ぐだけの物となっていた。
その膨大な霊力が刀身とイオの肉体強化に使われ、尚余った物が刀身から迸る。
それは奇しくもオルガと同じ。
霊力の奔流が<ノルベルト>の守りを再び突き破る。
暴走気味の肉体強化がイオの身体をコマの様に回転させ鋭い斬撃を生み出す。
溢れ出る霊力がカスタールの守りを突破する。
そうして生まれた光景はまるでついさっきの焼き直しの様。
今度は右腕を断ち切られたカスタールが絶叫する。
そしてイオは、肉体強化で生じた加速を肉体強化の途切れた状態で殺すことが出来ず。
錐揉みに回転しながら地面を転がった。
あちこち擦りむきながらも、オルガの様に意識は失わず。
カスタールの状態を見てニヤッと笑みを浮かべた。
「オレの勝ちだな」
医務室から戻ってきた保健委員が再び<オンダルシア>でカスタールの腕を繋ぐ。
一日で両腕斬られたというのは中々に珍しい出来事だろう。
「勝者。イオ候補生」
その瞬間、カスタールの評価点が全てイオの元に移動した。
二連敗。その結果はカスタールの評価点が枯渇するという物。
「おい! お前ら!」
血走った眼で、カスタールは観戦していた下っ端二人を睨む。
「点数を寄越せ!」
あ、この野郎とイオは思った。ここで点数を移されては折角0点にしたのに意味がない。
確かに制度では同意があれば点数の譲渡も可能だとあった。しかし――。
「い、嫌だ」
「俺も嫌だ!」
二人は拒否を示した。
「てめえら……!」
「俺達はこの後アイツとやるんだ……点数は、少しでも多く持っていたい」
アイツ、つまりはオルガと戦う予定の二人は無意識に負けを見込んでいた。
それは二人にとって絶対強者であったカスタールを打ち破った事が深刻な影響を及ぼしていた。
そして連敗を喫したカスタールは最早、二人にとっては逆らえない強いボスではない。
予想だにしていなかった手下の反抗にカスタールは呆然とする。
そこへ追い打ちをかけるように。
「カスタール元候補生。試験中の点数譲渡は認められていない。君の点数は既に確定だ」
元、と付けられた冠詞がカスタールの立場をこれ以上なく如実に示していた。
「君は退学だ。三日の内に退学手続きを済ませるように」
「ふざけるな……」
幽鬼の様な足取りで。
フラフラとカスタールは試験場を去って行く。逆上して斬りかかられるかもと思っていたイオは少し安心する。
一人の道が断たれた。
そしてそれは今回だけではない。
これからもずっと。
自分の道が途絶えるか。
他人の道が悉く途絶えるまで。
そんな顛末を、オルガは翌日の朝になって見舞いに来たイオから聞いた。
「ったく。オレの華麗な活躍を見せてやりたかったぜ」
「そうか……あの野郎が退学になるところは見たかったな」
悪趣味だと言われるかもしれないが、それ位は見て溜飲を下げたかったオルガである。
下っ端から点数を分けられていたのならば、ここまで伏せていた切り札を切ってダメ押ししてやるのも楽しかったなと思う程だ。
以前の暴行沙汰。果たして点数が逆転した状態ならばカスタールはどれだけ評価点を没収されたのか。
それを知れなかったのも少々残念だった。
『ぷぷ。格下だと思ってた相手にやられて手下にも裏切られるなんて情けない幕切れね』
瞬間的に、オルガの点数はカスタールから奪った300点となっていたが、その後の三戦全てが不戦敗となってしまった。
霊力を限界まで絞り出したオルガは翌日まで目を覚まさなかったのだ。
朝普通に目を覚ましていたオルガを見た時、イオはホッと安堵の息を吐いていた。
「オレもあの後は結局負けて一勝一敗。点数的にはあんまり稼げなかったな」
もしもイオとオルガの順番が逆だったならば。
今頃イオは一学年の中でもトップクラスの評価点となっていただろう。
だが実際にはオルガがカスタールから奪い。
そしてその後カスタールの手下一号に不戦敗となった為、カスタールの300点という数字はその手下一号の物となっていた。
『でもよかったわね。結構点数残って』
「お互い三桁維持できて良かったな」
最終的に、オルガは109点。イオは110点となった。
「だな。結構点数の変動はあったみたいだ」
だがその中でも最も今学院の生徒の話題を攫っているのはやはりカスタールの退学だろう。
新入生にとってはいきなり突き付けられた過酷な競争の実態。
そして一学年の中でもトップクラスの能力を持った人物でも退学になるという驚きだ。
聞いた話では最初の試験で退学者が出るというのは非常に珍しいらしい。
というよりも前代未聞との事。
その理由はきっと10点なんて異常に低い初期点だった自分の存在なんだろうな、と思うオルガであった。
やったか!?(フラグ二回目