24 勝者と敗者
崩れ落ちるオルガと、片腕を失って聖刃化が解除されたカスタールの二人。
共に地面に伏せる二人をイオは見ていた。
「アイツ、やりやがった」
カスタールはオルガを舐めてはいたが、手を抜いてはいなかった。
聖刃化という、現段階ではカスタールくらいしか出来ないような聖剣の秘儀。
それを上回ったオルガの得体のしれない技。
正直に言えば。
イオは独力でカスタールを倒すつもりだった。
オルガはカスタールを弱らせると言ってはいたが、期待はしていなかった。
いや、もっと言うならば。
そもそもオルガは近い内に退学になるだろうなと思っていた。
この学院が厳しい実力主義であることは分かっていた。
容赦なく退学者の出る制度。
聖剣を持っていても尚、生き残る事が難しいこの学院でその聖剣を持たないというのがどれほどのハンデか。
それはオルガが最初に持っていた評価点がたったの十点である事が示している。
「……やりやがった」
だと言うのに、オルガは勝利した。
落第だという評価を、己の力で覆して見せた。
その奇跡が、イオの胸を震わせる。
竦んでいた心に火が灯るのが分かる。
身体震える。それは怯えからではない。今の戦いを見て、興奮の余り震えが止められない。
イオの見ている前で保健委員と彼女が呼んでいる少女がカスタールの治療を始める。
切り落とされた腕を傷口に当てて。さっと聖剣<オンダルシア>が振るわれた。
一瞬刻まれた傷も即座に治り、腕はまるで時間でも戻したかのように元通りだ。
信じがたい回復能力だとイオは驚きと戦慄を入り混ぜた表情を浮かべる。
即死以外なら治せると言っていたが……アレは誇張でも何でもなかったらしい。
流石は災浄大業物。全部で三十本にも満たない数しかないという最高位の聖剣は伊達ではない。
「おい、ふざけるな! 何で俺の負けなんだよ!」
ふと気が付くと、カスタールが今の戦いに不服を唱えていた。
「コイツは気を失ってる! 俺の勝ちだろうが!」
「言ったはずだ。この試験での勝敗は錫杖剣の加護が破られたか否かだ。君の加護は破られ、彼の加護は残った。それが全てだ」
なるほど、とイオは笑った。
確かに、オルガは気を失ったまま今も倒れている。
保健委員の少女が<オンダルシア>で回復を試みた様だが、黙って首を横に振る。
まさか手遅れという意味では無いだろう。単純な疲労による物らしい。
消耗させるくらいだと言っていたのに、当人は全霊を賭けて居たというのだからイオとしては笑うしかない。
そして、オルガが勝利したことによって評価点は入れ替わった。
つまり、今のカスタールは十点しか持っていない。
オルガがそこまで追い込んでくれた。
「さあ、次の試合やろうぜ、カスタール」
一瞬、傲岸不遜な顔に焦りが浮かんだ。それが見れただけでもイオはオルガに思いっきり礼を言いたい気分だった。
だが直ぐに余裕の笑みを取り戻す。
「はっ。わざわざ俺に評価点を献上しに来たのかよ?」
「お前その煽り、さっきのオルガの真似か? もうちょいオリジナリティ出せよ」
そう言いながら、イオは己の聖剣を鞘に収めた試合の場へと歩を進めた。
ずっとオルガとの自主練の際も彼と同じ鉄剣を使っていたのは別に手の内を隠そうとしていたわけではない。
ただ、イオの聖剣は普段使う事の出来ない特殊な代物であっただけだ。
「……オルガには感謝しないとな」
普通に戦って勝利しても、カスタールの点数を奪えるだけだった。
賭けの報酬として二度と近付くなと言うつもりだったがそれもどこまで持つかは怪しい。
だが、今は違う。
「分かってんのかよカスタール。お前今10点だぞ? オレとの点数考えれば……この一回で俺はお前から全部奪える」
ちらりと教師に視線を向ければ、それが正しいと言うように軽く頷いた。
「勝つつもりかよ。高々100点程度の奴が!」
自分の点数、知られていたのかと思いながらもイオは挑発的に笑った。
「今しがた10点の奴に負けたんだぞお前。どっからその自信出てくんだよ」
「てめえ……」
「私語はそこまでだ。次の模擬戦闘試験を開始する」
際限なくエスカレートしそうな舌戦を教師が止めた。
気が付けばオルガは保健委員や他の教師に担がれて医務室へ連れていかれる所だった。
試験会場は再び戦いに適した場となっている。
「始め!」
イオは動かない。
聖剣も抜かず、鞘に収めたまま柄に手をかけるのみ。
その間にカスタールは再び聖刃化を果たしていた。まだそれだけの余力があったのか。
それとも、そうでもしないと真面に戦えない程に消耗しているのか。
「さっきまでの威勢はどうしたよ! イオ! それとも、降参かあ?」
先ほどまでとは打って変わって。
イオは口を開かない。
もうこれ以上は語る事なんて無い。
集中。
素の身体能力では聖刃化で増強されたカスタールに分がある。
聖剣を抜いていないイオには、聖剣が与えてくれる最低限の付与能力さえ得られていない。
相手の動きを余さず見通そうとするイオの視線。
その中で彼女にも一つの気付きがあった。
左腕の動きが鈍い。
保健委員によって接合された腕だが、一瞬で十全に戻せるほど便利な能力でもないのだろう。
先ほどまでと比べれば少しばかり動かしにくそうだった。
イオはまだ聖剣を抜かない。
その奇妙な構えにカスタールは警戒する。
つい先ほどもそんな見慣れぬ構えから繰り出された技に腕を斬られたばかりだ。
だからこそ、慎重に。
無造作に飛び込むことも無く。
ゆっくりと、一歩一歩。間合いを詰めていく。
先ほどのオルガとの戦いとは打って変わって。余りに静かな戦い。
互いに剣を打ち合わせる事も無く、
じりじりと距離が消えていく。
そして遂に一刀一足の間合い――即ちカスタールが一歩踏み込めばそのまま切りつけられる距離になった。
イオの聖剣は、未だ抜かれていない。
互いの動きが止まった。
これ以上近付くのは、剣を振るう時。
上段に構えたままのカスタール。
柄に手をかけたイオ。
両者の間を風だけが駆け抜けるようになってからどれくらいの時間が過ぎたか。
隣の試験場で地面が抉られた。
その土が両者の間を横切った。
それを契機にカスタールが動く。
ちっ、生きてたか(