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22 退けない

 あの時最終試験で見た手際を思えば。

 

 きっとマリアならば今のカスタール相手でも勝利を収められるだろう。

 

 オルガが一言、頼むと言えば。

 ここでオルガが、一歩引けば。

 

 だがそれは出来ない。

 

 掌だけでマリアを制止する。

 この危機的状況であってもオルガは自分でやると無言で告げていた。

 

『何で!』


 今度こそ理解できないとマリアは叫ぶ。

 彼女は思っていたのだ。

 いくら何でも追い込まれればオルガは自分に助けを求めてくると。

 そうすれば自分が助けることが出来ると。

 

 だが今マリアはオルガの身体を動かせない。

 相手の同意がない。口だけではなく本心から、オルガはマリアの助けを拒んでいる。

 

『聖騎士になりたいんでしょう? ここで負けたらその道が断たれる……なのにどうして!』


 オルガは消耗している。

 鉄剣を霊力で覆うのだって、霊力を消費するし不発に終わった鏡面・波紋斬りだって結構な負担だ。

 

 一晩寝れば回復する程度の消耗ではあるが、この後の連戦を全てこなせるほどではない。

 つまり、ここで敗れれば後はなし崩し的に連敗する可能性が非常に高い。

 

 そうなればオルガの評価点は0に到達するだろう。


「――俺は」

「何だ? 命乞いか」


 余裕を見せるカスタールがせせら笑う。

 それを無視してオルガは言った。カスタールなんかへの言葉ではない。

 

「聖騎士になりたいわけじゃない」

「ああん?」

『オルガ?』


 それがマリアに向けられたものだと。当事者は直ぐに分かった。分かったからこそ困惑する。

 今この場にいる大前提を覆すような言葉だ。

 

「約束を果たすために一番の近道だと思ったからここにいる」

「何を言ってるんだ、お前」


 当たり前だがその言葉の意味はカスタールには分からない。

 

「約束を果たせるなら――ここでなくたって構わないし、逃げ出すくらいなら俺は前に進みたい」


 そうしなければきっと。

 一度でも歩みを止めてしまったら。

 一度でも目を逸らしてしまったら。

 オルガは前に進めなくなる。

 その場で立ち尽くしてどこにも行けなくなってしまうのだと恐れていた。

 

 もう一度歩き出す。それが出来る程に自分は強くないのだと知っていた。

 

「だから!」


 鉄剣を捨てた。

 最早刀身の大半を失ったそれは武器としてはさほどの役にも立たない。

 

 そうしてもう一振りの剣を。

 聖剣の保管庫でオルガが手にした刃を引き抜く。

 

「俺は退かない!」

 

 錆びた剣。

 藁さえも斬れないであろうボロボロの剣。最早研ぎなおすことも出来ない程に芯まで侵食された死んだ剣。

 

「はっ! ははははは! 何だそのゴミ! ああそうか! お前俺を笑い死にさせる気だな!」


 周囲からも失笑が漏れる。こんな様では当てた瞬間に剣の方が折れるのは明らか。

 例え刀身の殆どを失っていたとしても、捨てた鉄剣の方がまだ勝機がある。

 笑い声で、周囲が騒がしくなる。

 囁き程度の声量ならば掻き消されてしまう程に。

 

 オルガの唇が小さく動いた。

 誰からも見えないマリアが、その口元によってオルガの声を一字一句余さずに拾う。

 

『………………出来る。ぶっつけ本番だけど。オルガならきっと出来る!』


 オルガの思いついた、この場での活路。

 マリアからすれば、十分すぎる程の賭け。

 出来る事をするマリアには理解しがたい、オルガの行動原理。

 

 どこまで退かずに自分を通すという頑固さに呆れ果てながらも、それがオルガの選択だというのならば仕方ない。

 マリアはただ、オルガへ助言を送るだけだ。


「腹の底から笑わせてもらったぜ。だから特別に捨てた剣を拾わせてやるよ」


 そんな風に余裕を見せるカスタール。

 オルガはマリアの言葉を思い出す。

 

 カスタールはオルガを侮っている。

 カスタールは油断している。

 カスタールは気を抜いている。

 

 即ち。

 

「ここがチャンス、か」


 随分と酷いチャンスもあった物だとオルガは小さく呟く。

 

 マリアに尋ねた作戦が実現可能かどうか。

 それに対する答えは可能であるという物。

 

 だがそれはあくまで妄想の産物が、理屈の上では可能になっただけ。

 

 オルガが実現するまでにはまだまだ超えるべきハードルがいくつもあった。

 

 その最初の一つ。

 ある意味でこれが最大の難関だ。

 何しろ、残りは全てオルガの努力次第だが、こればかりはカスタール任せというふざけた作戦だ。

 

「怖いのか?」

「あ?」

「怖いのかって聞いたんだ。こんな」


 己の指先を刀身に這わせる。

 微かに錆が零れ落ちるだけで指には傷一つ付かない。

 

「肉も斬れない様な剣で斬られるのが怖いのかって」


 露骨すぎる挑発。

 それはカスタールにも分かっているだろう。

 きっとあの兜の下で眉を顰めている。

 オルガの言葉の真意を測りかねている。

 

「あほを抜かせ。そんな聖剣ですら無い様な代物。どうして俺が怯える必要があるって?」

「なら――」


 オルガは挑発的に顔を歪めた。

 

「避けるなよ?」


 その言葉と同時、オルガは動き出す。

 相手が自分の発言を深く考えるよりも早く。一手先んじるために。

 

 今の会話に意味なんて無い。

 ただ、自分との会話に意識を割かせただけ。

 余裕を見せていた相手から、次を考える時間を削っただけ。

 

 相手の先手を取る。

 相手に次の行動を考えさせない。

 

 オルガにとって重要なのはたったその二つ。

 そしてオルガが望んだことは――。

 

 真っ向から振り下ろされる大剣。

 つい先ほど現れたのとまったく同じ光景。

 

 嗚呼、当然である。

 そうなる様に仕向けたのだ。

 

 思考する時間を削って、次の行動が反射的な物になる様に仕向けた。

 会話によって、動き出すタイミングを先ほどと同じようになる様に仕向けた。

 

 上手く行く保証何て無い。

 むしろ、上手く行かない可能性の方が高かった。

 

 だからここが最初で最大の賭け。

 オルガの作戦を実行するためには決して無視できず、自分の力だけではどうしようもない最大の難関。

 

 カスタールに先ほどと全く同じ動きをさせる。

 

 その難問をオルガは乗り越えた。

退いたら死ぬ人。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日新作が出てることに気づき、一気に読み進めました…! やっぱり梅上先生が書く戦闘の駆け引きはすごく好みです。 ところで魔導なんちゃらは出ないそうですが、聖刃化って実質パワードスーツです…
[一言] 梅上さん作品史上、一番面倒くさい主人公がここに誕生したw
2020/10/14 21:20 退会済み
管理
[一言] 引かぬ媚びぬ省みぬ
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