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21 壱式

 長く息を吐いて集中する。

 

 成功した時の感覚を思い起こす。

 その時の身体の動きを、霊力の流れを。寸分たがわず頭の中でイメージする。

 

 オルガの得難い才能の一つだ。

 彼は一度した動きを忘れない。

 どんな状況でも同じ動きが出来る。

 

 当人に自覚は無いが、技の習得速度の速さはそこに根差している。

 後は的確な指導さえあればあらゆる技を修めることも難しくないのだが――これ以上を言うとオルガの師が泣くだろう。

 

『……何かこう……うっすらと聖剣から出た霊力がアイツの全身を覆っているわね。教師の加護は更にその下よ』


 つまりは、三層構造。聖剣の霊力と、あの謎の鎧と、加護。その三枚をぶち抜かないといけない。

 出来る、とオルガは思う。

 木剣で大木を両断したあの威力。それがあれば相手の三つの守りも貫けると。

 

 互いに距離を取る。

 先ほどまでとは状況が変わった。


 今や、相手の方が早い。

 辛うじてスピードで勝っていたオルガが先ほどまでと同じようにするには、彼もまた速さを増すか相手の速度を落とすか。

 

 無論、オルガに相手と同じことなんて出来ない。

 彼の手持ちは聖剣(仮)なボロ剣と、支給の鉄剣のみ。

 聖剣に由来する事ならばそれを真似ることは不可能だ。

 

 だから、別の方法で速さを変える。

 

 そう大層な事ではない。

 要は相手の反応を遅らせれば良いのだ。

 そしてそんな事は聖剣など無くたってオルガにも出来る。

 

 そっと、足先が地面に刺さる。手慣れた仕草で、オルガはその足を振り上げた。

 爪先に乗った土が、正確にカスタールの眼前で広がっていく。

 カスタールの意識が一瞬、そちらに逸れた。

 

 その一瞬がオルガには欲しかった。

 一手先んじる。

 真っ向から振り下ろされる大剣。

 その動きに合わせて横薙ぎに、相手の腕目掛けて剣を振るう。

 

 きゅってやってがーってやってぶるぶる。

 何の呪文だこれ、とオルガは思った。今でも思っている。

 

 だが――壱式という技をこの上無く表わしている擬音だった。

 自分の中の霊力を圧縮する。指先に集めて押し込めるイメージ。

 それを刀身に沿わせて流し込む。その切っ先を越えた先にまであふれ出る程強く。

 噴出した霊力。それを震わせる。壱式の肝とも言える腕の振りその物で。

 

 刃から溢れ出た振動する霊力。斬撃を後追いする波。それこそがオーガス流剣術壱式。

 

「鏡面・波紋斬り!」


 波一つない鏡面の様な水面に、一滴雫を落とした時に生じた波紋。

 それを霊力で生み出すのだとマリアは語った。

 

 得意満面で語っていたが――オルガにはちょっとそのネーミングセンスは良く分からなかった。

 

 二人の感性の違いはさておき。

 

 生み出された霊力の振動波は斬撃から一瞬遅れてやってくる。

 刃で刻まれた疵に、その振動波を流し込むのだ。

 そうしてその傷を一気に押し広げて断ち切る。

 

 そう言う技だとマリアはオルガに語った。

 その破壊力は既にオルガも知っている。ただの木刀で木を両断したのだから。

 

 きっかけとなる傷は僅かでいい。

 鉄と鉄がぶつかった事で生まれた微かな傷。

 そこへ遅れた振動波が追い付いて。

 

 止まった。

 

「なっ……」

『嘘!?』


 どんなものでも断ち切れると豪語していた壱式――鏡面・波紋斬り。

 それがあっさりと無力化された事に弟子も師も揃って驚きを隠せない。

 

 オルガの手に返ってくる感触。

 鎧という鉄の塊に叩きつけられた鉄剣が悲鳴をあげている。

 当たり前の話。

 素の剣技だけで斬鉄が出来る様な達人ではない。

 

 まずい、とオルガは手の握りを緩めた。

 その隙間が行き場の無い力をどうにか逃がした。

 

 だがそれだけだ。

 千載一遇の勝機を逃して、今オルガは致命的な隙を晒している。

 

 不味いと。感じるまでも無い。

 不用意に敵前で動きを止めたオルガを見過ごす程、カスタールは慈愛に満ちてはいない。

 脳天を叩き割っても構わないという一撃。

 錫杖剣の加護が有っても尚、脳天を両断できそうな一閃。

 

「オルガ!」


 イオが思わず悲鳴をあげた。

 身体を必死で動かす。

 

 引き戻した鉄剣を相手の聖剣と自分の間に挟み込む。

 だが止められない。

 霊力を纏った聖剣は、今しがた霊力を出し切ったばかりのオルガの鉄剣にその刃を食いこませていく。

 

 だが刹那とは言え、その勢いは削がれた。

 転がるようにしながらオルガはどうにかその致命の一撃から逃れる。

 

 余りに無様な逃げっぷりに、周囲の観客から失笑が漏れる。

 聖刃化という、奥の手を出したカスタールを見物しようと集まってきたのだ。

 

 どうにか逃げ延びたオルガの姿を見て、イオはホッと息を吐いた。戦っているオルガもだろうが、イオも生きた心地がしない。

 ふと気が付くと隣でも同じように安堵の息を吐いてる者が居た。

 

「あれ、アンタ……」

「えっと。お久しぶりです」


 何時ぞや、オルガを治療した保健委員の少女がイオの横でぺこりと会釈する。

 

「アンタもオルガを応援してるのか?」

「えっと、違います。彼を応援していると言うか……怪我しなくて良かったなって。私、保健委員ですから」

「なるほど」


 と相槌を打ちながらもイオの視線はオルガに釘付けになっている。

 

「アンタが居れば多少の怪我は平気そうだな」

「えっと……そうでもないです。即死は治せませんから……」


 言い換えれば即死以外は治せるという事。

 そしてその彼女が先ほどは安堵していた。つまりは――。

 

「無茶、すんなよ……」


 先ほどの一撃は喰らっていたら即死の可能性があったという事である。

 

「クソっ……何で切れなかったんだ。失敗したのか……?」


 予想外の結果にオルガは悪態を吐く。

 まだ不慣れな技ゆえに、失敗を疑うがマリアは首を横に振る。

 

『……多分聖剣とやらの力ね。オルガの波紋斬りは問題なかった。事実振動波は私の眼でも見えた。だけど――』


 相手の鎧に触れた途端に制止したのだ。ただの霊力の流れでは疵を押し広げる事は出来ない。

 つまりは相性だ。

 

 鏡面・波紋斬りという霊力の動きが肝となる技は、聖剣<ノルベルト>の特殊能力とはきわめて相性が悪い。

 

 そしてオルガにとっては悪い事に、今の一撃を避ける為に鉄剣は半ばからその刃を断たれていた。

 今はもう、その刀身は半分しか長さが無い。

 

 圧倒的不利な状況。

 だからこそ。

 

『代わりましょう。オルガ。私ならあの守りも突破できる』


 もう一度マリアは自分がやると言う。

初登場でいきなり破られる技

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― 新着の感想 ―
[一言] ハーモニックなんたらみを感じますね…
[良い点] 初登場の技が効かないのは流石に予想外。
[一言] 流石梅上さん、きっちく〜w
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