20 聖刃
「お前、バカだな」
思わず、と言った調子で漏らされた言葉にオルガは嘲弄で返した。
今の一言でオルガには少なくない情報が渡った。
カスタールは既に特殊能力を発動している事。
それが何らかの動きを阻害する物である事。
現状、オルガには何の異常も無い事。
今の言葉がこちらを騙すための虚言の可能性は勿論ある。
だが虚言だったとしても、そこには意味がある。
オルガに思考の材料を与えたことは間違いないのだ。
一先ず思考は棚上げして相手の聖剣を思いっきり蹴りつける。
無論その程度で聖剣がどうにかなる事は無いが相手の姿勢を崩すには十分。
姿勢を崩したカスタールへ狙うは喉。
錫杖剣の加護が霊力による強化と一緒ならば、とオルガは以前にマリアから聞いた話を思い出す。
霊力による強化は元々の物が持つ硬さを増す物。
喉などと言う鍛えようの無い場所は相変わらずの弱点。
「うおおおお!」
当たれば加護とやらも飛ばせるのではないかと思った一撃だったが、裂帛の気迫を放って振るわれた大剣がそれを阻んだ。
横薙ぎに振るわれた一閃は力任せの凡庸な物。
だがこの場においては最適解だった。
オルガは回避するために一度下がるしかない。或いは、己の速さを信じて前に出るという手もあったが――。
『今のは下がって正解ね。間に合わないわ』
距離を取ったオルガに合わせてカスタールも大きく距離を取る。
数歩必要な間合いだ。
「……正直見くびってたぜ。ここまでやれるとはな」
「こっちは正直がっかりだ。この程度かよ」
どれだけ厳しい戦いになるかと思えば、実情はこれだ。
オーガス流剣術を出す必要すらない。オルガとしても、あれは切り札。そして未だ不安定な物だ。出さずに済むならそうしたい。
『……割と当たり前のことを言うのだけれど』
とマリアが何かに気付いたように言う。
『この子らだって聖剣を握って一月ちょっとなんだからまだ使いこなせてるわけじゃないわよね』
なるほど、とオルガも心の中で同意する。
まだこの段階では各々聖剣の力を十分に引き出せてはいないという事は十分に有り得そうだった。
無論、触れた瞬間に全て引き出せる、剣に愛されているような才能の持ち主であれば別だが。
カスタールはそうでは無かった様だ。格の高い聖剣に選ばれる事とその力を引き出す才能は別の話である。
そしてその程度であればオルガの持つスラムでの実戦経験分が埋めてくれる。
拍子抜けと言えば拍子抜けだ。
そんな風に――一瞬気を抜いたのが良くなかった。
「聖剣<ノルベルト>よ」
『オルガ! 不味い!』
マリアが警告を発する。
その声よりも先にオルガは動いていた。カスタールの言葉と同時、相手の聖剣が輝きを放ち始めたのだ。
「悪鬼を斬る剣をここに。我が身が汝の心金」
何かをしようとしているのは間違いない。カスタールの詩の様な言葉。
これを最後まで言わせてはいけない。
オーガス流の技を使う余裕なんて無い。
今のオルガにとって最速の踏み込み。最速の突き。
「我、この身を一振りの聖刃となす」
だが間に合わなかった。
最後の言葉がカスタールの口から告げられる。
光がカスタールの全身を包み込む。
『これ、霊力の……?』
マリアの困惑した様な響きからこの輝きがオルガの眼にも見える程力強い霊力による物だと分かった。
そうして光が晴れた時にはカスタールの姿は大きく変わっていた。
目測で身長が倍近くに伸びている。それに合わせて体の幅も、厚みも。そして聖剣その物も。
見上げないと頭部を視界に収められない程に巨大化した種はどこからか現れた全身鎧だろう。
純白の、磨き上げられたような装甲。
その防御力はきっと、見た目通り。見掛け倒しであることを祈りたいがそれは希望的観測が過ぎる。
「何だ、あれ」
『知らないわよ! でもちょっとカッコいいわね』
思わず漏れたオルガの疑問にマリアが律義に反応した。
ああ、お前はああいう外連味のあるやつ好きそうだよな、とオルガは思った。
「まさか、お前に聖刃化を使わされるとは思っていなかったぞ……」
そんな、常識の様に新しい単語を言われても困るとオルガは思った。
『オルガオルガ。そこの教師たちの立ち話聞いて来たんだけど、あれ聖刃化って言うんだって! この時期に出来る奴は珍しいって!』
「ごめん、マリア。その単語は今聞いた」
新しい情報はこの時期に出来る奴は珍しいという一点。
言い換えると時期を除けばこんな事が出来るのは珍しくないという事だ。
つまりはこれは、カスタールの聖剣がどうこうというよりも聖剣その物の基本機能と見るべきだろう。
「精々死なない様に気を付けろよ。流石に死なれると後が面倒だ」
その言葉と同時にカスタールが動いた。
鈍重そうな全身鎧。だがその印象に反して動きは今までよりも早い。
その落差にオルガの眼が一瞬相手を見失った。
気付いた時には相手は目前。
上段からの振り下ろし。
剣速も先ほどまでよりも速い。身体機能がこの短時間で向上しているのだとオルガは感じる。
そしてその理由がこの聖刃化とやらである事も。
避け切れない。
ならば受け流すまでとその刃と刃を重ね合わせて。
「っ!?」
身体の動きが鈍る。自分の中の霊力の動きが滞っていくのを感じる。
それを無理やり押し流す事で強行した。
今の一撃をどうにか捌いて、再び距離を取る。
「ははっ! どうやらやっとコイツの特殊能力が効いて来たみたいだな!」
カスタールの挑発的な言葉を無視して。オルガは己の鉄剣を見る。
受け流しきれなかったその切っ先が切り落とされていた。
仮にも鉄の塊が容易く斬れる筈も無い。だと言うのに、カスタールの<ノルベルト>はパンを斬る程度の労力で鉄を斬った。
「聖剣を持っていないお前に教えてやるよ。聖刃化ってのは聖剣の奥義だ。持ち主の力を何倍にも高めてくれて、聖剣の力自体も上がる」
「ご丁寧にそりゃどうも」
つまりは奥の手という事だろうとオルガは推察した。
自慢気に言うだけあって、間違いなく身体能力は跳ね上がっている。
そして先ほど刃を合わせた時の感覚。あれは――自分の中の霊力を固められているような物だった。
今も、少し引っかかりの様な物を感じる。何度も受けていてはその内完全に動けなくなるかもしれない。
「……木剣で木を斬れたんだ。鉄剣で鉄位、行けるよな?」
確かめるように、言い聞かせるようにオルガはそう呟いた。
ちなみにこれが出来るかどうかは聖剣が気に入るかどうか。使いこなせているかはまた別問題。