19 聖剣ノルベルト
先手を取ったのはカスタール。
彼の聖剣、<ノルベルト>は幅広の両手剣だ。
それを上段から振り下ろすだけでも危険な破壊力となる。
決して軽くはない鉄の塊を軽々と振り回せるだけでもカスタール自身の力が凡庸な物では無いと示している。
だけど大物武器はその重量故に切り返しはどうしても遅い。
自在の剣筋とは両立させられぬのだ。
「おいおい、どこ狙ってんだ? 目、空いてるか?」
故にオルガにとっては比較的避け易い。
当たれば間違いなく教師が授けた加護とやらは消し飛ぶのだろうが、そも当たらない。
オルガの使う剣はシンプルな長剣。
聖剣は多種多様な――そもそも剣ですら無い事もあるが――物が揃えられているのに対して学院が用意した鉄剣はこれ一種。
そもそも鉄剣を使う様な候補生はそう多くはないので複数種を確保する意義も薄いのだろう。
カスタールの大振りな一撃を躱したオルガは返す刃で相手の脇腹を狙う。
肋骨の辺りを避けた一閃はコンパクトで最短距離を突っ走る。例え触れるのが切っ先だけでも相手に傷を負わせるには十分な速さ。
致命傷にはならずとも、出血を強いることは出来るはずだった。
「……ありゃ?」
しかしながら妙な手応え。到底肉を割いたものではない。
硬質な感触に違和感を覚えた。
『さっき教師の言ってた加護かしらね。強い衝撃は肩代わりする……弱い衝撃は無効化するみたいね。基本的に霊力を流すのと一緒』
「なるほど」
つまりはある程度までのダメージは全て無効化されると見るべきか。
お互いに条件は同じとは言えこれはオルガにとっては少々嬉しくない展開だ。
何しろ、相手はあの大剣だ。
掠めただけでもその強い衝撃とやらに引っかかる可能性がある。
それにオルガとしては軽い傷を付けて言って相手の体力を奪う心積もりだったのだが当てが外れた。
『って言うかオルガ強いじゃない!』
「この位はスラムで生きてく上では必須技能だ」
比較的治安の良い場所に住んではいたが、あくまで比較的。
大きな事件とまでは言えない様な揉め事は日々あった。
特に大人の庇護を受けられなくなってからは、自分でトラブルを解決できなければ己の命に関わる。
必然、荒事にも慣れてしまうのだ。
逃げるか、立ち向かうか。オルガは立ち向かう事を選んだのでこうなる。
普通に剣を使うだけならそれなり、程度にはやれる。
カスタールの大振りな攻撃はオルガには当たらない。
そしてオルガの速さを重視した攻撃は当たっても加護が邪魔をする。
かといって、威力を増そうと大振りにすれば。
「はっ! おせえよ!」
「お前みたいな鈍亀に言われたらおしまいだな」
切り返しの遅いカスタールの聖剣が間に合ってしまう。
盾のように翳された大剣の腹を強かに打ち付けた衝撃が己の手にまで返ってくることにオルガは舌打ち。
とは言え、現状戦いはオルガの優勢で進んでいた。
もしも加護が無ければカスタールは既に数か所に浅い傷を刻まれていただろう。
ただこれはカスタールが聖剣の特殊能力を扱ってはいないが故。
『えっと何だっけ……聖剣の特殊能力って大きく分けて二つあるのよね。常在型とにんにく型だっけ?』
任意型、とオルガは心の中で訂正する。
何らかの行動、或いは使用者の意思を切っ掛けとして発揮されるタイプの特殊能力だ。
ついさっき発動された錫杖剣の加護なんかはこちら側だろう。
そしてもう一つの常在型は意志によらず常に発動している特殊能力。
実のところ、オルガを治療した保健委員の聖剣――<オンダルシア>の治癒能力はこちら側である。
切りつけるという動作はあくまで他人にその特殊能力を発揮するための制約。自身を対象とする分には何の制約も無い。
ではカスタールの<ノルベルト>はどちらか。
「漸く触れたな?」
オルガの攻撃を間一髪で防いだカスタールが口元に笑みを浮かべた。
ここまで全て攻撃を回避していたオルガが初めて<ノルベルト>に触れた。
その笑みにオルガの中で警鐘が鳴る。
聖剣に触れる事。それはつまり常に発動している常在型。
その可能性に気付いたのだ。
多少無様であろうとなりふり構わずにオルガは後方へ跳び、距離を取る。
「……?」
『何も起きないわね』
マリアの言う通り何も起きない。
身体にも異常はない。
だがカスタールは下卑た笑みを浮かべ、勝利を確信しているような風でさえある。
しかし特に問題が無いのならば立ち止まる必要は無い。
今度は自分の番だと言わんばかりに、オルガの方から攻める。
「何!?」
何やら驚いているが、オルガとしてはカスタールが何に驚いているのかも分からない。
胸部を狙った突きを再び<ノルベルト>の腹で受けながらカスタールは呻いた。
「貴様、何故動ける……?」
<ノルベルト>の特殊能力は既に発動していた。
カスタールの認識している<ノルベルト>の特殊能力とはその刃に触れた相手の動きを鈍らせるという常在型能力。
少なくとも過去に選ばれた人間が残した資料からもその能力は間違いない筈だった。
事実カスタール自身も下っ端二人を相手にその能力を試している。
その能力を受けた二人曰く、手足から力が萎えていくのだという。
その脱力感は触れれば触れる程重症化していき、時間経過で回復するのだと言っていた。
だからこそ今のオルガの状態はおかしいのだ。
どう見てもぴんぴんしている。全く動きが変わっていない。
顔色を見ても激しく動いて紅潮しているが、脱力感に苛まれている様子も無い。
一体なぜ、とカスタールの中で疑問が渦巻く。
もしや、という疑い。
オルガが聖剣に選ばれなかったというのはブラフ。
実際には己の体調を常に万全に整える様な能力を持った聖剣に選ばれたのかもしれない。
そんな深読みまでする始末だ。
大外れである。
これはカスタール当人さえ知らぬことであるが――<ノルベルト>が持つ阻害能力は実のところ肉体に対する物では無い。
相手の霊力に対する物だ。
霊力に干渉を受ける事でオルガが吐き散らかした様に、霊力に対する干渉は肉体にも影響を及ぼす。
<ノルベルト>は霊力の流れを鈍らせる事で結果的に肉体の活力を奪っていたのだ。
しかし、相性が悪かった。
オルガはマリアに師事した結果、己の霊力を意図的に動かす術を知った。
今も剣に流し込んでいる。
結果――流れを鈍らせても、剣に流すために体の中で霊力を回しているため直ぐ元に戻されているのだ。
つまり、<ノルベルト>の特殊能力はオルガに一切の影響を与えられていなかったのである。
聖剣抜きならオルガは学院上位。尚、状況設定があり得ない模様