02 最終試験
本日二話目です
魔獣とは何ぞや。
そう聞かれたらオルガは何か良く分かんないけど大型化して凶暴化した獣、と答える。
真実はともあれ、市井に流れている話というのはそういう物だ。
他にもいくつか特徴――頑強であったり高い再生能力を持つ等――があるが、要するに害獣だ。
小型の魔獣ならば武装した農民でも追い払える。
元がキツネやタヌキならば狼程度の脅威でしかない。
危険ではあるが、しっかりと準備をすれば抗しうる相手だ。
問題は中型の魔獣。熊や鹿と言ったそれなりのサイズの生き物を原種とした魔獣は武装した騎士団でさえ梃子摺るだろう。
そうした面倒な魔獣を相手取るのは聖騎士の仕事の一つである。
だからこそ、その聖騎士を育てる聖騎士養成学院の最終試験で魔獣を討伐させようというのはおかしくはない。
おかしくは無いのだが。
「……えっと……あの質問良いですか?」
「どうぞ」
「魔獣の討伐って。そんな物どこから……」
「騎士団が捕獲したモノが居ます」
曰く、訓練用に結構な数の魔獣が飼育されているらしい。
飼育、出来るんだというのはオルガにとって結構な驚きだった。
オルガが住んでいたスラムでは食糧事情があまり良くない。
故に、時折王都の側に広がる森に入って木の実を収穫したり、小動物を狩ったりして飢えを満たしていた。
その結果、時折奥地に入り込んでしまい魔獣と遭遇する事も有ったのだ。
オルガは幸運にも命からがら逃げだせたが、逃げ切れずに死んでいった者も少なくないだろうと思う。
何の準備もせずに出会えば魔獣とは死の象徴であった。
故にそれを飼っていると言われると驚くしかない。
「制限時間は一時間。今まで使った者はいませんが……辞退を申し入れた時点で試験は終了になります。それと」
すっと、一人の教師が前に出た。
その手には杖の様な奇妙な剣がある。仕込み杖と言う奴だろうかと見つめていると。
オルガの身体が淡い光に包まれた。
「死にそうになったらその光が消えます。その時点で我々が試験に介入します。そうなったら不合格ですのでお気をつけて」
この頼りない光が点数みたいなものかとオルガは理解した。
「他に質問は?」
「……無いです」
魔獣を倒すというシンプル過ぎる試験だ。
それ以上聞く事も無い。
「では。ご武運を」
そんな風に祈られてオルガは最終試験の会場――学院の一角に設けられた演習場に踏み込んだ。
広い牢屋。
オルガが抱いた印象はそれだ。
少なくともオルガが今まで住んでいたスラムのあばら家よりは遥かに広い。
だが、そんな広い空間であっても目の前の魔獣は圧迫感を醸し出す。
元は猪、だったのだろう。
牙が一メートル近くに伸びているし、そもそも全高がオルガの視線よりやや下くらいだ。
凡そ1.6メートルという巨体に頬を引きつらせる。
分類的にはまだ小型に含まれる個体ではあるが、結構ギリギリだ。
森で遭遇した魔獣はこの半分程度で――それでもオルガは死にかけた。
そして装備はと言えば聖剣(仮)な錆びた剣。前回はナイフを装備していた分まだマシかもしれないとさえ思う。
イノシシ型の魔獣を繋ぎとめていた鎖が外される。
途端、待っていたとばかりに真っ直ぐにそいつはオルガ目掛けて突進してくる。
「くそっ!」
悪態を吐きながらも、距離があったのでどうにか回避できた。
背後で魔獣が檻の格子に激突したのか。牢獄全体がけたたましく響く。
どうか、その一発で自滅してますようにという消極的な願いを込めて振り返ったが、むしろ格子の方が力負けしている。
大きく歪んだ鉄の柱に対して魔獣の方は血の一滴も流してはいない。
魔獣という生き物は、何故か聖剣以外では余り傷を負わないのだ。
全く負わないわけではない。剣で切りつければ血も流す。
だが魔獣の特徴である高い再生能力が直ぐにそれを塞いでしまう。
原理は不明だが聖剣で付けた傷は回復しない。
だからこそ、魔獣退治の専門家とも言える聖騎士は引く手あまたであるとも言えた。
更には聖剣には特殊能力がある。
それぞれが固有に持つ超常の力。それを使えばきっとこの程度の魔獣は簡単に討伐できるのだろう。
「ええい! 聖剣だっていうなら何か出ろよ!」
曰く、触れた瞬間にどういう物か分かるのだという。
聖剣とは抜き放つだけで持ち主の肉体を頑強にし力強くしてくれる。
それが無いという事はやはりこのボロ剣は聖剣では無いのだろう。
さて、武器としても役に立たないこの剣を手にどうやって魔獣を退治するのか。
無理という言葉がオルガの頭の中に過る。
「……諦められるか」
スラム暮らしのオルガがこの学院の入学試験を受けるためには相当な無茶をした。
金銭面でも、人間関係の面でも。
恐らくは二度目は無い。最初で最後のチャンス。
これを逃したら聖騎士になる事はきっと出来ない。
それは困るのだ。
魔を討つ者になる。
それはオルガにとっての幼い日からの目標。
どうしても叶えたい願いを達成するための手段。
だから。
「こんなところで躓いていられない」
真っ直ぐに向かってくる魔獣に、錆びた剣を構える。
我ながら間抜けな事をしているとオルガは嘆息せずにはいられない。
農民だってもっとマシな装備を用意する。
だが。これが自分の聖剣なのだと言われたらどれだけ馬鹿馬鹿しくとも握るしかない。
瞬間、オルガの身体が勝手に動いた。
助走も無く垂直に跳躍。
駆け抜ける魔獣の背を踏み台にもう一度。
そのまま羽の様に軽やかに着地する。
今の動きは自分がやったのかと俄かには信じがたい。
あんな軽業師の様な動き、自分に出来ただろうかとオルガは疑念を抱いた。
元がイノシシだからか。
相手はただこちらを捉えて真っ直ぐに向かって来るのみだ。
その攻撃の単調さ。ただそれを脅威に押し上げるのは尋常ならざる速度。
その突進をオルガは次々に躱していく。
一度や二度ならば避けられるだろう。
だがこの狭い空間でこう何度も避けるのは容易くはない。
自分の身体が勝手に動くような感覚。というよりも先ほどから完全に自分の意思に反して動いている気がする。
激しい運動に喘ぐ様にして酸素を求める。
そんな身体の限界には気を使わない様に、ギリギリの所で魔獣の牙を踏み台にしてまた飛んだ。
もしや、これがこのボロ剣改め聖剣の力なのかとオルガは今更ながらに思った。
相手の攻撃を自動で避ける様な。そんな特殊な力を持つ聖剣。
在るか無いかで言えば有りそうだった。
そんなオルガの想像は。
『……良く分からないから避けてたけど。これ斬っても良いの?』
そんな脳裏に響いた声で覆された。
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