18 強くならなきゃ意味がない
嘲笑を浮かべながら去って行くカスタールの背を睨む。
模擬戦は可能な限り並行して一気に行われる。
オルガの初戦はいきなりカスタールである。
『……狙うのはあの下っ端二人目よ。前二人は大怪我しない様に手を抜いて……いえ、いっそ直ぐに棄権しても良い』
交代しないならば、とマリアは最もオルガが効率よく勝つための方策を示す。
『三人目は絶対に油断してる。オーガス流剣術を初見で防ぐことはほぼ無理よ。壱式を叩き込めれば十分勝機はある』
そんな風に勝つための道筋を立ててくれるマリアにオルガは感謝している。
だが。
「なあイオ」
「何だよオルガ」
巻き込んだという意識があるのか。
こわばった表情のイオがオルガの呼びかけに答える。
「あんな賭けする位だ。勝算あるんだよな」
「……ああ。少なくとも五分五分には持っていける」
不安げに、イオがそう言う。もしかしたら実際にはもっと低いのかもしれない。
だが0ではない。
なら、とオルガは頷いた。
「だったら目一杯奴を消耗させて来る。そうすれば六分くらいにはなるだろ?」
『オルガ!』
その言葉にマリアもイオも眼を剥く。
イオとてオルガがこの場を切り抜けるためにどうすればいいのかは分かっている。
間違いなく最も強いカスタールは避けて、他の面子から点を奪う事を考えるべき状況だ。
そしてそれはオルガにだって重々承知。
「そりゃ、オレにとっては助かるけどよ……いやいや。んな事言ってる余裕ないだろお前!」
「気にするな。俺だって退学するつもりはないしな」
カスタール以外から一勝を上げる事を最優先にする。
それが現状での最適解だという事はオルガにも分かっている。
分かっていてこの選択をしたのだ。
『私は聖剣の事は良く分かんないけど、霊力の事なら分かる! あの聖剣は他よりも明らかに強い。敢えて挑む事は無い!』
「悪いイオ、ちょっと試合前に軽く準備運動してくる」
「……頑張れよ、オルガ」
「ありがと。応援してくれよ?」
そう言って、人気のない方へ向かう。
『オルガ、考え直して。イオちゃんには悪いけど、あの子の言う通りよ。自分の事を考えるべきよ』
「ああ。そうだろうな……」
『だったら』
「そうする方が賢いって分かってるよ。でも俺は自分を曲げたくない」
それが誰かを護るというオルガの願いを指しているのだという事はマリアにも伝わった。
『自分の進退を賭けてでも?』
「そこを曲げたら俺は、この場にいる意味がない。護る為に聖騎士を目指してるんだ俺は」
『でもこれは試験じゃない。まずは切り抜ける事を考えるべきよ』
マリアは正しい。とオルガはそう思う。
間違った事を言っているのは自分だという自覚もある。
だけど、出来ない。
「……俺はさ、マリア」
オルガは自嘲する様な溜息を吐いた。
「二回護る事に失敗してるんだ」
『失敗……?』
「もう二度と失敗したくない。いや……違うな」
自分の言葉の中にあった小さな嘘を見つけたオルガは訂正する。
「もう逃げ出したくないんだ」
その言葉に嘘はない。霊力の揺らぎでそれが見通せるマリアには分かってしまった。
もしもここでオルガがイオへの支援を止めたとしても誰も責めない。マリアも、イオだって。
ただ一人。オルガを除いては。
オルガだけは自分を許せない。逃げ出したという事実がずっと彼を苛む。それはきっといつか――。
「逃げたら、俺はスーの前に立てない」
本当に護りたい人の前からも逃げ出してしまいそうで。
勝ちたいのではない。
自分を通せるくらい強くなりたいのだ。
そのオルガの言葉にマリアは目を閉じた。
『……後ろからアドバイスくらいはさせて頂戴。それくらいは、良いでしょ?』
「ダメ、って言ってもどうせお前言って来るだろ」
『まあね』
流石に耳を塞いで戦う訳にも行かない。それに、その程度の応援はきっと他にもしている人はいる。
「ごめん、マリア。頼むよ」
『ホント! 我儘な弟子を持つと師匠は苦労するんだわ!』
それは自分のやってきたことが巡り巡って返って来たのではとオルガは思ったが、口にはしないでおいた。
イオへの言葉が嘘にならない様に。準備運動をして。
学院から支給された安物の鉄剣を最後に点検する。
常に持ち歩いている聖剣(仮)なボロ剣は点検する必要も無い。どうせ最初から錆びているのだから。
『壱式の応用で、剣に霊力を流す方法はもう分かってると思うけど、過信しちゃダメよ』
オルガには実感が無いが、霊力を流すと剣の強度自体が強化されるのだという。
ただしそれも霊力をぶつけられなければ。
等量以上の霊力をぶつけられたらその強化も消え失せる。
『見る限り聖剣自体が強い霊力の塊みたいな物。真っ向から受け止めたら――』
「受け止めたら?」
『剣毎真っ二つよ』
そこまでか、とオルガは心中で舌打ち。
体捌きで避けるか、それとも受け流すか。そのどちらかが求められるという事だろう。
対戦表で指定された区画――大雑把に地面に書かれた模擬戦の試合範囲へと向かう。
一気に80組近くの試合を同時に行うつもりらしい。
「これより錫杖剣でこの場の全員に加護を授けます」
教師の一人がそう言う。その手にあるのは錫杖剣と呼ばれた聖剣だ。最終試験の時に見た奴である。
周囲の反応からするとどうやら初見らしい。
……今更だが、とオルガは気付いた。
最終試験の時のあれは絶対勝てそうにない自分が死なない様に保険を掛けられていたのではないかと。
その特殊能力が発現した。
うっすらと、オルガの身体に光の膜の様な物が付いた。
「その加護は強い衝撃を受けると、その衝撃を一度だけ肩代わりしてくれます。先に相手の加護を消した方を勝者とします」
詳しい効果は今初めて知ったが、便利な物だとオルガは思う。
つまりは大怪我する様な攻撃を一度だけ防げるという事だ。
『へえ……衝撃を肩代わり、ね。オーガス流をどこまで防げるか試してみたいわね……』
一人、どこまでの防御力があるのかワクワクしている幽霊を尻目に、オルガは剣を抜いた。
「何だ。やるつもりだったのか」
既に待ち構えていたカスタールが鼻で笑いながらそう言う。
「てっきり俺は即棄権して後の試合に備えるかと思ってたぜ」
挑発的な言葉に、オルガは。
「わざわざ点数をくれるって言ってる相手から逃げる理由がどこにある?」
煽り返す。
「そっちこそ。今日は一人だぞ。お仲間いなくて一人で寂しく無いか? 泣いたりするなよ。子守は苦手なんでな!」
煽る。
『オルガ、結構煽るね?』
「スラムだと日常茶飯事だ」
必要ないから言わないだけで、こういう勝負事の前には煽って相手の冷静さを少しでも奪えれば儲け物。
そんな考えがオルガの根底にはある。
「……楽には殺さねえぞ」
「ああ。聞き飽きた様なセリフ。随分と立派な脳だ。帽子掛けには最適だぞ」
その言葉と同時に試験開始の声が教師から告げられた。
オルガの素は割とゲスいです。まだ人の目があるので罵倒は自重していると言う。




