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そのオルガの内情を、マリアは数日前に知っていた。
互いの過去が夢で見えてしまう以上、何時かマリアはオルガが聖騎士になろうとした理由に辿り着く。
だから先んじて言ったのだ。
止めるなと。
知れば止められるかもしれない。
止められたら――止まってしまうかもしれない。そんな怖れがあったから。
『――もどかしいな』
マリア自身意外な事だったが――そんなオルガを慰めてやりたいと思えたのだ。
人知れず気付かれない様に泣きじゃくって居た子供の頭を撫でて慰めてやりたいと。
尻を叩いてやりたいではないだけ随分と丸くなったものだと己の心境に驚いたものだった。
だけど、マリアの手はオルガには届かない。
言葉を尽くそうにも何と言えばいいのか分からない。
例え身内であろうと魔族になったならば殺す。そう言ったこの口で何を言えばいいのか。
だからマリアは何も出来ない。この件に関してはただ、オルガを強くして生き延びさせる事しかできない。
だって他に方法を知らないから。敵を殺して殺して殺し尽くす。それ以外に平穏を保てる方法を知らないから。
瞼を抑えて涙を流すオルガを前にして。イオは――。
「あーもうっ! 泣くな!」
そう言ってオルガの頭を撫でる。
「お前にしんどい事あったのは分かったし、今もしんどい想いをしてるのは分かったよ」
手は動かしながらイオはそう言う。
「ホントにもー男共はいっつも意地張って……うちの兄貴と言い、お前と言い……」
「うむ……うちの兄達も弱音を吐くのは見た事がないな」
「私は……男兄弟居ないので分かりませんが……」
そう言いながら三人揃ってオルガの頭を撫でてくる。
「頭、撫でんなよ……子供じゃないんだから」
「その涙声なんとかしてから言いやがれ」
そう言いながらもイオの手付きは優しげな物だ。
「その幼馴染を殺すのが、お前のやりたい事なのかよ」
「……ああ。俺がやり残した。俺がやらないといけない事だ」
まだ足りない。まだ届かない。ならばもっと。もっと。例え頭が焼き切れたとしても。スーを討てるだけの力を。
「お前国語苦手かよ」
そう言ってイオは笑う。
「オレはやりたい事かって聞いたんだぜ? やらなきゃいけない事か何て聞いてない」
答えに詰まる。そんなオルガを見て、エレナは溜息を一つ。
「まあ良いです。オルガさんがその幼馴染を殺すって言うんでしたら――私はそれを台無しにします」
撫でる手を止めて。エレナが傲然とそう言い放つ。
思わずオルガの視線が上がった。赤く充血した目が、エレナを捉える。
「エレナ、何を……」
「泣いてる人がいて、その理由を知ってしまって。それでも無視できる程私は人に無関心ではいられないんです」
それは、何時か。オルガがエレナに向けて言った言葉だ。
己の言葉が己に返ってくるのをオルガは呆然と受け止める。
そんなオルガに向けてイオは口角を釣り上げた。
「んじゃオレもエレナに一票。徹底的に邪魔してやる」
「イオまで」
「おっと、お前に止める権利はねえぜ? 何しろこれは、オレの自己満足だからな。泣きながらやってるような事を自分で決めたとはオレには思えねえよ」
その言葉も。何時かのオルガが発したものだ。
「うむ。我とて人を助けるのに理由は要らぬな。今回ばかりは早とちりと止める事は無いであろう!」
三人が己の妨害を宣言したことに、オルガは驚きのあまり言葉を紡げない。
どうにかひねり出した言葉は。
「どうして……」
という一言。
そう言うと三人とも露骨に呆れた表情を浮かべた。
「いや、お前バカかよ」
「うむ。さっきのエレナの言葉を聞いていなかったのか?」
「こんな風に事情を話している途中で泣き出してしまう様な人を放ってはおけませんしそれに――」
或いは泣いていなかったとしても。
「私たちは同じ小隊の仲間でしょう?」
「それから、友達だろ? そんでもって友人が道を踏み外そうとしているならそれを止めるのも友人の務めだ」
「うむ……もしやオルガはそう思っていなかったのか?」
ウェンディのド直球の問いかけにオルガは言葉に詰まる。
そんな事は無いというのは簡単だ。
だけど一度、大事な人の信頼を踏み躙った自分が仲間を友人を作る事が許されるのかと。
そんな怯えがある。
それをまた失う事への恐怖も。
そんなオルガへ三人が友愛を示している。今自分が道を踏み外そうとしているのを正そうとしている。
「もう一度聞くぞオルガ。お前はどうしたいんだ? どうして欲しいんだ? お前ただでさえ分かりにくいんだからハッキリ言え」
その重ねての問いにオルガは――口から決して言わぬと決めていた言葉が漏れる。そんな願いを口にするのもおこがましいと。
そう思って封じ続けて来た言葉。
だけど今改めて。己の望みを聞かれて。それを口にしても良いのだと言われて。
遂に零れ落ちた。
「助けて、くれ……」
その一言を。オルガはずっとずっと言えずにいたのだ。打算と呼ぶにも幼い願いを己の行動に込めながらも言えずにいた。
人を助けるのも全部そう。
自分がこれだけ人助けをしているのだから、他にも同じような事をしている人が居るに違いない。
その誰かが自分を助けてくれると良い。
こうやって助けた人たちが何時か自分を助けてくれると良い。
そんな打算に満ちていた。
そんな風にしかオルガは助けを求められなかった。
今まで助けられたことがないから、誰に助けを求めれば良いのかも分からなかった。
遂に漏れ出した声と共に涙をこぼしながら。
「本当はアイツを死なせたくなんて無い」
幸せになって欲しいのだ。ずっと泣いてばかりいた少女だからこそ、笑っていて欲しいのだ。
だけどオルガにはどうすればそこに行けるのか分からない。
ただこれ以上泣かせないため。それだけの為に刃を振るおうとしている。
「もう俺一人じゃどうする事も出来ない」
もしも彼女を救う方法があるのならば。オルガは自分がどうなったって構わない。
自分が死ぬことで彼女が幸せになれるのならば喜んで首を差し出すだろう。
でもオルガには見つけられなかったのだ。
「やーっと助け求めやがったなコイツ」
「うむ。やはり助けを求められて動くのが確実だからな。オルガが素直になってくれてよかったぞ!」
「もしかしたら、私たちのやる事は無駄かもしれません。調べ尽くした果てに、手など無いと。ただ絶望を深める事になるかもしれません」
エレナがそう言う。
都合よく救いの手立てがあるとは限らないのだ。逆に八方塞がりだと突き付けられるかもしれない。
それでも。
「構わない」
オルガは涙を手の甲で拭う。
「先が見えないなんて慣れっこだ」
自分一人では見つけられなかった。だけど仲間の手を借りる事が出来るならば。
共に探す人たちが居るのならば。
新しい道が見つけられるかもしれない。
「ま、お前結構泣き虫だって分かったからな。泣きたくなったらオレの胸で泣いても良いぞ?」
「いや、それはちょっと……」
年下の胸で泣くというのは……散々に醜態をさらしてから言うのもアレだがちょっと抵抗がある。
そう思っていると。
「うむ? イオのは胸と呼べるほどの物でもないからな。我のを貸してやろう」
「大差ねえだろお前」
「負けを認めるのだイオよ。1センチでも勝ちは勝ちだ」
そう言えば、会った当初は互角だった体型も一年近くたつと差異が生じている様だった。
自己申告によるスリーサイズはさておくにしても、身長的にはイオの方が高くなりつつある。
「で、でしたら私が!」
「どうぞどうぞ」
「ではエレナに任せるとしよう」
そんな風に、何時もの空気を三人は作ろうとする。いや、エレナは天然かもしれないが――。
そのやり取りにオルガは小さく噴き出す。それは堪え切れずに笑い声と変わった。
「……オルガが笑ってる」
「うむ……珍しいのだ」
「珍しいって言うか……私初めて見ましたよ」
笑いながらオルガはまた涙を流す。
もしかしたら、スーを殺さなくて済むかもしれない。
何も進展があったわけではないのに、信じられない程心が軽くなっていた。
「――ありがとう」
自分の助けを求める声に応えてくれて。手を差し伸べてくれて。
「みんなのお陰で俺はもう一度立ち向かえる」
スーを救う。その答えの見えない難題に。
そんな四人を見てマリアは呟いた。
『そう……』
マリアならば斬る。昔からそうして来たように。それ以外にマリアは解決手段を知らない。
『みんなはそうするのね』
だからそれとは違う道を選んだオルガに、選べたオルガに、マリアは――羨望のまなざしを向けた。
◆ ◆ ◆
「お前は本当に使えない愚図だな」
ベアトリーチェの詰りが、少女の胸を打つ。それは物理的な話だ。鋭い、鞭が銀髪の少女の身体を打ち据えている。
「私は、あの剣を持ち出した奴を探して連れ帰れと言ったんだ。何時、殺せなんて指示を出した?」
そう言いながら、ベアトリーチェは銀髪の少女の頭を鷲掴みにする。爪が食い込み、こめかみから血が一筋流れた。
「ぐっ……」
苦悶の声が喉から漏れる。
「なあおい、聞いてんのかスィー? 失敗作のお前を、生かしてるのはそこそこに使えるからだ。分かってるよな?」
その言葉に少女は……スィーは小さく頷いた。
それを見てベアトリーチェはスィーの小さな頭を床にたたきつける。
「だったら、二度と勝手な真似はするなよ? お前の代わりは幾らでも居るんだからな」
その念押しの様な言葉に、絶え絶えながらスィーは辛うじて応じる。
「わかり、ました」
「次は無いぞ」
そう言い残してベアトリーチェは去って行く。
散々に痛めつけられた身を、どうにか床に横たえながらスィーは天井を見上げる。
「あー畜生。あの若作りババア……好き放題にやりやがって」
流石に、己の製造者だけあって、痛めつけ方も心得ているとスィーは溜息を吐いた。
天井を見上げて溜息を一つ。
そこに吊るされたガラスの筒を感情の籠らない瞳で見つめる。
「アンタは良いよな。そこでずっと眠っているだけで。羨ましいよ……アタシはちょっと疲れた」
◆ ◆ ◆
戦闘の痕跡。
白銀の魔女と交戦したという知らせを受けて、人知れず急行したのは――特級聖騎士エールフリート・シュトライン。
「この戦闘跡……それに召喚魔の形状。フェリデーと言う名前……居たのはスィーで間違いないな」
地面を指でなぞり、そう独り言ちる。
「この様な後方に単独で姿を現すとは……機会を逸したか。口惜しい」
本来ならばエールフリートは王都か北管区の前線に居るべき人間だ。最後方とも言える南管区に居るべき人間ではない。
ただ、スィーが現れた。その報を聞いてここへ急行したのだった。
「何のために現れた……? いや、そんな事よりも――彼と接触したのか?」
一級聖騎士であるホーキンスからの簡易報告は受け取っている。
三級聖騎士であるベントランと、一級聖騎士リギル。他居合わせた聖騎士候補生二名による戦闘。
まず間違いなく出会ったはずだ。
「……出来る事ならば、彼が出会う前に終わらせたかった」
エールフリートは溜息を一つ。彼――オルガと再び出会う前に今度こそ片付けると決意を新たにする。
「私の手で、必ず殺してやるぞスィー……それと――」
◆ ◆ ◆
様々な思惑の中で。
オルガ達は二年へと進級した。
第一部終了的な。
ヘルプ・ミーが言えただけで何も解決はしていない……
暫く書き溜めとかモンハンとかしたいのでお休みします。二月位?
忘れなければ毎週金曜にちょろっと設定蔵出ししてお茶を濁します(