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スーとは多くの事を約束した。
それは聖騎士になるという夢であったり。
守れるようになるという物であったり。
悪い事を叱るという事であったり。
それ以外にもたくさん。
明日はこれをして遊ぶ。
次はこれ。
そんな些細な日常の約束。
そうしたあれこれが、重荷に感じ始めたのは何時の事だったか。
出会ってから五年程経った頃はまだそうじゃなかったように思う。
オルガは十歳位になっていて、スーは八歳になっていた。
その頃になればオルガも、スーがその辺の子供じゃないという事は薄々分かっていた。
それでも変わらず彼女はオルガを慕ってスラムへ遊びに来る。
危険ではないかと思った事も有るが、何しろ彼女は強い。
まだ五歳かそこらの時の成人男性を昏倒させたのだから。
それが成長して衰えたという事など無い。
寧ろ成長し体形が大人に近付いて来た分、その戦闘力は増しているというべきだろうか。
「何でそんなに強いんだ?」
あの細身のどこからそんな力が出ているのか分からず。オルガはそう尋ねた事がある。
それに対する答えは。
「良く分かんない」
と言う物だった。なるほど。分からないのかと納得してしまいそうになるがいくら何でも何も無いとするには限度がある。
無自覚なだけで何かしら秘密があるはずだと思い腕をペタペタ触ってみるが、何の違いも見つけられない。
寧ろ自分よりも細いくらいである。
だと言うのに、スーはオルガよりも力が強い。
偶に仲間内でチャンバラをすることもあるが、その時は他の参加者を下して大体スーがトップだ。
だからオルガが特別貧弱……という事も考えにくい。
「う……オルガ。あんまり近くで見ないで。はずかしい」
まじまじとスーの腕を見つめていたらスーはほんのりと頬を染めながらそっと腕を引き抜いて行った。
「相変わらず不思議だ……何であんなに力出るんだ? 食ってるもの違うのか……?」
「オルガは」
「うん?」
スーの方から声をかけたにも関わらず次の言葉が中々出てこない。
意を決したように頷いて発せられた問いは。
「スーの腕好きなの?」
「いや、別に?」
単にどこからあの力が出ているのかが気になるだけで別に好きとか嫌いとかは無い。
そう素直に告げると背中をはたかれた。
「いてっ! 何すんだよ」
「虫がいた」
「虫がいたなら服の上で潰すなよ!?」
「蜘蛛だった。潰れた所から子蜘蛛がわーって出てきて今オルガの背中を這いまわってる」
「嘘だろ!?」
オルガは蜘蛛が大の苦手である。
昼寝している時に口に入ってきてうっかり噛み潰せば苦手にもなろう。
それを笑い飛ばした奴は漏れなく同じ目に遭えば良いとオルガは日々祈りを捧げている。
「嘘」
「おま……蜘蛛関連の嘘は止めろよ……ホントに苦手なんだからな」
「知らない」
ちょっと唇を尖らせて、スーはそう言う。最近こういう表情が増えた気がする。
何でだろうかとオルガは考えるが特に心当たりはない。
「オルガの目は」
「何だよ」
じっと上目遣いでオルガの目を見つめてくるスーにオルガは若干気圧される。
腕力で勝てないという情けない事情以外にも最近のオルガはスーに押され気味である。
「結構節穴だと思う」
「あ?」
「全然気づいていない事沢山あるし」
「いや、節穴と言われる程じゃないと思うんだけどな……」
「ううん。節穴」
思う、から断定にまでこの短時間で変化してしまった。
「……もしかして、まだ怒ってるのか?」
「別に怒ってない」
と、言うがスーの表情は平静とは言い難い。
無礼を働いたのはオルガなので、何とも言えない所だ。
つい先日の事である。
スーが女の子であることが発覚した。もとい、オルガが男子だと勘違いしている事が発覚した。
何故、と問われたらオルガも答えに窮するのだが。思い込みとしか言いようがない。
後は、認めたくなかったのかもしれない。
年下で女の子。そんな母親の言葉にしたがうのならば護るべき対象よりも弱いというのは。
そしてまさか性別を間違えられていたと思っても居なかったスーは憤慨した。
それはもう、コイツこんなに怒れたのかとオルガが驚くくらいに怒って喧嘩になった。
どちらかと言えばあれは、怒るスーにオルガが謝ろうとしながら油を注いでいたというのが正しいだろうか。
「悪かったよ。まさかあんなに力強くて女の子だとはこれっぽっちも思わなかったんだ」
「むー!」
となるのも致し方ない事である。これでオルガは謝っていたつもりなのだから質が悪い。
「それで今日は何して遊ぶの?」
「あー、それなんだけど悪い」
とオルガはスーに謝罪する。
「今日この後仕事なんだ」
「え、お仕事? 何で?」
「何でって……」
この辺りでは十歳位になれば何かしら働くのは当たり前だった。軽い荷物運びだとか、配膳だとか。
そんな簡単な仕事ならば成り立つ。
言ってしまえば一種の修行の様な物だ。
スラムと言えども、スラムにはスラムの経済活動がある。その中に組み込まれるための修行。
漁師、狩人辺りは人気が高い。何しろ飢えない。その分コネも無いとダメだが。
逆に農家は地主に大体持っていかれてしまうので不人気だ。
そんな流れの中にオルガも入っていくことになる。
「聖騎士になるんじゃないの……?」
そう言われてオルガはそう言う意味かと理解した。
「聖騎士になるためにはまず、お金が無いとダメなんだ」
入学試験とやらを受けるのに必要らしいというのはオルガも人づてに聞いて知っていた。
「つまりその為の仕事だな」
「そっかー」
とスーは納得したように頷いた。そして。
「じゃあスーも働く!」
「言うと思った」
だが流石にまだスーは幼い。働かせてくれと言われても断られるだろう。
それに、とオルガは思う。明らかに表通りの人間らしきスーを雇おうなんて物好きはそうはいない。
「もう少し大きくなったらな」
だけどオルガはそう言って誤魔化した。
格差が……