35 聖騎士達
「まさかこんな僻地に有角種が来るとは。対召喚獣戦は久しぶりだ」
「しっかりしてくださいよホーキンス。私は対人戦闘向けなので、あんなデカいのをどうにかしろと言われても困りますよ?」
ウェンディの護衛がホーキンスの愚痴に応じる。
犬なのか蛇なのか。どちらの特徴を強く出しているにしても、透明化の能力は殆ど無意味だろう。
前者は匂いで、後者は熱でこちらを捉えることが出来る。
「うわあ……有角種については習ったけど。召喚獣はデカいっすね」
つい先日卒業したばかりの新米聖騎士であるベントランは召喚獣は初見の様だった。
そんな彼へホーキンスは少しばかりレクチャーを行う。
「覚えておけベントラン。召喚獣と言うのは基本的に、デカい方が強い」
そう言うと同時に、犬頭の蛇――ヴェリテーが動いた。
その口で人一人丸のみにしようと高所から頭が降ってくる。
「見ての通り、大きいというだけで人間にとっては脅威だ。ちょっと動くだけで大質量の攻撃となるからな。真っ向から受けてはいけない」
「教えてくれるのはありがたいけど避けましょうよ!」
その攻撃をホーキンスは。
「ぬぅん!」
真っ向から迎え撃つ。己の聖剣<ファルネーゼ>を両手で握り締め。下段からの切り上げを相手の鼻先に正確に合わせた。
瞬間生じる爆発。火花の様に小さなものではなく、相手の巨躯を焼き尽くさんとせんばかりの業炎。
更にはその体表を伝う様に、幾つもの爆発が連鎖していく。更には最初の衝撃で頭は天目掛けてカチ上げられた。
己の身体を襲う炎にヴェリテーは犬の様な悲鳴をあげた。
「五連鎖か。衰えたな……若い頃なら十は行けたのだが」
「真っ向から受けてはいけないのでは!?」
今正に真っ向から叩き潰した相手にレクチャーされても説得力がない。
「あれは悪い例ですね。どれ、ここは一つ。正しい立ち回りと言う物をお見せしましょう」
そう言いながらウェンディの護衛は己の姿を消したり出したりしながら接近していく。
その度に、ヴェリテーの頭部は護衛を捉えていたのだが――ある時ふっとその動きを見失った。
「なるほど。お前の感覚はここが死角ですか」
そのまま今度は姿を消したまま近付いて行き、易々とその胴体まで肉薄した。
爬虫類の鱗と、哺乳類の毛が入り混じった奇妙な体表。
そこへ己の聖剣を斬りつける――が、傷一つ付かない。
二度、三度と繰り返して、諦めた様に戻ってきた。
「とまあ、この様に相手が見えない死角から斬りつけるのも有効です」
「本当に見えなくなってましたけど! 後効いて無いです!」
「さて、それはどうでしょう」
ヴェリテーが再び鎌首をもたげて三人を睥睨する。そして身をたわめて再び突撃をしようとした途端、血を吐き出した。
「別に体表を貫通出来なくても良いんですよ。要は内部にダメージを与えれば良いのです」
「はあ……」
斬撃の通過。頑強そうな鱗や毛は避けて斬撃のみを相手の内部に通したのだ。それが彼の聖剣の能力。
透過の能力を持つ剣だ。
「うわ……なんかやべえ事になってるな」
そんな召喚獣を一方的に痛めつけている聖騎士の元へ漸くイオが追い付いた。
聖剣による肉体強化が使えないイオは他と比べても圧倒的に足が遅い。
オルガを追いかけている途中で、自分よりもウェンディの方が適任だったのでは? と思ったが戻るには進み過ぎていた。
「っておいおい、また後輩かよ。お前何しに来たんだ?」
「ウチの馬鹿隊長連れ戻しに来たんだよ。んでウチの馬鹿どこです?」
見当たらないオルガを探して視線を彷徨わせるとホーキンスが召喚獣の方を指差した。
「彼ならあの中だ」
「食われた!?」
「いや、違う」
「あのバカでかい蛇もどきがグルっと一回りして、壁になってんだよ。お前のとこのボスはその内側だ」
どうやら丸のみにされたわけではないと分かってイオはホッとする。
一度ワニ型に丸のみにされかけた事があるので中々ドキッとさせられた。
「って事はコイツをどうにかしないとオルガの所には行けないって訳か……」
今しがた、聖騎士二人から攻撃を受けて、苦しんではいたようだが弱っている気配はない召喚獣。
それの突破は容易ではない様に思えた。
しかしベントランはイオを頭からつま先まで眺めて呟く。
「……いや、意外とそうでもないかもしれねえ」
「?」
囲いの外でそんな会話が行われている頃。
その内部では。
剣戟の音が響く。
何の変哲もない鉄の剣。それがオルガの生み出した弐式。朧・陽炎斬りの刃を打ち砕いていく。
オルガの身体が追い付けない。
相手の斬撃が早すぎて剣での防御が間に合わない。
それ故に、相手の刃が突き立てられる箇所に生やした霊力の刃で受け止めているのだが、完全に受け身に回ってしまっている。
「くっ……!」
「さて、あと何本その見えない剣を出せる? 十本か? 百本か?」
楽し気に笑いながら魔族の少女はオルガを追い詰めていく。
一回防ぐたびにオルガの霊力は消費され、オルガの攻め手が一つ減っていく。
ならば距離を取ろうと後方へ伍式。星霜・虚斬りと弐式。朧・陽炎斬りの崩しを向けてもそれを察知して短刀が投げられる。
伸縮性を持たせた刀身は通常よりも脆弱だ。そんな投擲一つで切り裂かれてしまう程に。
予想ほど距離を稼げずに、落下したオルガは着地しながらすぐに走り出す。その着地地点へ刃が振り下ろされる。
「そこっ!」
オルガが離れた瞬間に地面の下から霊力の刃が伸びる。
仕掛けておいた伍式。斬撃を残すという技が彼女への罠として機能した。
足元から伸びる攻撃。これならばと思ったのだが。
「しゃらくさい!」
その切っ先が届くよりも先に、彼女の回し蹴りが側面から刃を打ち砕く。
不意打ちは失敗。しかし脚は止まった。
その隙を逃せない。
すぐさまに反転して、刃を振り下ろす。
愚直なまでに真っ直ぐな一振りは受け止められた。
「あめえよ」
「そっちもな」
ほんの僅かな傷。剣と剣を打ち合わせれば必ず出来る物だ。通常ならば無意味なそれも、オーガス流の剣士にとっては別。
壱式。鏡面・波紋斬り。
微かな瑕疵から送り込まれた霊力の振動波がその傷を一気に押し広げようとし――。
「お?」
何かによってそれが押し込められた。恐らくは――相手の魔力によって。
「何か今、変な事しようとしたな?」
相手の剣は健在。せめて武器を奪えれば、と思ったのだが上手くいかなかった。
その戦術。そこにオルガは疑問を抱けない。相手の攻め手を奪う事がこの場での最適解なのか。
そこに思い至らない。
「なあオルガさんよ? お前は四年間寝てたのか? この程度で、あたしを斬るつもりだったのか?」
「っ!」
弱いと。遠回しにそう告げられてオルガは頭に血が上る。
「あーつまんね。こっちはこの日を待ち望んでたのに……案外呆気ないな」
期待外れだったと。隠す気もなくそう告げて。彼女は刃を振るう。今まで以上の剣速は、相手が手加減していたという事を示している。
「じゃあなオルガ。さようならだ!」
その刃がやけにゆっくりと見える。変幻自在の太刀筋。その先を視えなければ防ぐことはできない。
さようならと言う言葉から止めを刺すのは予測できる。
だがどこを狙ってくる?
首か。
腹か。
或いは大腿部。
人間は割と脆い。弱点は多くありその全てをカバーしきれない。
死ぬ。
このままだと死ぬ。
そう思った瞬間に、数日振りに視えた物。霊力の、流れ。
相手がどこを狙って来るのかが分かる。その刃を防ぐべく、オルガは全力で身体を動かした。
己の首と相手の刃。その隙間にミスリルの剣を差し込む事に成功する。
視えた。この土壇場でまた霊力が――と思った瞬間にはまるで幻だったかの様に見えなくなる。
ほんの一時取り戻せた視界。その一時でどうにか命を繋げた。
「……?」
何故今の一撃を防がれたのか。彼女は納得できない顔をしていた。
良い子は真似してはいけない。対召喚獣戦闘のイロハ。