33 見つけた
襲撃して来た魔族の素顔が晒された瞬間。
オルガが弾けた。
そうとしか思えない勢いで、屋敷を飛び出していく。
「何やってんだよあのバカ!」
その暴走にイオが思わず悪態を吐く。この勢いは過去に一度見た覚えがある。
「白い髪の女……何かあんのかよ」
サバイバル試験時のオルガもこんな調子で飛び出していった。
二度目ともなれば単なる偶然で済ませるわけにはいかないだろう。何かあるのだ。
イオ達にも知らせていない何かが。
「連れ戻してくる!」
「あ……」
エレナが逡巡する。仲間と母親を天秤にかける前に、イオは言葉を継いだ。
「一人で十分だ。ウェンディとエレナはおばさん守っててくれ!」
どうせここに居ても、イオに出来る事は少ない。だったら一人突っ込んだリーダーを引き摺り戻す方が有意義な使い方だろう。
そう考えながらイオはオルガの後を追う。
「見つけた」
そのオルガはうわ言の様にずっと同じ言葉を吐いている。
「見つけた見つけた」
仇を。探し求めていた相手を。あの日から姿を隠した一人を。
遂に。
「見つけた見つけた見つけた見つけた!」
マリアは口を開かない。開けば約束を違えることになると分かっているから。
何より今のオルガの気持ちが分かるから。
誰よりも殺したい相手を前にしたその気持ちが分かるから。
だけど、それでも。マリアはオルガに問いたい。本当にこれでいいのかと。きっと彼は良いと言う。
マリアだって、自分の立場ならそうする。
それでも――本当にこれでいいのか。敵を斬って全てを解決して来たマリアが覚えた僅かな躊躇い。
「見つけたぞ!」
壱式。鏡面・波紋斬り。
真正面からの斬撃を、魔族の少女は難なく受け止めた。
霊力の振動波が流れ込む――が、しかしそれは刀身の上を滑るように受け流された。
オルガの手元には奇妙な手応えだけが残る。
『受け流された!』
「うん? 面白い事するなお前」
感心した様な言葉にオルガは応じない。その瞳に殺意だけを漲らせる。それ一色に頭の中を染め上げる。
そうしなければ、戦いにならない。
今のオルガは明らかに邪魔だ。
聖騎士三人がどうにか連携を取りながら敵を追い詰めようとしていたところに無策で入り込んだのだ。
普段ならばすぐに気付く事だが、今のオルガはそこまで頭が回っていない。
今のオルガの視界には目の前の仇しか映っていない。
参式。飛燕・木霊斬り。
相手の視線がオルガを捉えるよりも先に、生み出された霊力の幻。
銀色の髪をした魔族の視線は分身を追いかけている。
「貰った!」
再びの壱式。鏡面・波紋斬り。
お手本の様な連携は綺麗に決まった。首目掛けて振るわれた刃に相手の防御は間に合わない。
――否。
「ふぁじめてみるふぁあだ(初めて見る技だ)」
信じがたい事に、敵手は己の口でその斬撃を受け止めた。呆れる咬合力。ミスリルの刃を歯で噛み止めている。
吐き出されると同時、オルガの腹部へ膝が叩き込まれる。一瞬浮く身体。
そのまま相手は身体を一回転させて、今度は足裏を叩き込む。
「がっ……!」
立て続けに食らった腹部への打撃にオルガは反吐を吐きながら吹き飛ばされる。
地面を転がり、喘ぐ様に酸素を求める。
そんなオルガを眺めつつ魔族は鼻を鳴らす。
「あーお前か。ベアトリーチェの言ってた奴は……さてどうするか…持ち帰れそうだな?」
そうぼやきながら一歩オルガへ向けて踏み出そうとして。
「させぬよ!」
「無茶しすぎだぞ後輩!」
ホーキンスと、新人聖騎士が二人の間に割って入る。
これ以上の追撃はさせぬという意思を漲らせていた。
そんな中でも、魔族の視線はオルガを捉えて離さない。
寧ろ、片手間で聖騎士二人の攻撃を凌いでいる。
「有角種でありながらこれほどの……!」
ホーキンスの驚嘆の声も当然だ。有角種は、少なくとも肉体性能に置いて人間とそう変わるものではない。
彼らの特徴は異界より呼び寄せる召喚獣にあって、身体能力に秀でた物は無い。
それ故に有角種と戦う時は召喚獣よりも本体を狙えと言うのが定石だった。
その当たり前が今目の前で覆されている。
「……その眼、覚えがあるな」
地に伏せながらも己を睨み上げてくるオルガの眼を見て。そして気が付いた。
「そうか……お前、オルガか!」
そこに浮かんだ表情は歓喜。
「嬉しいな! 約束通りに来たのかよ! ははははは! 悪いな、おい! あたしが一番乗りだ!」
そんな意味を理解しかねる言葉を吐いてひとしきり笑った後。
ストンと表情が抜け落ちる。
「ここで死んでくれよ、オルガ。アンタはあたしにとって邪魔だ」
「それは、こっちのセリフだ!」
笑っている間に立ち上がったオルガが次なる技を放つ。
弐式。朧・陽炎斬り。
例え霊力が視えなくなってもその間に得た知見は消えない。
柔軟性を持たせた霊力の刀身は蛇の様な軌道を描いて魔族の首を狙う。
しかし今度のそれも防がれた。
「んー鞭みたいなもんか? さっきから見えねえけど妙な技使ってんなお前」
微かな手元の動き。そこから軌道を読まれたのだとオルガは戦慄する。
その表情を嬲る様に見つめながら、彼女はオルガへと肉薄しようとし――。
再び両者の間に割って入った二人の聖騎士を邪魔そうに一瞥する。
「邪魔だなアンタら」
そう呟くと大きく後ろへ跳躍した。
掌を地面に付く。
「アンタらの相手はコイツに任せるとしよう」
その言動の意味を、最も経験豊富なホーキンスが看破した。
「いかん!」
まるで虚を突かれたという様な演技。そんな小細工を使ってまでの背後からの強襲。
しかしそれも躱される。
「言っただろ? 匂いでわかるって」
ウェンディの護衛が背を蹴られて体勢を崩す。その一瞬で彼女は準備を整えていた。
有角種としての本領。それを発揮するための誓句を発する。
「幻想召喚」
瞬間、この世ならざる存在が姿を現した。
オルガの暴走条件。無し。強制イベント。