16 馬鹿!
本日二話目です。
「出来るかあああ!」
遂にオルガが木刀を投げつけて叫んだ。
その奇行を、イオがまたかという目で見る。
付け加えると、カスタールの襲撃を抑止するために他人の眼が多い所で自主練しているので、周囲の人間も見ている。
「いや、だからオレは最初っからそう言ってたじゃんかよ。木刀で木を斬るのはどう考えても無理だって」
『出来るわよ! 私なら出来るもん!』
聞こえる筈も無いのだが、イオの言葉にマリアが必死で反論する。
「結局オルガは何をしたかったんだよ」
イオからすると、型の素振りは兎も角、それ以降は踊ってたり木刀で木に斬りつけたりとオルガの自主練は奇行でしかない。
「最初の試験まであと一週間だぜ?」
評価点の告知から早一週間。
それはつまりオルガがこんな無謀に挑戦し始めてから一週間が経ったという事で。
既に半分を使い切ったという事でもあった。
「分かってる……分かってるんだよ……」
流石にオルガも焦りがある。
マリアは必要な事はもう教えたと言うだけだ。
彼女にオルガの身体を操って貰おうかとも考えたのだが、オルガが感じ取れるのは自前の霊力だけ。
マリアの霊力の流れは全く分からないので意味がない。
「もうちょっとなんだ……多分」
「普通木刀で木は斬れねえだろ。待てよ。頑張れば折る事は出来るのか? や、やっぱ無理だろソレ」
無理無理と手を振るイオにオルガはぐうの音も出ない。
『でーきーまーすー! オーガス流剣術なら出来るんですう!』
そしてそれに触発されてマリアがムキになるというのがここ数日の流れだった。
イオにはマリアの声が届かないのだから、そんな叫ばないで欲しいとオルガは思う。
そして更にその二日後。
『だから、こうきゅってやってがーってやってぶるぶるさせんのよ!』
「分かるかあああ! この教え下手め! そんなだから流派途絶えたんじゃねえのか!」
『ああ!? 言ったわね! 言っちゃいけない事言ったわね! 私だって一生懸命やってるのよこの馬鹿!』
今日はイオが少し遅れるという事で、オルガは一足先に自主練を開始していた。
他人の眼が無いのでマリアの杜撰な指導と、未だ成果の出ない己への不甲斐なさで遂に禁句を口にしてしまった。
『幽霊にだって言っていい事と悪いことあるのよ! 全然私との約束果たしてくれないのに!』
「この状況で約束果たす時間なんてねえだろ!」
オルガがマリアと交わした約束は最終的に三つ。
オルガはオーガス流を復興させる――即ちオーガス流を修める事。その為にマリアは指導を行う。
これはオルガにとってもメリットのある話だ。
残り二つの内一つは、食事の内容を伝えるという事。
これに関しては日々履行されている。
お陰でオルガは食事をする際にレポートする変な奴という認識を固められているのを知らない。
そして最後。
『私の死んだときの状況が分からない以上、私の指導力不足で途絶えた何て言いきれないんだからあ!』
マリアは己の死んだ瞬間を覚えていない。
ある晩眠りに就いて、目覚めたらオルガの横で幽霊として存在していたと主張するのだ。
だから彼女は己の最期を知りたがっている。それが三つ目の約束――なのだが現状それについては一切果たされていない。
マリアとしてはこれが大本命だろう。最初の約束もこれだったのだから。他の二つは後から付いて来たに過ぎない。
何しろ400年も前の人物だ。
資料を探すだけでも一仕事となるだろう。それ故に、未だオルガも手着かずで居た。
なのでそこを責められると弱い。
普段は明るい――と言うか鬱陶しい性格なので余り意識していないが、こうして泣きべそをかかれるとマリアは。
「……じめじめして鬱陶しいな」
『鬱陶しい!?』
結局どちらにしても鬱陶しいのだな、とオルガはこれ見よがしに溜息を吐いてみせた。
『ちょっと一番弟子! 師は敬えって言わないかな!』
「ああ。はいはい。すみませんね。お師匠様」
『敬意いい!』
そして翌日。
残り時間を更に半分近く浪費したオルガはいよいよ危機感を覚え始めた。
「なあマリア」
『つーん』
「昨日は悪かったよ」
『つーん!』
面倒くさい拗ね方をしていた。
が、それを言うとまた喧嘩になるのは目に見えているのでオルガも言わない。
流石に昨日は言い過ぎたと彼も反省していた。半分位は八つ当たりだったのだから猶更。
「言い過ぎた。何も分かって無いのにお前が潰したなんて言って悪かった」
思い返せば、マリアにとっての400年後にオーガス流剣術の名が残っていない事を結構気にしていた。
訳も分からず、何時の間にか自分は死んだのだと言われ。
自分が打ち込んできた流派は途絶えて忘れ去られたと言われ。
挙句お前のせいだなんて言われて何も感じない筈がない。
『……オルガの言う通りかもしれないって思った』
何度も何度も謝っていると沈んだ声音でマリアがそう呟いた。
『壱式ってそんなに難しい技じゃないの』
そうなのか、とオルガは少しショックを受けた。
その技に滅茶苦茶苦戦させられているのだが。
『実際、霊力操作を身に着けた門下生たちは皆一週間も有れば出来不出来は兎も角出来るようになってたもの』
「そりゃ、あれだろ。俺の才能が無いんだろ」
落ち込んだ様子を見せるマリアに、オルガは自分を下げてでもフォローする。
オルガの想像以上に凹んでいる様だった。普段が普段なので遠慮しなかったが、意外な所を見た気分だった。
その言葉にマリアは首を横に振った。
『オルガは霊力操作に関しては他の人よりも習得が早かった。あそこまで自在に動かせるようになるには大概一月二月はかかるもの』
確かに、それが出来た時は驚いていたし褒めても居た。
だが今、才能有るよ、と沈んだ調子で褒められても余り嬉しくはない。
マリアが拗ねて見せていたのも自分の力不足を認めたくなかったからかもしれないとオルガは思った。
『壱式なんて、霊力を得物に流しながら型通りに振るだけなのにそんな簡単な事も教えられない私なんて……』
「待て」
落ち込んだマリアをどうやって励ますか考えながらいたら聞き捨てならない情報が飛び出してきてオルガは思わず制止した。
『何?』
「霊力を得物に……木刀に流すって何の話だ。初耳だぞ」
『え?』
奇妙な沈黙がその場に満ちた。
「教え方の問題以前に、必要な事教えてねえじゃねえか! この馬鹿!」
『ば、バカって言ったわね!? ただちょっとド忘れしてただけよ! そういう事あるでしょ!』
「きゅってやってがーってやってぶるぶるさせろなんてヘンテコな事は言うくせに肝心な事忘れんな!」
ギャイギャイと日頃の元気を取り戻してオルガとマリアは言い争う。
「これで出来るようになったらお前しばらくこのポンコツって呼ぶからな!」
『ポンコツって言うなあああ! ちょっとうっかりしただけなんだから!』
そして更に二日後。
「……マジかよ」
傾いでいく大木を見てイオが呆然と呟く。
地面へと倒れ、枝が折れる音の中に紛れながらオルガが言った。
「ようポンコツ」
『うわあああん!』
本作ではマリアを一番可愛く書くようにしています。
ところで馬鹿な子ほどかわいいって言いますよね