30 追跡者
「……そうそう! 新しい子が来るって聞いてたんだったわあ。お父さんも大分年だからって!」
人違いだと分かりながらも後始末まできっちりと付き合わされて、大分疲労感を覚えながら屋敷に戻ってきたオルガ。
いきなり迷子になったオルガを探していた三人には少し申し訳なさを覚えたが――オルガもいきなり連れていかれた側なので恨めし気な目で見るのは許してほしい。
『オルガ新事実よ。エレナちゃんの戦闘力。あれはお母さんからの受け継がれた物じゃないわ。お父さんからよ!』
と言う、マリアの心の底からどうでも良い情報を聞き流して。
エレナに事情を説明したら返ってきたのがそんな言葉だ。
「すまなかったなオルガ君。てっきり研修で来た新聖騎士かと勘違いをした」
ゆったりとした部屋着に着替えて来たエレナ父はそう言って軽く頭を下げた。
「娘の友人は全員女の子だとばかり思っていたのでね」
「いえ……お気になさらず……」
普段は余り意識しないが――こんなややこしい名前を付けているこちらが原因なのだから何も言えない。
「改めて、ホーキンス・クルドルフだ。当家への来訪。心より歓迎する。何も無い所だがゆっくりとしていってほしい」
「こちらこそお世話になります」
つまりエレナのフルネームはエレナ・クルドルフという事になる。
覚えておこうとオルガは思った。
何もないなどと謙遜しながらも、ホーキンスと、エレナの母であるミランダの歓待は大したものだった。
少なくともオルガは一切不満を抱かなかったし、それはイオとウェンディも同じであろう。
「はい、こっちがオルガ君の部屋。こっちがイオちゃんとウェンディちゃんの部屋ね」
そう言って案内された客間も、慌てて用意したと聞かなければ分からない位しっかりと掃除された部屋だった。
「ありがとうございます。ミランダさん」
「ううん、三人とも自分の家だと思ってゆっくり休んでね。お休みなさい」
「うむ、感謝するぞ。ミランダよ」
鷹揚に頷くウェンディの背後で、イオがその背を抓った。
「色々とありがとう、ございます。ミランダさん」
ちょっとたどたどしく、お礼を言うイオをミランダは楽し気に眺める。
後で聞いたところによると、頑張って礼儀を守ろうとしているイオが可愛かったからだとか。
「エレナも。ゆっくり休みなさい。遠かったでしょう?」
「うん……ありがとうお母さん。お休みなさい」
そう言ってエレナは自然にオルガの部屋に入ろうとした。
「あら?」
「あ……」
今言われた通り、エレナも疲れていたのだろう。ここしばらくオルガの治療のために同じ部屋にいる事が多かった。
なのでつい、実家でもオルガの部屋に行こうとしてしまったのだ。
それを見たミランダの瞳が楽し気に輝いた気がしたのは気のせいでは無い筈だ。
「あらあら? エレナったら学院に行っている間に随分と進んじゃったのね!?」
「ち、違うよお母さん。これはその、ただ慣れで……」
「あらあら。これは御父さんには内緒にしておかないと……」
「誤解なので内緒にしなくていいよ!」
ミランダが想像しているような事は一切ないのでオルガも必死で首を上下に振る。
瞬間、襲い来る頭痛。それを見てエレナも咄嗟に<オンダルシア>を抜いて治療を開始する。
『不味いわね。結構頻度高まっていないかしら』
「……こんなに何度も損傷と治療を繰り返して、オルガさんの頭は大丈夫なんでしょうか……」
「何か困ってるみたいね」
今の一連の出来事でそれを察したミランダはオルガに視線を移した。
「明日御父さんに相談してみましょうか。大丈夫。バカは治せるわ」
「いや、あの……俺別にバカで悩んでるわけじゃないんですけど」
「冗談よ」
あんまり笑えない冗談だった。――バカなのは事実なので治せるならついでに治したいとも思ったが。
それ以外は特に何事もなく、滞在初日を終えた。
その一方で。
◆ ◆ ◆
「あーベアトリーチェ様? 居ないんですけど、目標」
中央管区。聖騎士養成学院を遠巻きに見つめる影が一つ。
「って言うか雛共は大半が居ないね。いや、ホント全然いないんだけど」
虹色をした石に話しかける声は年若い――まだ少女と言っても良い物。
少しばかりいらだった様子で声をかけ続ける。
「どーすんですか? あたし、ここまで来て無駄足とか悪い冗談なんですけど」
『お前の召喚魔を使って追跡しろよ間抜け。何の為にお前を送り込んだと思ってる』
「うわあ、そっちの調査不足を現場で補えって言うんだね。最悪なんですけど」
『別にやりたくなければやらなくていいぞ。代わりは、いくらでもいるからな』
脅すような言葉に少女は深くかぶったフードの下で表情を歪めた。
その言葉が比喩でも何でもなく、自分の代わりは無数にいるのだという事を理解しているが故。
せめてもの抵抗として舌打ちを一つ。
「分かったよ。せめて帰り位はイルマの迎えをお願いしたいんですけど?」
『却下だ。自分の足で帰って来い』
そう言い捨てて、虹色の石は沈黙した。
「こんちくしょ!」
と言いながらそれを投げ捨てたい衝動に駆られた。
だが、それをすると本当に自分の代わりが手配されることになるのでグッとこらえた。
敢えて己の寿命を縮める事は無い。
「ああ……めんどくさいめんどうくさい……」
そうぼやきながら、少女はフードをしっかりと被りなおす。
己の姿が、この人間の領域では目立つことは理解していた。
正直、余り長居したい場所ではない。うっかりその姿を見られたら面倒になる事は目に見えていた。
魔族の自分に、人間の国で居場所なんて無い。
だと言うのに。無意識に誰かの姿を求めてしまう自分が居て嫌になると少女は思う。
人の目を避けて。バカみたいに顔も知らない相手を追いかけまわすというのは正直気乗りしない仕事だったが仕方ない。
彼女に拒否権など最初から無いのだから。
「本当にめんどうくさいな……」
フードの隙間から覗いた髪は――雪の様な銀色をしていた。
小隊行動が基本なのに一人で回すちょっとおかしい人
流石に年を感じたので増員を要請。