28 聖騎士のお仕事
「あらあらあらあら! 遠い所からよく来てくれたわね!」
街から少し離れた場所に位置するエレナの実家だと言われた屋敷。
そこは家族三人が暮らすには十分な広さだった。小ぢんまりとしているが、人の温かみを感じる家だとオルガは思った。
――もうずっと昔。母親が健在だったころの自宅を思い出す。
そこを一人で切り盛りしているというエレナの母親は笑顔を浮かべながらオルガ達を迎えた。
「イオちゃんにウェンディちゃんね! すぐにわかったわ! 話に聞いてた通り! 初めて会った気がしないわ!」
結構筆まめなエレナは近況の手紙を何度も送っていたらしい。
だから三人の事も良く知っているのだと彼女は言う。
「それであなたがオルガちゃんね!」
「いや、おばさん。そいつ男」
「男です」
「うむ。ちゃんを付ける程可愛げのある者ではないな」
『スカートでも履いてみる?』
オルガと言う名前は女性に付ける事の方が圧倒的に多い名前だ。
学院ではオルガの姿を見て女性と勘違いする者は居なかったが――手紙に名前だけだとまあこういう事も有るだろう。
「あらあら! ごめんなさいね! てっきり女の子だと思ってたわ!」
「お気になさらず……」
そんなやり取りをしているとエレナが恥ずかしそうにしながら母親の背を押す。
「お母さん。みんな疲れてるからその辺で……」
「そうね! まずは旅の埃を落として貰わないと! ああでも困ったわ。てっきり三人とも女の子だと思ってたから客間は一つしか用意していないのよ」
「なら私が用意するから。お母さんまだやることあるんでしょ?」
「そうね。それじゃあエレナに任せようかしら。それじゃあ皆さん。何もない家ですがごゆっくり」
そう言ってエレナの母親はパタパタと慌ただし気に離れていった。
その背を見送って、エレナは三人の視線に気付いた。
「な、何ですか」
「いや、エレナって家だとそんな喋り方なんだなって」
「うむ……我らと話す時に比べると砕けた口調と言うかだな」
「悲しいぜエレナ。オレ達にはまだ心を開いてくれてなかったんだな」
とわざとらしくイオが首を横に振ると慌てた様に弁明をする。
「ち、違いますよ! 心を開いていないとかそういうのじゃなくて……皆さんにはお世話になっていますし、常に敬意を忘れないといいますか……」
「エレナ。何時ものイオの冗談だ」
揶揄われたのだという事に気付いたエレナが軽く頬を膨らませる。
「イオさんは今日は野宿しますか?」
「悪かったって。でも、半分位本音だぜ? ぶっちゃけお世話云々だとオレらの方がエレナの世話になってるし」
その言葉にはオルガも全面的に同意である。
と言うよりも、オルガ達がエレナを世話したといえるのは最初の小隊引き抜きの時くらいではないかと言う疑惑すらある。
むしろ、オルガ達がエレナに感謝を示すべきではないだろうか。
「エレナ様。肩でも揉みましょうか?」
「急に何ですか?」
「お、そう言う感じで行く? エレナお嬢様に客間の準備なんてさせられませんですことのよ。私共にお任せくださいあそばせ」
「イオさん、言葉遣いが滅茶苦茶です!」
「う、うむ……えっとだな。お、お茶をお持ちいたします……?」
「ウェンディさんも無理に乗らなくていいんですよ?」
侍らす側のウェンディに傅く真似事は難しかったらしい。
そんな風にエレナを揶揄っていたらお客様なんですから何もしないで待っててくださいと準備されていた客間に押し込まれた。
「揶揄い過ぎたか」
「まあ大人しく待ってようぜ」
「……そうだな」
と言ってから数分でオルガは催してきた。
「……ちょっと席を外す」
「ん? ああ。迷子になるなよ?」
一瞬怪訝そうな顔をしたイオも察したのか。適当に手を振って見送った。
トイレにまで持ち込む必要は一切ないのでマリアのボロ剣は置いていく。
その癖、主武装であるミスリルの長剣は肌身離さないのは見習いとは言え聖騎士らしくなったと考えるべきか。
少しオルガは悩む。
用を済ませて戻ろうとすると、一人の男性と出会った。
少し白髪の混ざった、エレナと同じ紫紺の髪。やや老いが見えるが、十分以上に鍛えられた身体。
そしてその腰に佩かれた霊力を宿した剣。
間違いないとオルガは思う。
この人がエレナの父親。聖騎士に任じられた一人だ。
「ん……早かったな。長旅御苦労だった」
唐突にそう言われてオルガは少し悩む。
「予定よりもやや遅れたかなと思います」
「そうだったか? まあ良い。それよりも支度をしろ。出るぞ」
「へ? 出るってどこへ……」
「向かいながら説明する。急げ。それほど時間は無い」
そう言い置いてエレナの父らしき人物は屋敷の外へと向かう。
来いと言われたオルガは少し迷ったがその後を追いかけた。
「馬は乗れるか?」
「一応……」
その馬に乗ったまま戦えとか言われたら無理だが。
乗って走らせるくらいならばなんとかなる。
「ならこいつを使え。賢いやつだから上手くお前に合わせてくれる」
数頭いる馬の中から一頭の手綱を引いてオルガに手渡した。
「あの。他の人は? それにどこへ?」
「他……? いや、お前と私だけだ。行くぞ。遅れるなよ」
そう言って自分も馬にまたがって走り出してしまうのでオルガも後を追うしかない。
「近場で魔獣が目撃された。その退治だ」
「魔獣、ですか?」
舌を噛みそうになりながらどうにか相槌を打つ。にしては随分と急いでいるなとオルガは思う。
学院のクエストの期間を考えれば、あれは相当にのんびりとしている。何しろクエストを受けるか受けないかは候補生次第。
何時解決するか分からないのだから。
「中央管区ではどうだか知らないが――この辺りは聖騎士の数が少ない。見失ったからと言って山狩り何て出来やしないし、中型にでもなれば一人で狩るのは面倒だ」
そう言われればとオルガは思い出す。確かに魔獣の出現場所については大雑把とは言え指示されていた。
それは学院側が最低限とは言え調査をしていたからだ。
しかし、エレナ父言うにはそんな人手はここには無いのだという。南管区の聖騎士が少ないというのは本当の事らしい。
「見つけたら即座に狩る。それが基本姿勢だ。覚えておけ」
「……はいっ!」
聖騎士としての在り方。
それを実地で教えてくれようとしているのだと気付いてオルガは力強く返事をする。
学院が二学年からどんな教育をするのかは知らないが、現役聖騎士からの教えが無駄になる筈もない。
わざわざ手間を割いてそれを教えようとしてくれるエレナ父に感謝する。
――ところで結局何で自分だけなんだろう。
ちょっと冷静な自分が突っ込んでいたが取り合えず今は無視した。何しろ口を開くと舌を噛み切りそうだったので。
オルガも流石にトイレや風呂にまでボロ剣は持ち込まないです。
と言うか一回うっかりトイレに持って行ったら散々にマリアに詰られたので二度と持ち込む物かと注意しています。急いでる時はその辺に投げ捨てた結果、危うくゴミとして処分されそうになった事があったり無かったり。