27 欠けた神権
目を覚まして目の前にエレナの顔がある事にオルガは一瞬混乱した。
そうして思い出す。
「ああ、そうか……」
昨日は予定をずらしてでも内海の辺りを四人+一人で調べまわって、何かマリアの過去に繋がる手掛かりが無いかを探したのだ。
その後は野営して、凹むマリアをどうにか励まそうとしていたのだった。
目を開けた途端に視界に広がる霊力の流れ。
少しばかりの頭痛は、また己の身体が危険な状態に入った前兆か。
流石にこのままずっとエレナの治療を受け続けるという訳にも行かないだろう。
ならば早急に霊力視の眼を閉ざす方法を見出さないといけないのだがどうにも芳しくない。
今回の件と言い、迷惑をかけっぱなしである。
「イオにもウェンディにも何か礼をしないと……」
守銭奴な傾向のあるオルガがそう思うだけでも大した出来事である。
それはさておいて。今朝もマリアの過激な挨拶が無い。
別段被虐性癖がある訳でもないのだが無いと落ち着かない。
「マリア?」
『……何よ』
呼びかければ反応はあるので少しホッとする。
「いや、またお前の夢を見たんだが……」
『……何、オルガは女の子にそういう報告をして蔑みの視線を浴びるのが好きな人なの?』
「そのこの上ない侮辱は止めろ」
誰がお前でそんな想像をするかと。中身蛮族を卒業してから出直せと言いたい。
「多分お前の記憶だと思うんだが……」
『ふーん。何時のだった? もしかしてお風呂でも入ってた?』
「エロから抜けろ。そうじゃなくてだな」
かいつまんで見た夢の内容を説明するとマリアは怪訝そうな顔をした。
『十大使徒の代替わり? そんな話記憶にないわね』
「やっぱりか……」
何となくあれは今のマリアよりも年上そうだという予測は当たっていた。
つまり、あれは欠けたマリアの記憶という事だ。
『まあ……言ってる内容は私なら多分そう言う、って内容だから不思議はないけど……うーん。何で忘れてるのかしら?』
「頭でもぶつけたんじゃねえの?」
『ぶつけられるならぶつけたいわね』
物体に触れられないマリアが皮肉気に言う。
「……いや、でも有獣種のフェザーンには触れられてたよな」
『そう言われればそうね……あれも一度きりだから良く分かんないわ』
夢の内容を聞いてもマリアの記憶が蘇ったりはしないらしい。
一体どこから拾って来た内容なのか。
「それはそうとマリア。十大使徒って何だ?」
『え? 今もいるじゃない。特級聖騎士だっけ? 神権に選ばれた者の事よ。呼び方変わったんだなーとしか思ってなかったんだけど』
「いや、数がおかしい。特級聖騎士は九人だぞ?」
『ええ? それこそおかしいわよ。オルクス神が授けた神権は十よ? 欠ける事なんて有り得ないわ』
「いや、有り得ないと言っても……」
マリアが絶対の信頼を寄せるオルクス神はいない。
その事を思い出したのかマリアも表情を渋くした。
『その事も何か関係しているかもしれないわね』
やはり一番の違いはその辺りかとオルガは考える。
まあこれ以上は考えても仕方ないのでほどほどにしておくが。
『……特級聖騎士の誰かに話を聞けないかしら』
「あー」
マリアはそこまで気付いていないようだが。いる。
一人聞けそうな人が。
問題はそれを聞く事でどんな代価を要求されるか。
そしてもう一つ。
果たしてそれを聞いても問題がない相手かどうかという事だ。
マリアの記憶が正しいのならば歴史上で隠匿された何かがあるのは間違いない。
それを暴こうとした時、隠したがっている誰かと敵対する事にならないか。
もっと言うのならば、特級聖騎士との対立に繋がらないか。
オルガはそれが懸念材料だった。
もうしそうなったら成す術もなく消されてしまうだろう。
「それは止めておこう」
『まあ伝手も無いしね……あ、この前のエールフリートさんとかどう?』
そもそも連絡手段がない。
「ん……オルガさん今朝は早いですね……」
「悪い。起こしたか?」
「いえ……そろそろ起きる時間でしたので」
気だるそうな表情のエレナは寝惚け眼でそう答える。気を抜いている姿が何となく新鮮だ。
「さて、今日こそは我が家に辿り着きましょう!」
「そうだな」
朝食の乾パンを齧りながらオルガも頷く。
正直、しっかりと食事は取れているが保存食にも飽きて来た。
何時ぞやも思ったが贅沢とは恐ろしい物である。しっかりと食事ができるだけでもスラム時代は泣いて喜んだと言うのに。
「うむ。そろそろ我も入浴をしたい……」
「オレも。エレナの家にはあるんだよな、風呂」
「学院の大浴場程ではありませんが……」
「十分だっての。お湯を沸かすのはオレに任せろ!」
「水なら我がいくらでも運ぶぞ!」
水は兎も角。
「イオ、何時からそんな事出来るようになったんだ?」
「ん? いや、出来るようになったというか最初からできたというか……<ウェルトルブ>の光って熱いんだよ」
そしてそれをただの水に入れれば暖かくできるのだという。
『……この二人で公衆浴場でも作れば薪代要らずね』
なるほど。これが聖剣を悪用した場合、かとオルガは納得した。
限りなくしょぼい使い方であろうが、風呂屋は価格競争に勝てなくて廃業になるだろう。
それこそエレナなど医者いらずだ。その気になれば権力者にだって取り入れられる。
聖剣は悪用しようと思えば幾らでも悪用できることにオルガは今更ながら気付いた。
自分には無縁の話だが。
『そうだオルガ。エレナちゃんの家に着いたら本を見せて貰いましょ。童話的な物が良いわ』
「童話?」
何でそんな物をと思ったがオルガもマリアの狙いに気付いた。
何時ぞやの騎士物語と同じだ。
童話と言う形でマリアの生きていた頃の話が、或いは当たり前だと思っていた内海形成の理由が分かるかもしれない。
地元の人間の書架ならばその地域の話もあるだろう。
普通の家ならば本など殆どないが、エレナは以前から読書していたという話を聞いている。
何冊かはあるだろう。
余り期待は出来ないが、それでも何か手掛かりがあると良い。そう思った。
頻繁に誤字報告が来るので補足。
特級聖騎士が持っているの武器が神剣。それぞれが守護して力を使ってるのが神権。同じ音ですが別物なのです。
ついでに神剣が壊れても神権に影響は無いですが、逆は有ります。