24 内海
『いつの時代も街道ってのは代わり映えしないのね……』
学院が早めの夏季休暇に入り、エレナの実家を目指して旅立ってから四日目。
代わり映えのしない景色に、マリアは早くも飽きてきたようだった。
退屈そうにそんなある意味で当たり前の事を言っている。
『偶に馬車とすれ違うくらいで……暇。暇暇!』
「マリアうるせえ」
流石にオルガも耳元でワーワー言われると煩い。コイツホント、しおらしくしている時間が持続しないなと悪態を吐きたい気分だ。
しおらしくされたらされたでオルガの調子も狂うので、何時も通りなのは良い事でもあるのだが。
こうもうるさいと文句の一つも言いたくなる。
「暇なら景色でも眺めてろよ。あの辺の森とか」
『さっきから全然変化がないから本当に飽きたのよ』
まだオルガ達の様に自分の足で歩いて、風でも感じていれば話は違うのだろう。
だがマリアに身体は無い。音は聞こえて、眼は見えるけど、他は感じない。
外部からの刺激が無い現状は本当彼女にとっても退屈なのだろう。
「背後霊が何か言ってんのか?」
「暇だと」
「贅沢な悩みだな」
オルガもそう思う。考えてみればマリア一人だけ馬車で移動している様な物だ。勿論、馬はオルガである。
そう考えると少し腹立たしい。
「そんなに暇ならその辺に知ってる景色が無いかでも探してろよ」
『……そうね。まだそっちの方が有意義かもしれないわ』
マリアの故郷を探すために今できそうな事と言えばそれくらいである。
彼女自身も管を巻くよりは余程マシであると思ったのか素直に頷いて周囲を見渡し始める。
「やっと静かになった」
「そんな騒がしいのかよ」
「一度イオにも聞かせてやりたいな。辟易するから」
「それを聞いて、関わろうとは思えねえなあ……」
イオの中では姿の見えないマリア像がとんでもない事になりつつあった。
煩くて騒々しくて喧しい印象しか今のところない。オルガに戦い方を教えたという情報が埋もれてしまっている。
「うむ……しかし地名は分かっているのだろう?」
「ああ」
とオルガは記憶を掘り起こす。
「確か……アルベルン地方だったか」
「アルベルン、アルベルン……ううむ。聞いたことが無いな」
「海が近いらしい。後南の方だとか」
「そうなると、この辺りかもしれないですね」
そう言いながらエレナが眼前に広がる街を示す。
「境界都市です。ここからが南管区ですね」
そう言われてみれば、街道の人通りも少し増えて来た。服装も、オルガ達と比べると大分軽装な者が多い。
「こっちは……暖かいというよりも暑いな」
「まだ序の口ですよ」
と、出身者であるエレナは笑う。暑いのも寒いのも慣れているオルガではあるが、それでも結構キツイ。
「うむ……王都と比べると大分暑いな……」
「そうだな……」
壁に隔てられていただけのオルガとウェンディは気温に対する感覚は大体一緒らしい。揃って暑そうにしている。
……少し離れた場所にある霊力の反応。恐らくはウェンディ護衛も暑そうな気配を漂わせている。
「情けねえな二人とも」
「イオは、平気そうだな」
「オレは東管区出身だけど、南寄りだったからな」
つまりは慣れているという事らしい。羨ましいとオルガは素直に思った。
「境界都市では予定通り水と食料の補充だけしていきます。寄り道はダメですよ?」
「はーい」
エレナの引率めいた言葉に三人は揃って返事をする。半分位ふざけて居るが。
「後、ここから先の街道は魔獣の間引きが余り行われていません。警戒を怠らずに」
王都が存在する中央管区。魔獣が大量発生している北管区。そこに接する東管区に西管区。
そうした所と比べると南管区は最も魔獣の発生数が少ない。
それ故に、聖騎士の配置も少なく――結果として主要な街道以外は若干安全性に難があった。単純に人手が足りないらしい。
「索敵は任せてくれ。直ぐに見つける」
「いや、オルガ……お前は見つけちゃダメなんだろ」
「そうです。目を閉じる……? とかその辺の話は良く分かりませんが、兎に角まずは自分の身体を何とかしてください」
「……はい」
頭に負担がかかるという霊力視。とはいえマリアはほぼ常時使っていても問題は無かったという。
つまりは精度の問題だろうとオルガは考えていた。細かく見ようとするから負荷がかかるのだ。
普段は全体を俯瞰的に捉えて。
戦闘時だけ詳細に捉える。
そんな使い分けができる様になればと思っているのだが中々上手くいかない。
動きは再現できるが、そもそも最初の一回が出来ないので結構キツイ。
最初の視える様になった感覚も良く分からないのでどうすればいいのかも曖昧だ。
とりあえず早急に見えなくなるようにしないと身体が持たない。
「む……」
いや、これは単に焦点をずらしているだけだなとオルガは首を横に振る。
まずは霊力を視るという事をもっと分解して考えてみるべきか。
「なあ、マリア」
参考にマリアの感覚を尋ねようとしたら。
じっと東の方を見つめていた。何の変哲もない丘だ。
「マリア?」
『……見覚えがあるわ』
「何?」
『この地形。覚えがある!』
「気のせいじゃなくてか?」
『あんな特徴的な双子丘。そんなにあちこちには無いわよ。ここから更に東に行ったところにアルベルンの大きな街があって、そこから南下すれば私の町があるわ!』
「エレナ」
マリアはこうは言っているが、実際どうなのだろうか。
「双子丘ですか? ああ、あの」
遠目に見れば全く同じ形の丘が並んでいる様に見える地形。エレナがその特徴を挙げられて直ぐに分かる程度には有名な場所だった。
「確かに。ありふれた地形では無いですね。それが何か?」
「どうも、マリアの故郷がこの辺りらしい」
この地形の事を聞けばもっと早くに絞り込めたのではないかと思ったのだが、多分マリアもそんな珍しい物だとは知らなかったのだろう。
「あら……本当にそうだったんですね」
予想外の展開だが、この機会は逃せないなとオルガは思う。
学院からここまで四日かかっている。往復を考えれば八日だ。中々来る機会は無いし、下手したら次は一年後になる。
「少し足を伸ばしたいんだが……」
当然そうすると、エレナの実家への到着は遅れる。
「勿論。マリアさんには間接的とはいえ助けて貰ってますし。寄り道は全然かまいませんよ。それに、そっちに向かっても半日も遅れません」
『ありがとう! じゃあ早速行きましょうオルガ!』
ボロ剣から離れられる最大距離を先行して、マリアはオルガを呼ぶ。
『早く早く!』
「はいはい……」
勾配のキツイ丘を幾つか超えていく。段々と、空気が変わっていくのをオルガも感じた。
具体的には匂い。潮の香りだ。王都育ちのオルガには知識としてしか知らない物だったが。
「これが海の匂いか?」
「うむ。オルガは海初めてか?」
「ああ」
「王都には無いからな! 我も数える程しか見た事が無い!」
「確かにここからだと内海が近いですね」
「……そんなところに街があるのか?」
「今は無いですね。400年も経てば街が出来たり消えたりはしますから……」
「そりゃそうだ」
マリアもそこまでは期待していないだろうと思う。それでも目印めいたものがあれば、捜索範囲はグッと狭まる。
何個目か分からない丘の頂点でマリアは眼下を見下ろして立ち尽くしていた。
久しぶりに目にした故郷の片鱗に感動でもしているのだろうか。
そう思っているとマリアが震える唇を開いた。
『何よ、これ』
追いついたオルガはマリアの隣に立って同じように見下ろす。
「何って……いや、俺も初めて見るんだけど……」
海だ。断崖絶壁の下に広がる海。
そしてうっすらと見える対岸。
大陸南部を二つに分かつそれは――。
「無明内海」
追いついた三人も、そこに内海がある事自体に疑問は抱いていない。
そうしてオルガにだけ聞こえる声で。マリアは泣きそうな声を出した。
『何で。こんなところに海があるのよ……』
おや……?