15 ちなみに不評だったわ、これ
「……なあオルガ」
「何だよイオ」
「その踊り何なんだよ。すげえ気になるんだけど」
「……気にするな」
放課後の定例となった二人の自主練。
お互いの練習内容には干渉しないのが常だ。
オルガはオルガでマリアから指導を受けているし。
イオはイオでずっと書物を見つつ何かの型を練習し続けている。
彼女の聖剣の能力をオルガは知らないが、未だに使っている所を見た事は無い。
まだ手の内を明かせるほど仲を深めてはいない。
この関係もあくまでカスタールが絡みにくい状況を作るだけの物。
自分たちの手の内を晒すリスクを取ってでも人の多い場所で訓練しているのもその一環。
尤も、これについてはマリアが割とシンプルな解決策を示してくれた。
曰く。
『あいつらの聖剣の輝きは覚えたから、近付いてきたら分かるわよ?』
との事。便利な奴である。
仮にマリアの警戒をすり抜けて来ても、今のオルガはカスタールでなくとも少々絡みにくい。
手をゆらゆら。
足をゆらゆら。
身体をゆらゆら。
何やら全身を揺らしながらいる姿は薄気味悪い。
骨がどこかに行ってしまったのかと疑う程だ。
これこそがマリアが胸を張って伝授した霊力操作を最も効率的に体得するための訓練方法なのだ。
『踊りに合わせて自分の中の霊力を動かすの。手足の先に、身体の芯に集めるように』
先日の荒療治で、確かに自分の中に流れる何かを意識すれば感じることが出来るようになった。
ならば後はそれを動かすだけだとマリアは言うのだが――。
「なあイオ」
「……何だよ。後、踊るの止めてくれよ。笑いそうになる」
そう懇願されてはオルガも踊り続けることは出来ない。
久しぶりに軟体生物から骨を持った生物に戻った気分になりながら尋ねた。
「お前って耳動かせる?」
「耳?」
凄い怪訝そうな顔をされた。
何でそんな事を聞くのかと無言で尋ねながらも、イオは己の耳を動かす。
「出来るけど」
「俺は出来ない」
「はあ」
「……そして俺は今、それをやろうとしている気分だ」
「耳動かす訓練してんの、お前?」
勿論違う。
違うのだが霊力何て他人はどうも感じても見てもいない様な物を言われてもイオも困るだろうと思って例えただけだ。
要するに、出来る奴には出来るのだから不可能ではないと分かっているけど、そもそもどうすればそうなるのかさっぱり。
そんな状況だった。
本当にこの奇妙な踊りで出来るようになるのだろうか。
『えっとそうねえ……確か、血の流れを意識すると良い、って言ってるのは聞いたことあるわね』
そして薄々感じていた事なのだが――マリアは教えるのが下手糞だ。
何時ぞや言っていた様に、出来るから剣士をやっていたというだけあって、彼女はきっと天才なのだろう。
術理を学ばずとも見るだけでその技を修めてしまっていた。
だからだろうか。
説明が妙に簡素で、何で出来ないの? という顔をされる。
本当にこれで師範だったのだろうか。いや、師範だったとして……その門下生たちは大丈夫だったのだろうか。
もしかしてそれが原因で流派が途絶えたのではないかと疑っている。
「血の流れ、ね」
呟きながら再び踊る。
ここ数日、自分が聖騎士を目指しているのか踊り子を目指しているのか分からなくなってきた。
そんな踊りに没頭し、もうすぐ日が暮れるという頃合いになって。
「お?」
「何だよ。今度は何だよ」
オルガの奇行にびくびくしていたイオが、思わず漏れたオルガの声に少しビクつきながら反応した。
「あー分かりやすく言うと耳が動いた」
「全然分かりやすくねえ!」
要するに、オルガは自分の中の霊力を動かす事に成功した。
『うんうん。この踊り恥ずかしいから皆早く終わらせたくて必死でやるのよね。人間必死になるのが一番って言わないかな』
こいつやっぱり一度泣かすべきじゃないかとオルガは思いながら踊りを続ける。
そして一度成功すれば勘所もつかめてくる。
手足の末端から末端に。自在にすいすいと動かせるようになってきた。
慣れてくるとちょっと面白い。身体の中で熱が移動しているようなイメージ。血管の中を自在に流れる何か。
『器用なもんね』
珍しくマリアが感心したようにオルガを褒めた。
『いきなりそこまで自在に動かせる奴は珍しいわよ』
からかいの無い賞賛にオルガは少し照れる。
照れていられたのはそれまでだった。
『それじゃあ後は実践ね。うん、実は前からそこの木に目を付けてたの』
そう言ってマリアは一本の大木の側に浮いていった。
学院内でも結構な太さを持った立派な木だ。
『その剣で、この木を斬りなさい。オルガ』
その剣、と言われたのは訓練用に使っている木刀だ。
木刀である。
そして斬れと言われた木を見る。
斧を使っても苦労しそうな太さだ。
「……これで?」
何か勘違いをしていないかと思い確認するが、マリアは無情にも頷く。
『それで』
いやいや、とオルガは首を横に振った。
木刀で木を斬れなんて話。聞いたことも無い。
まだ鉄剣なら分かるのだが。
『本当は岩が良かったんだけどねえ。丁度いいのがこの辺りに無いから』
いやいやいやいや、とオルガは更に首を振った。
木刀で岩を斬れってもう何を言っているのか。
どう考えても木刀の方が先に折れる。
鉄剣だって一緒だ。
斬岩なんてしようとしたら一撃で刃毀れするか最悪折れるだろう。
『型は教えた。霊力の操作も教えた。後はそれを組み合わせるだけよ』
とマリアは言うのだが絶対嘘だとオルガは思った。
コイツ。何時もの調子で大事な伝えないといけない事を一つか二つくらい飛ばしている。
『壱式がしっかりと使えれば木刀でも木くらい斬れるわよ。何ならもっと硬くても行けるわ。私、その辺の枝で岩切ったことあるし』
武器を選ばないにも程があるとオルガは思った。
え、本当に枝で岩切ったの? と信じられない気持ちで見ると力強く頷かれた。
「ん? オルガ打ち込みでもするのか?」
木に向かって、上段に木刀を構えたオルガを見てイオがそう尋ねて来た。
そのイオに振り向いて、剣先を空に向けながらオルガは言う。
ヤケクソの境地とも言う。
「いや、ちょっとこの木を斬ろうと思ってな」
「……オルガ。医務室行こうぜ。きっと疲れてんだよお前」
かなり本気の顔でイオから心配されてしまった。
生前どうしてたのかって? 他の人たちが頑張ってたんだよ!
でも当人は気付いてない。周りも楽しそうにしているのを見ているので指摘できていない。
そして現在。他の人が居ないのでオルガがツケを支払う。