21 誘拐未遂
珍しくしおらしい表情。こうしていれば大人しい物だが……やはりオルガとしては調子が出ない。
「何についての謝罪だよ」
『アイツに斬りかかって迷惑をかけてごめんなさい』
「……お前斬りかかった事自体を悪いとは思ってないだろ」
あくまで、迷惑をかけた事を謝っている。オルガはそう感じた。
そう言うとマリアはバツの悪そうな顔をする。
『何で分かったのかしら』
「俺も同じだからだよ」
仇を討とうとして失敗して他人に迷惑をかけたとしても。オルガだったら敵討ちその物を悪いとは思えない。
上手くやれなかった事を反省こそすれ、復讐を止めようとは思わないだろう。
その程度でやめる気になるのならば――最初から仇討ち何てしないのだから。
『……ええそうよ。次はもっと上手くやる。そう思っている自分がいるわ』
「だと思った」
『でもオルガに迷惑はかけないわ……次は卒業してからバレない様にしましょう』
「やる時点で迷惑をかけてるんだよなあ……」
だが、とオルガは思う。
「俺の復讐が終わったらやっても構わない」
『随分と気前が良いわね』
あんまりにすんなりと己の要求が通った事にマリアは驚いた様だった。そんな彼女へオルガは肩を竦めて見せる。
「逆だ。一番最後まで後回しにするって事だ」
そう言うとマリアは納得したように頷いた。
『そういえば言ってたわね。オルガが倒せるか見て欲しいって』
「……ああ」
『そんなに強いの。その魔族は』
「少なくとも俺には強く見えた」
それはオルガが勝つ筋道を見出せない程に。
「多分。この夢を見続けていればその内アイツも出てくる」
『そう、何だ』
アイツ――オルガにとっての仇。
大丈夫だろうかとマリアは思う。つまりは彼の母親とスーの二人が殺される場面という事だ。
「気にしなくていい。四年も前の話だし。心の整理は着いてる」
その言葉の真意を探るかのようにマリアはじっとオルガの瞳を覗き込んでくる。
『うそ、は言って無いみたいね』
「こんなんで一々嘘はつかねえっての」
そう言いながらオルガは眼下の光景に目を落とす。
「これは……いつの話だろうな」
『オルガにも分かんないの?』
「そもそも幽体離脱した記憶はねえ」
そう考えればこれは自分の記憶その物と言う訳ではないのだろうなとオルガは思う。
人の記憶何て簡単に自分で捏造してしまうというし、そういう感じの一種の妄想だろうと。
『つまり私はオルガの妄想を見せられていると?』
「そう言うととてつもない変態の様に思えてくるな」
『変態ってのは間違ってないと思うけど』
「調子出て来たじゃねえか……」
もう少ししおらしさを維持しておけばいいのにと思いながらオルガはこの光景を見渡して。
たった一度だけ会った相手の姿を認めて何時の出来事か理解した。
「ああ。あの時か」
『一人で納得してないで説明して欲しいんですけど』
「俺達が誘拐されそうになったときの事だ。正確にはスーが、それも未遂だけど」
そう簡潔に言うとマリアはジトっとした視線を向けてくる。
『それってヒルダちゃんが言ってた奴?』
「多分な。誘拐未遂事件何て他に聞いたこと無いし」
『教えてあげればよかったのに。あんなへたっぴな色仕掛けまでして聞きたがってたんだから』
「だから逆に不気味なんだよ。こんなん、ぶっちゃけ未遂じゃなければスラム街でそれなりに良くある話だし。そこまでして知りたい事って何だ? って」
それを明かしてくれるならオルガとしても話しても良かったのだが。
伏せられてしまったのでオルガも警戒してしまう。
『まあ、そうね』
「それでアイツがその時の誘拐犯だ」
顔がぐちゃぐちゃに塗りつぶされた男。人相も全く何もかも分からない。
如何にも怪しげな感じで角から幼いオルガとスーを見ている。
『……誰?』
「知らん」
当時のオルガも知らない相手だった。
薄っすらと残っている記憶ではスラムの住人の様な汚れた衣類ではなく、粗末ながらも清潔な物だった。
だからスラムの住人ではないだろうという予測位は付けられるがどこの誰かなんて知る訳もない。
『そもそも誘拐って何で? あっ、分かった。スーちゃんを娼館にでも売ろうとしたのね』
「あーかもなあ。金が要るとか言ってたし」
今となっては知る事も出来ない事だ。
幼いながらもスーの器量が優れていたのは疑う余地もない。あの銀色の髪など、それ単体でも売れるレベルだろう。
全身1セットで娼館に売る事が出来れば結構な稼ぎとなったのかもしれない。
『……ねえ。オルガ。スーちゃんってさ』
「どこかの商家か……それとも貴族の子供だったんだろうな」
『あ、やっぱり気付いてたのね』
「流石に、な」
当時は全く気付いていなかったが、今となれば嫌でも分かる。本当に住む世界が違う住人だった。
今はもう、別の意味で違う世界の住人だが。
「もしかしたらあのおっさんはそれを知ってたのかもな」
それもやはり、今となっては知る事も出来ない事だ。
その男は突然距離を詰めて、スーを抱きかかえようとした。
『雑な犯行ね』
「だから未遂だったんだよ。確かこれは会ってからそろそろ半年か……一年くらいたった頃だったかな」
それを知っているので今のオルガ達も特に慌てる事もなく見ている。
「スー!」
「やあ!」
見知らぬ男に抱えられたスーは暴れる。その暴れっぷりはしかし、大人の男にとってはそれ程の抵抗とはならない。
「暴れないでくれ。大人しくしてたら何もしない」
『そう言われて、素直に大人しくする人って見たこと無いわ』
「俺もだ」
スラムに居る大人の様に、荒事に慣れた雰囲気は感じない。
それでも厳然と横たわる体格差に抗うべく、オルガは転がっていた棒切れを手に取る。
「スーを離せ!」
「君も大人しくしていてくれ。この子にちょっと用事があるだけなんだ」
「表の奴が何の用だよ!」
「この子だって君の言う表の子供だ。僕はこの子を連れ戻しに来たんだよ」
「むー!」
違う、と口を押えられたスーが主張する。少なくとも、スーには見覚えのない相手らしい。
「違うって言ってるぞ!」
『言ってはいないわね』
「揚げ足取んな」
すっかり何時もの調子のマリアに、安堵している自分が居るのがちょっと嫌になるオルガである。
「兎に角、君には関係ない。だからそこを退いて……」
『随分と紳士的な誘拐犯ね。とっとと拉致しちゃえば良いのに』
「ぶっちゃけそうされてたら俺にはどうする事も出来なかったな」
そんなやり取りをしている間に、自身の口を塞ぐ手をスーが思いっきり噛みついた。
「っ……!」
『うわ、痛そう』
「だな」
アレは食い千切っても構わない勢いで噛みついていたなと二人は思った。
「オルガ……!」
「スー! こっちこい!」
開放されたスーはすぐにオルガに駆け寄ってその背に隠れる。
「頼むよ……その子をこっちに渡してくれ。僕にはどうしても金が必要なんだ」
「こ、こいつだって金なんて持ってない!」
オルガがそう言うとスーも頷く。彼女がお金を持っている姿見た事が無い。
だからそんな強盗何て意味が無いぞと言う。だけどオルガも分かっていた。手持ちの小銭を狙ったちんけな物では無いと。
「いいや……その子が居れば僕は大金を手に入れられるんだ……それがあれば僕は薬を――」
そう言って男は一歩幼いオルガを追い詰める様に踏み込んだ。