20 反省房
反省房入り一晩。
式典を妨害したという事でオルガに与えられた罰則はそれだった。
この学院、罰則規定なんてあったんだというのは新鮮な驚きである。
いや、そう言えばヒルダから聞いたものを思えばこの罰は重いのか軽いのか。
進級が取り消されやしないかと冷や冷や物だったが――あの仮面の男が言ったようにはしゃいで騒ぐような候補生はそれなりにいるらしい。
ご丁寧にその場合の罰則も規定されていたので退学は免れた。
尚、リーチである。もう一回同じことをしたら次は退学だと脅された。
「ったく。馬鹿な事しやがって」
とイオには貶され。
「うむ。オルガよ。式典妨害はどうかと思うぞ?」
とウェンディからは諭された。やったのは俺じゃないのに……と少し納得がいかない。
そこの区別を付けられる人間などいないのだから仕方ないのだが。
「ですけど一晩ですからまだ良かったですね」
「エレナまで付き合わせて済まない……」
今のオルガは何時倒れるか分からない。その為、エレナも側を離れないという話をしていた矢先にこれである。
エレナも共に反省房の前で控えていた。
扉越しに、エレナの冗談交じりの声が聞こえてくる。
「こういう時、保健委員って便利ですよね」
「ウェンディの奴は自称だから追い返されてたけどな」
自称風紀委員の彼女は罰則を監督する! と言ったのだがまあ自称なので当然の様に却下された。
イオに引き摺られていくときの落ち込みぶりは、どっちが罰則を受けるのか分からなくなりそうな程だった。
「それで、どうしてあんなことしたんですか? そんな進級してはしゃぐような事なんて興味ある様には思えなかったですけど」
「あーマリアの奴がな……」
やらかしたマリアと言えば滅茶苦茶落ち込んでいる。
斬ると決めてしまった事。
その結果オルガにかけた迷惑。
そこまでしたのに仕留めそこなった事。
そうした諸々が冷静になった今、一気にマリアを苛んでいるらしい。
一応マリアにも恥と言う感情はあった様だとオルガは思った。
さっきから黙って俯いている姿は正しく幽霊と呼ぶに相応しい陰気さを備えていて……正直ちょっと怖い。
「どうも学院長が仲間の仇に似ているらしい」
「えっと、その……マリアさんの生前って」
「四百年くらい前だな」
エレナが何を言いたいのかはオルガも分かる。人違いではないかと言いたいのだろう。
ただそこにオルガが見た物を加えると話がややこしくなる。
「ただ学院長がただの人間じゃないっぽいのは本当なんだよな……」
だからマリアの怨敵とイコールになる訳ではないが……積極的に否定できる材料もない。
「それで我慢の限界を迎えて斬ろうとして……失敗してこの有様」
「なるほど」
そう言ってエレナは一つ頷くとこう言った。
「マリアさんは優しい方なんですね」
「…………やさしい?」
「どうしてそこで初めて聞いた単語の様な反応をするんですか?」
「いや、その……一番欠けている物だと思って」
普段ならこういえば何かしら言い返してくるだろうに。今のマリアはその元気もないらしい。
思い返せば。何時だったか壱式の習得に難航していた時もこんな状態になっていた。
オーガス流の復興を目指していた事も含めて、過去に拘りがあるのは間違いないだろう。
オルガも人の事は言えないが。
「仲間の仇を取りたいなんて、優しい方じゃないとしようとは思いませんよ」
「そうかな」
あの狂犬っぷりは仇を討つというだけではない気もしたが……。
「そうですよ」
エレナはそう頷いた。そこでちょっと困ったように笑った。
「こんな話をした後に言うのも何ですが、私もきっと同じようにすると思います」
「それは、私は優しいというアピールか?」
「そう言われると思いました……オルガさんもきっと、仇討ってくれるんでしょう?」
「いや。討たないな」
即答するとエレナは悲しそうな表情を浮かべる。何となく、背後からもマリアのもの言いたげな視線を感じた。
別にそれらに気圧された訳ではないが、オルガは言葉を継いだ。
「そもそも仇を討たないといけない様な状態には持って行かない」
もしも誰か死ぬとしたら。その時は自分が一番最初だ。だからこそこの前の六本腕のとの戦いは失態だったと言える。
あんな風に、誰かに庇われてしまうようではまだまだだ。
そう考えるとやはりこの眼は失いたくないとオルガは感じる。オンオフ。どうすればできるようになるのだろうか。
「オルガさんらしい考えと言うか何というか……でもそうですね。後ろ向きに考えるよりも前向きに考えた方が良いですね」
誰かを亡くしたらの時を考えるよりも、そうしないためにどうするかを考えた方が良い。
オルガもその意見には全面的に同意だった。
もうあの時みたいな思いはしたくない。
「……ところでエレナは何時までここにいるんだ?」
「オルガさんが寝るまでですよ?」
つまりオルガが起きている限りはここで拘束されることになるのだと気付いたオルガは口を閉ざして目を閉じた。
「速やかに寝ます」
「はい、オルガさんが寝たのを確認したら私も戻ります」
反省房の非常に寝心地の悪いベッドも、スラムの寝床に比べれば天国の様な物。
それほど苦労せずにオルガは眠りに落ちていった。
そうして見る夢。
それは余りに印象深い物。
「ああ……」
まるで幽体離脱したかのよう。
眼下に広がるのは幼い日のオルガと――。
「スー」
今は居ない。その名を呼ぶ。
最後に会った時よりも幼い、その少女が笑顔を浮かべて元気に走り回っている。
夢の細部はぼやけていると言うのに。その笑顔だけは明瞭だ。
『ん……? んん。これはまたオルガの夢かしら』
その表情を噛み締めていると別人の気配を感じた。夢なのに? と思いながら振り向くとそこにはやはり見慣れた姿。
「マリア?」
『これは、夢のオルガかしら……それとも本人?』
「そっちこそ俺の夢じゃなくてか」
いや。そうだと言われたらそれはそれで微妙だ。そんな夢にまで見る程焦がれていたのかとか言われたら舌を噛み切りたくなる。
しないが。
『この前見た夢とはだいぶ違うわね』
「この前って……」
『あの時はオルガの中に入り込んだ感じだったわね』
それは大分違うな、とオルガは頷く。主観か客観かは大きい。そう思っているとマリアがおずおずと口を開いた。
『……ごめんなさいオルガ』
マリアの姿が見えていない三人の中で、それぞれのイメージが大分面白い事になりつつある現状。