18 休暇を過ごす場所
「そう言えば休みの時どうするよオルガ」
「え?」
「え、じゃなくて。もうちょいしたら学院から追い出されるんだぜオレら」
そう言われてオルガもヤバいという事に気が付いた。
――帰る場所なんて無い。
「ヤバいな」
「今頃かよ」
昏倒したせいでそこまで頭が回っていなかった。
「二人はどうするんだ?」
「うむ! 我はヒルダと一緒に王都に帰るぞ!」
「王都か……」
別に王都出身者何て珍しくもない。オルガだって広義ではそうだ。それでもやっぱりコイツ……と言う思いは抱いてしまう。
見ればエレナも同じような顔をしている。
「へー。ウェンディも王都出身なのか。オルガも着いて行ったらどうだ?」
「お前分かってて言ってるだろ」
スラムには戻る場所なんて無い。そもそもオルガは入学試験の費用を借金している。
将来的には返すつもりだが――実は現状踏み倒し中である。
「私は実家に戻るつもりです。ブラン様の事も報告しないといけないですし……」
少し気乗りしない表情でエレナが呟く。
その原因となったオルガとイオは少し申し訳なさを抱く。
「あー意味あるか分からないけどオレらから一筆書こうか……? 御免なさいって」
「……ホントに意味無さそうだけど幾らでも書くぞ。申し訳ございませんでしたって」
言うだけならタダである。変な責任感を発揮している二人を見てエレナは笑った。
「いいえ。お二人には感謝しています。気にしなくていいんですよ?」
「うむ! どうせ二人がやらずとも遅かれ早かれ我がやっていたからな!」
「お前、それを自分で言うのかよ」
「その剣でこの件はチャラであろう」
そのやり取りを見てエレナがまた笑った。
「こうやって助けてくれる仲間がいるという事は胸を張って誇れる事です」
ただそれはそれとして親の期待を裏切ってしまったという負い目もあるのだという。
「しっかしどうすっかなー。オレも実家に帰るわけにはいかないし」
「えっと、オルガさんの理由は以前にも聞いたので想像がつくのですが……イオさんもですか?」
「オレ今家出中だからなー」
家を真っ二つにしたような喧嘩の後だから流石に顔は出せないとイオは言う。
と言うかそもそも、実家が今人の住める状態かも分からないのではないだろうか。
「どうするよオルガ。その辺の農村で魔獣退治の仕事請け負って泊めてもらうか?」
「……アリだな。学院の候補生だっていう証明も出来るし。問題は三か月近くも仕事があるかどうかだな」
「そもそも泊まれる場所があるかだな……」
『野宿で良いじゃない』
最悪はマリアの言う通り野営だが。流石に三か月それはキツイ。
自分も随分と贅沢になった物だとオルガは遠い目になる。
どうしよう……と迷っているとエレナがおずおずと手を挙げた。
「あの、それでしたら……お二人ともうちの実家に来ませんか?」
その申し出にオルガは目を瞬かせた。
「良いのか?」
「オレは兎も角、コイツなんてどこの馬の骨か分かんねえぞ」
「よし、イオ。表に出ろ。今のお前の動きなんか丸裸なんだからな」
「うへ、オルガイヤらしいぞ」
そのやり取りをエレナは流す。二人がこんな言い合いをするのは仲が良いですね、位に思っているのだろう。
「仲間を家に招くのにダメなんて筈無いですよ」
「……それじゃあお邪魔しようかな」
「うん、よろしく頼むぜ。正直、三か月コイツと二人きりと言うのはちょっとアレだし」
『私もいるんですけどー? っていうか、別に一緒に行動しないといけないわけでもないんじゃ……』
幸いにもマリアのツッコミはオルガ以外には聞こえなかった。
オルガもそれを口にする気は無かった。
オルガ自身、イオと別行動をするなんて微塵も頭に浮かんでいなかったのだから。
「うん? そうなると、ウェンディだけ別行動か」
イオがふと気が付いた様にそう呟くとウェンディはハッとした表情になった。
「えっと……そうなります、ね?」
「わ、我だけ別……?」
別に仲間外れにしたわけではないが……結果的にそうなってしまった。
ちょっと泣きそうな顔をしている。
「いやあ、残念だなあ。ウェンディだけ別なんて」
「う、うむ……」
「イオ、煽るなよ……」
「んじゃオルガは王都行くか?」
「いや、その王都は俺も……ちょっと」
借金取りとの追いかけっこが始まってしまうので遠慮したい。
「え、エレナよ……わ、我は普通に帰る家があるのだが……その」
どうも、ウェンディは何かをお願いする事は苦手らしい。と言うよりも、自分の望みを伝える事に抵抗がある様だ。
おずおずと切り出すウェンディに最後まで言わせずにエレナは笑顔で頷いた。
「勿論ウェンディさんも大歓迎ですよ」
「エレナぁ……感謝するのだ」
と言う訳で小隊全員で夏季休暇はエレナの実家で過ごすことになった。
「では私は予定の変更を打診しておきます」
音もなく現れたヒルダに今更驚く者はいない。マリア以外。
『また、気付けなかった……』
悔しがっているマリアにオルガは珍しく優越感に満ちた表情を浮かべながら呟く。
「俺は気付けたけどな」
『は!? え、嘘でしょ!? どういう事よ!』
大気中の微細な霊力。それが避けている空間があったのだ。
どうやっているのかまでは分からなかったが、そこからヒルダが現れた事からあれがヒルダの隠れていた場所なのだろう。
次からは事前に察知も出来る。――もっとも霊力視を閉じれる様にしたらまた視えなくなってしまうのだが。
「んじゃあいい気分でエレナの実家に迎える様に……オルガは座学をちゃんとパスする事だな」
「ああ。頑張る」
「……後は進級の結果が気になりますね」
結局最後の試験は何を見る物だったのか。正式なアナウンスが無いので何一つ安心できないのが唯一の不安材料だった。
「これで誰か一人だけ落ちてたら気まずいよな」
「それは最悪だな……」
他の三人にとっても後味の悪い嫌な休暇だろう。そうはならない事を祈るしかない。
いや、誰が落ちていたとしても休暇を楽しむ事なんて出来はしない。
四人全員が進級。それ以外は無いのだ。
今のオルガは無職住所不定……