14 強くなった
全力でこそ無かったが本気だった。
本気で斬ろうとして。斬れなかったの何て何時ぶりだろうかとマリアは考える。
そんなオルガが訝し気に問いかけた。
「本当に手を抜いたのか?」
『まさか』
そんな事はしない。本気でオルガを斬ろうとして、逆に斬られたのだ。
『しかしまあ……良くも次から次へと。新しい使い方思いつくわね』
霊力に柔軟性を持たせるなんて思いつきもしなかった。
伍式を足場代わりにしようなんて考えもしなかった。
一度見ればマリアにだって出来る。だがその発想が無かった。
「使える物は何でも使わないとな」
『そうね……ええ、その通りよ』
初見殺しの技が多いオーガス流。オルガの使い方はそこから更に外れている。
例えオーガス流を知って居ようと、それを知る者はいない――いや、寧ろオーガス流を知っていればこそ、余計に引っかかるだろう。
『この調子なら、私たちが取り逃がした連中をオルガに斬って貰えるかもね』
片手の指で足りる程だが、マリアが仕留め切れなかった400年前の魔族。
それらにはオーガス流が持つ奇襲効果はもう無い。全ての技を披露してしまった後だ。
しかしオルガならば。そんな事をマリアに考えさせる。
「いや、マリアから逃げる様な奴は無理だろ」
『何言ってんの。そういうのと会う可能性だってあるんだから。そんな事言ってるんじゃないわよ』
と、オルガを軽く叱咤して。
そう言えば肝心な事を言っていなかったとマリアは思い至った。
『私の負けよオルガ。強くなったわね』
そう言うとオルガは拳を固めた片手を掲げた。
『そんなに嬉しいの?』
「当たり前だ。何回負けたと思ってるんだ」
『二百から先は数えてないわね』
「俺だって数えてない」
つまるところ、お互いに数えるのが飽きる程戦って。その全てでオルガは斬られてきた。
その果てに掴んだ一勝だ。
嬉しくない筈がない。
『言っておくけど。私はまだ全力じゃないんだからね? 肆式も封印してるし、まだオルガには見せてない技だって――』
「そう言えば、肆式の型は思い出したのか?」
『まあ、オルガもなかなかできる様になってきたわね。この調子なら聖騎士とやらもなれるんじゃないかしら』
オルガの指摘にマリアは露骨に誤魔化した。
『……何よオルガ。その眼は。師匠を見る目じゃないわよ! 何かこう……珍獣か何かを見る様な……』
「気のせいだろ」
残念な生き物だなとは思っていたが。
「ところで後俺が習得していない技って三つだよな。肆式除いて――」
『玖と拾ね』
「……それって習得できる見込みあるのか?」
その問いかけにマリアは目を逸らした。特に肆に関して。
『拾は武器を買えればすぐにでも』
「んな都合よく新しい武器は買えねえよ」
何しろこのミスリルの剣。
ウェンディが自信満々で持ってきただけあって――真面に買おうとすると、一般人が一生働いても買えない。
例えオルガが聖騎士になったとしても数年単位で貯蓄しないといけないだろう。
『兎に角その剣じゃダメ。死にはしないけど……』
「死って」
どうしたら自分で技を使ってそんな状態になるのだろうか。
「何をしたいのかが良く分かっていないが。どういう技なんだ?」
『えっとね。ちょっと耳貸しなさい』
「……誰も声聞ける奴いねえよ」
『雰囲気よ』
そう言ってマリアはひそひそとオルガに耳打ちする。
『ね? その剣じゃダメでしょ』
「そうか? 俺は行けるんじゃないかと思うんだが」
『ええ? じゃあやってみなさいよ。怪我したらエレナちゃんに見て貰えるし』
「……失敗したら死ぬほどイオに笑われそうだな」
『安心なさい。私も笑ってあげるわ』
それは嫌だな。と思いつつオルガは目前の木に視線を向ける。
「コイツでいいか」
『ええ。試し斬りには丁度いいわ。斬れるならね』
◆ ◆ ◆
さて、オルガの様子が変だとイオは思う。
行動が変ならば何時もの事だし、多分どうせまた例の背後霊関係だろうとは思うのだが。
様子が変となると話は変わる。
「今度はどこで何抱え込んでんだか」
またぞろどこかで困っている人を見つけて助けようとしているのか。
理解しがたい。
一番イオにとって理解しがたいのは、オルガがそれを本当に望んでいる様には思えない事だ。
「自分の為だーとか言いながらどうにも今一達成感めいたものを見せないって言うか」
「うむ、イオよ。何故それを我に言う?」
今日はオルガがヒルダの手伝いという事でバラバラに自主練をしていたのだが、偶々休憩時間が被った二人は食堂で一服している所だった。
「いや、ドMコンビなら何か通じるところがあるかなと」
「その呼び方は止めて欲しいのだ……」
「お前らが無茶止めたら考える」
そう言うとウェンディは肩を落とした。
「ウェンディは一応助けられたら嬉しそうにしているじゃんか」
「一応ではなく普通に嬉しいのだ……」
「まあウェンディはそうだけどオルガの奴はそうじゃないって言うか」
寧ろ、傍から見ていたイオの印象的にあれは――まるで贖罪だ。
何かの代わりに人助けをしているという様なイメージがある。
「確かにそうだな。余り感情を表に出さぬタイプかと思っていたのだが」
「いや、アイツ結構顔に出るタイプだろ」
しかめっ面や嫌そうな顔は寧ろよく見る。思い返すとあれは背後霊に向けていた物も含まれているのか。
「そう考えると、あいつにとって人助けって別に喜ばしい事じゃないんだよなってふと思ったんだよな」
「ところで何故我らは急にオルガの話を?」
「……言われてみりゃ何で本人居ないのにしてるんだろうな」
無意識にオルガの事を考えていたらこんな事を口にしていたイオはちょっと顔を顰めた。
何だか何時でもオルガの事を考えているような気がしてちょっと不愉快だ。
「ところでイオよ。我の眼には木が傾いている様に見えるのだが」
「奇遇だな。俺にも傾いている――と言うか倒れてるのが見える」
「あの木、こっちに向かっていないか?」
ゆっくりと傾いでくる木。他の木の枝を薙ぎ払いながら倒れ込んでくる木を見て二人は顔を見合わせて。
「<ウェルトルブ>!」
「水よ! 木を支えよ!」
一人は壁に穴を空けて脱出経路を。
一人は僅かな水で木を支えて時間稼ぎを。
学院襲撃から三日。
学生寮も壊れた。
マリアが取り逃がしたイカレた奴らを紹介するぜ!
無数の魔法道具を生み出し、軍勢を強化しながら自身も強化してくる発明王!
真っ向からマリアと斬り合って、どころかマリアに手傷を負わせた万千の刃を操る変態!
マリアを押し倒して求婚して来たしなやかな肉食獣の如き変態!
以上! 変人しか居ねえぜ!