11 ヒルダの興味
「助かりましたオルガ様。如何せん、高い所は苦手で」
「いや、この位ならいくらでも手伝いますけど……」
てっきり先日の話の続きかと身構えていたオルガを迎えたのは本当に純粋な手伝いだった。
普段は入り込めない女子寮に手伝いとして連れ込まれた。流石に手伝いの名目で帯剣は出来ないのでマリアは御留守番である。
高所の掃除を手伝って欲しいと言われて、雑巾片手にオルガは掃除に勤しむ。
「それじゃあ俺はこれで……」
そのまま自然に立ち去ろうとしたのだが、その瞬間に襟首を掴まれる。
「どこにいかれるのですか? 本題はこれからですよ」
「……今の掃除は何だったので?」
「いえ、ちょうどオルガ様が来られるのでついでに、と」
つまりは無駄な働きだったらしい。
「どうぞ。粗茶ですが」
まず間違いなく謙遜だろうが、オルガの舌からするとその辺の雑草のしぼり汁であっても大した味の違いが分からないだろう。
きっと高いんだろうなと思いながらすする。
「先日の話の続きをしたいと思いまして」
「だと思いました」
あれだけ迂遠な手を使ってまで聞き出そうとしていた事だ。そう簡単に諦められるとは思っていなかった。
「その前に一つ聞いても良いですか。何でそんな事を知りたいんです?」
王都の行方不明事件は被害者の数こそ多いが、被害としてはさほどの物では無い。
スラムの住人が百や二百消えたところで大半は喜びこそすれ、悲しむ事は無いだろう。
誘拐未遂事件に至っては、知っている事の方が驚きの事件だ。
態々そんな事件を掘り返す理由が分からない。世間的にはそれ程注目を集める事件ではないのだから。
「……人探しをしているのです」
それを聞くまでは話すつもりはないというオルガの態度を察したのか。溜息を一つ吐きながらヒルダはそう白状した。
「人探し?」
「はい。どうも調べていると例の行方不明事件に関わっていた様で……何か手掛かりは無いかと」
なるほど、とオルガは一つ納得した。聞けばヒルダもウェンディが彼女を救ったという。それ以前の知人がスラム街に居るという可能性は否定できないだろう。
「もう一つの方は?」
オルガとしてはそちらの方が不可解だ。
何故、そんな事を知ろうとするのか。何しろ既にその事件は全て終わっている。犯人も捕らえられた。
「それは――」
ヒルダはその表情に一瞬苦悩の様な物を浮かべた。唇をかみしめて俯く。
「……いえ。申し訳ございません。それについてはお答えできません。誰にも、言える事ではないのです」
そう言われてしまえばオルガとしても無理強いはしない。ただ、オルガも喋らないだけだ。
言いたくない事の一つや二つ。誰にだってあるのだから。それが偶々重なっていただけの話。
「それで、その探している人ってのはどんな人なんです? もしかしたら知ってる顔かもしれないですし」
「そう、ですね……」
実際、当時のオルガはそれなりに知り合いがいた。もしかしたらその中にヒルダの探し相手もいるかもしれない。
「女性です」
「ふむ」
一気に心当たりが減った。大口叩いて何も答えられなかったら少し恥ずかしい。
「…………それ以外は?」
「すみません。お答えできません」
――これで探せとは無茶を言う。
「スラムの人間に女性は少ないとはいえ……それでも結構な人数が居るのですが」
「本当にすみません……ただ、彼女がどんな容姿かは教える事が出来なくて……」
「誰が探してるんですか、その人」
大分無茶苦茶な縛りで仕事させられてるな、とオルガはヒルダに同情的な視線を向ける。
「……探しているのは私の主君筋に当たる方です」
どうしよう、関わりたくなくなってきたとオルガは嘆息する。
聖騎士――しかもオルガの霊力の見立てでは特級聖騎士の可能性すらあるヒルダの主君。
どう考えてもそこらの貴族や役人レベルではない。
そんな相手が探している人間って余程の重要人物ではないだろうか。
逆に、そんな相手がスラムを出入りしていたら相当に目立つはずである。そういう意味ではまだ探しやすい方だ。
だが。
「……いや、心当たりは居ないですね」
「そうですか……」
すぐに思いつきそうな相手が思い浮かばないという事は、オルガ自身見覚えが無いのだろうと判断した。
そんな目立ちそうな人間が居たら噂くらいは耳に届く。
「多分こう言っては何ですが……目立つ人ですよね?」
「ええっと、はい。目を引く方ではあるかと」
やはり。と己の考えが間違っていなかったことを確認。
「そんな人が居たら噂の一つくらいは耳に届きますから……そもそもスラムには立ち入っていない可能性があるんじゃないかと」
「……なるほど。これは参考になりました」
どうやら、その探している相手と言うのはあくまでその時期にいなくなっただけであり、スラムに行っていたかも不明という事の様だ。
もう少し情報がもらえればオルガとしても協力できるのだが……これだけではどうしようもない。
せめて容姿くらいは寄越して欲しいものである。
「誘拐未遂事件については……お聞かせ願えませんか?」
「ヒルダさんが何で知りたがっているのかを教えてくれたら、こっちも知ってることを言いますよ。何も知らないかもしれないですが」
本当に、あの時の事を聞きに来る人がいるとはオルガも予想していなかった。
――自分たちが誘拐されかけた時の話なんて、当事者以外にはどうでも良い事の筈なのに。
まさか十年も経った今頃になって掘り返されるとは想像の埒外だ。
だからこそ。オルガも警戒する。
そんな誰も気にしない様な過去を気にするヒルダは一体何を考えているのかと。
いい人だとは思う。だが――やはり最後の所で信頼できない。
お互い様であるが、腹の底が全く見えてこない。
「そうですか……」
「お役に立てずすみません」
少し残念だなとオルガは思った。ヒルダとの模擬戦は結構勉強になったのでまた頼みたかったのだが。
この様子では無理そうだった。
ヒルダもヒルダで隠し事が多いのでスパッと聞けない面倒臭い人