07 本当は
「オルガ様の質問は以上ですか?」
なら、分かってるよなと言う無言の圧力にオルガは頷く。
正直気乗りはしないが。答えられる範囲で答えよう。
「では明日辺り、私の仕事のお手伝いをお願い致します」
「え、何? オルガがメイドやんの?」
イオのその言葉にマリアが大笑いしだした。
『あっはははは! いや、ないない! オルガがメイド! 似合わないわよ! こういうの罰ゲームって言うかな!』
笑い過ぎである。
「うむ……それはちょっと遠慮したいのだ」
「俺だって遠慮したい」
結構真剣なトーンでウェンディには拒絶されてしまった。
「いえ男性ですから執事では? アリですね。ウェンディさん。一時間程お借りしても?」
「何をさせるつもりだ」
「そもそも我が手伝わせているわけではないのだ」
あくまでヒルダの手伝い、と言う体らしい。
「……さて、では私も休みの間の仕事が山積しておりますので失礼します。御用がありましたらお呼びください」
そう言ってヒルダは音もなく姿を消した。
一瞬で掻き消えた姿に相変わらず謎めいているとオルガは思う。
謎めいていると言えば、何時の間にか特級聖騎士の二人は姿を消しているし、神剣に選ばれる様な人は皆こうなのか。
「ところで進級試験ってどんなだった?」
「んな事聞いてくるって事はオルガも良く分かんなかったって事か?」
「まあ、そうだな」
イオの「も」と言う言葉にやはりみんな同じだったのかとオルガは感じ取る。
「ええ。数打ちの聖剣の様な物を突き付けられて……一瞬気を失ったら終わりだと言われて」
「うむ。我もだ」
「オレも」
「右に同じく」
となると全員同じだったらしい。
だとしたら。
「夢を、見たか?」
そう尋ねるとイオはあーと声を挙げた。
「見た、かもしれねえ」
「私も見た様な……見なかった様な」
「うむ! よく覚えていないのだ!」
まあ夢なんてそんなもんだと言われたらそうなのだが。
「……どんな夢だったかっていうのは」
そう尋ねるとうーんと揃って唸る。
「あんまり、言いたくないですね」
「オレも。あんまぺらぺら喋る内容でも無いって言うか」
「うむ……仲間であっても言いたくない事はある」
何となくその答えも予想が付いていた。オルガ自身、積極的に口にしたいと思える内容ではない。
思い返せばあれが、聖騎士を志したきっかけではあるのだが。
「……まさかなあ」
聖騎士としての志望動機を、決して誤魔化せない方法で尋ねる。
そんな試験だったのではないだろうか。
天秤剣とて絶対ではない。あれはあくまで偽証を見破る力であり、隠し事を暴く力ではない様だから。
その考えを他の三人に聞いてみると微妙に納得した様な、そうでもない様な曖昧な表情。
「いや、その聖剣めっちゃ怖くね? 人の頭の中覗けるって怖すぎんだろ!」
「流石に無制限に使える物では無いと思うんだけどな」
何しろ、そんな物は入学試験の時に使うべき物だ。
と考えると、何かしらの条件があると見るべき。
それもこんな一学年の末期になってようやく行えるような何か。まあその条件探しに余り意味はない気もするが。
何しろ、オルガ達は特別な事をした記憶など無い。つまりは普段の生活で自然に達成してしまう様な物の可能性がある。
「……不適格だと思われたらここで弾かれるのかもしれませんね」
エレナのその言葉にイオはうへえと舌を出した。
「オレ、それだと怪しいかもしれねえ」
「うむ、私は胸を張って大丈夫だと言えるぞ!」
「すげえなウェンディ……」
己に絶対の自信を持てるのは素直に羨ましい話である。
「オルガも大丈夫だろ。人助けしたいなんて言ってる奴を落とす奴はいねえよ」
イオがそう笑う。オルガも曖昧に頷いた。
すまないとオルガは心の中で詫びる。
何時か話した聖騎士を目指す理由。
それは嘘ではない。嘘ではないけれども――本当でもない。
本当の自分はもっと醜い。
友人にそれを晒すことが躊躇われる程に。
本当の自分はもっと悍ましい。
師にそれを見て幻滅されたくないと思う程に。
――俺は屑だ。
約束一つ守れず。
大事な人も守れず。
ただ自分一人だけ生き残ってしまったただの屑だ。
人を助けたいなんて願った事は無い。
顔も知らない誰かの為になりたいなんて思った事は無い。
何時だって、オルガは特定の誰かを助けたくて。
顔の知っている誰かの為になりたくて。
だけどそうはなれなかった。
そうなれたかもしれないのに、自分からその道を閉ざしてしまった。
そんな、ただの屑である。
「護る事が聖騎士の役目ですからね。そこから外れていなければ問題は無いんじゃないかと思いますけど」
だからせめて。せめて。
愛する人たちを奪った相手を――殺したいと。そう願って。
ここまで来てしまったただの愚か者である。
そんな内面を暴かれたのだとしたらきっと自分は進級できないだろうなとオルガは思う。
人の為なんて、ただの代償行為だ。
「うむ。自分の選択に自信を持つ事だな」
夢を潰された彼女の夢を少しでも叶えようとして行っているだけの偽善。
自分の将来を夢見ていた人の願いを表面だけ真似ただけの偽物。
こうして仲間と喋っている時間は本来――彼女にこそ与えられるべきだったのに……!
「オルガ?」
イオの呼びかけにハッとした。知らず握り締めていた拳を緩める。
「すまん、ぼんやりしてた。何だ?」
「いや、明日は兎も角この後どうするかって思ってさ」
「この後?」
「だから小隊の活動だよ。まだ評価点1000行ってないだろ?」
「ああ、そうだったな……」
そう言えば自分だけ微妙に足りていないんだったと思い出す。
「みんなは昨日ので達成したんだっけ?」
昨日の魔獣もどきの襲撃。
その撃破数に応じて評価点が配布されたのは記憶に新しい。
六本腕は中型魔獣数体分の点数となったのはある意味納得だ。あれは強かった。
それを倒せたことへの手応えは大きい。
「ああ」
突出していたウェンディは兎も角、イオとエレナも昨日の分で達成したらしい。
オルガはと言えば指折り数えて。
「十点足りないな」
「んじゃ何か適当にクエスト受けようぜ」
と言うイオの言葉にオルガは首を横に振った。
「いや、十点位なら自分一人でも何とかなる。ちょっと一人で試したい事も有るしな」
小型魔獣を少し倒せば達成できるだろう。オルガにも実験したい事があったので丁度いいと思えた。
割と普段の三人が寄せる信頼はオルガのメンタルをがりがり削ってくる。