06 過去の学院
「過去の学院、ですか?」
何でそんな事をヒルダに聞くのかと言う顔をイオはする。メイドが知ってるわけないだろと視線で言ってくる。
エレナは薄々感付いている様だった。
昨日――時間的には一昨日か。ウェンディの背後から現れた聖騎士。
残念ながら意識不明となってしまったが、それでも聖騎士だ。そんな相手が側に控えているウェンディ。
その彼女に常に寄り添うメイドがただのメイドだろうかと言う疑念。
敢えてそれを口には出さない様だったが。
まあオルガにも気持ちは分かる。もしも予想が正しければ、今のような関係ではいられないだろう。
だから曖昧にしておきたい。
「まあ、構いませんが……過去に三年程学院に勤めていた事もありますので」
それは在籍していたの間違いでは? と言う顔をオルガとエレナは浮かべる。
「それで何をお聞きしたいので?」
そう言いながらもヒルダの眼はオルガを捉えて離さない。
視線が雄弁に語っている。
答えた分、そっちにも答えて貰いますよと言う表情だ。
突然の襲撃で中断になっていたヒルダからの質問。スラム街で起きた過去二つの事件。
オルガが深く関り、オルガの生きる意味を定める事になった二つの契機。
それについて語れと眼で告げてくる。
……何でこんなさっきから目で会話してるんだろうという気分になってくるオルガである。
まず間違いなく交換条件としてはそれを出してくるだろうという予感はオルガにもあった。
あの時にヒルダからは常には感じられない必死さの様な物が見えた。
簡単には諦めてくれないだろうというのは分かっていた。
だからオルガも頷く。仕方ない。この件は早めにはっきりさせておきたい。
もしも学院長が本当に魔族だとしたら大したスキャンダルである。
「えっと、ヒルダさんが居た頃の学院もこんな事やってたんですか?」
「こんな事とは?」
「一学年を丸ごと放置、みたいなことを……」
そう尋ねるとああ、とヒルダは納得したように頷いた。
「ええ。そうですね。この教育方針は変わっておりません。一年次は本当に最低限の事を教えて後は自主性に任せるという方針です」
ヒルダが肯定するとイオは露骨に顔を顰めた。
「うげ、マジかよ。誰だよそんな教育方針決めたの。学院長か?」
『イオちゃんナイス質問よ』
オルガではなく、イオからの質問ならばヒルダに余計な疑問を抱かせることも無いだろう。
オルガも心の中でイオを褒め称える。
「そうですね。今の学院長が赴任されてから変わったと聞いてます。それ以前よりも聖騎士の質が上がったため文句も言えないというのは聞きましたね」
「上がったんですか……これで」
「上がってしまったみたいです」
ウェンディとイオが顔を見合わせて嘘だろ? と言う顔をしている。
正直オルガもそこは同感だった。
質、上がってしまうのか。
「って事は学院長ってその頃から変わっていないんですか?」
「そうなりますね。今が三十二代目だと聞いてます」
「って言うかヒルダさんって何歳なんだ?」
そう問いかけると、ヒルダはにっこりと笑った。
見事なまでの人工的な笑みにイオは気圧された様に身体を引いた。
「幾つに見えますか?」
「え」
「幾つに、見えますか?」
目が笑っていない。
『ダメよイオちゃん……年齢聞いたらそれは戦争よ』
と、四百歳オーバーが戦慄の表情で呟いた。
「に、ニ十歳位……?」
今更問いの撤回も出来ず。イオが恐る恐る答える。
その答えにヒルダは笑みを引っ込めた。
「まあ、その辺りです」
当たらずも遠からず、と言ったところか。何時も通りに戻ったヒルダにイオはほっと息を吐く。
「しかし何故急に?」
「あーさっきちょっと」
ざっくりと抗議運動に巻き込まれた事を説明すると三人ともそう言えばと言う顔をした。
「直談判するという手がありましたね」
「まあやっても無駄だったっぽいけど」
「うむ。今からでも……」
「ウェンディは座ってろ」
学院長が言っていた通り、今更言っても遅い。
それにあそこに集っていた中に成績上位者はいなかった。
つまりは独習で実力を伸ばせなかった者達の集まり――言ってしまえば責任転嫁したい連中の集まりだ。
進級条件は満たせそうなオルガ達まで同じことをする必要は無いし……ウェンディが動くとまた大事になりそうである。
「しかしもう最後の進級試験を行ったのですか。私……が見て来た場合はその前に迷宮を一学年で攻略するという物がありましたが……」
「……無理じゃね?」
土地の魔獣化とも呼べる迷宮。それを未熟な一学年だけで攻略するというのは……相当死者が出ると思われる蛮行だった。
「ええ。事実結構な数の死者が出ました」
「……それ、文句とか出ねえの?」
「あったみたいですよ。ただ、確かな結果として聖騎士の質は上がった。王国全体での死者も減った。だから強くも言えないみたいです」
『ん? 王国?』
何でそこに引っかかるんだコイツ、とオルガは思う。
「そりゃ、一学年なんて精々死んでも百人二百人だろうけど……」
「丁度、昨日の戦い位ですね」
エレナの言葉にオルガはマリアの黒い冗談を思い出す。
死者が出る様な命懸けの戦いをしてからで行えないと出来ない試験。
だが実際に行われたのはただ失神して……夢を見ただけ。
それ以外の事なんて何もしていない。何の為の試験だったのかすら分からない。
その合否すらも分からない。
しかし敢えて死者を出すような事をしているのだとしたらやはりそれは何かの企みではないか。
「私は前線にもメイドとして赴いた事がありますが」
いや、その設定は無理があるだろうとオルガとエレナは思った。
「実際、活躍されているのは近年聖騎士になられた方が多いですね。シュトライン卿辺りが有名かと」
「あーあの気さくな」
やたら良く話しかけて来た鎧姿の騎士を思い出して、イオがそう言うとヒルダが小さく呟く。
「気さく……?」
どうやら、ヒルダにとっては違ったらしい。
「話が逸れましたが……ですから強くなれるかどうかは余り心配しなくてもよいかと思います。一応実績のあるカリキュラムですので」
何でそうなるのかはさっぱりですが、と言う言葉には全面的に同意だった。
聖剣が求める人材に問題がある説。