表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/188

13 ちょっとした昔話

「言い訳をさせてくれ」

「どうぞ?」


 どこか面白がったようにイオはオルガの言い訳を聞く姿勢に入る。尚、オルガは今も足を崩していない。

 

「身近に女の子なんて殆どいなかったんもんで今一どういう扱いをすればいいのか分からない」

「へえ?」


 そう正直に告白すると、イオは面白そうに唇を釣り上げた。

 隣でマリアも面白そうな顔をしているのがちょっと腹立たしい。

 

「そう言えばオルガってどこから来たんだ? 周りが男ばっかって神殿にでも居たのか?」


 男女の区別がどこよりもはっきりとしている場をイオは挙げるが、オルガは首を横に振る。

 

「近所だよ。王都のスラムだ」


 そう言えば。そんな生まれの話をするのはこの学院に来てから初めてだったかとオルガは思う。

 別段言いふらしたい話でもなかったし、相手も聞いて楽しい話ではないので口にはしていなかった。

 

 案の定、イオは悪い事を聞いたという風にバツの悪い色を表情に浮かべている。


「気にするな。外からすると無法地帯の様に思えるかもしれないけど、俺の住んでた辺りは結構平和だった」

「そう、なのか?」


 躊躇いがちに尋ねてくるイオにオルガは小さく頷いた。

 

「少なくとも子供だけで遊んでいられるくらいには、な」


 基本的にはという但し書きが付くが。

 

 少なくともオルガは二度、滅多にないような事件に巻き込まれている。

 

 それでもそれらは例外中の例外だろうとオルガは考えていた。

 何しろ、その二つの事件でさえ数十年振りとか言われていたのだ。

 そう考えると単にオルガの運が悪かっただけである。

 

「オルガ?」

「ああ。うん……ただまあ土地柄のせいもあってな。同年代の女の子ってのは殆どいなかった」


 言葉は悪いが――男と比べて女は金になるのだ。少なくともスラムにおいてはそうだった。

 だから女の子は早々に売られてしまうのが殆どだったし、そうでなければ男として育てられるのが常だった。

 

『ああ。なるほど、ね。何時の時代もそう言う人の嫌な所は変わらないのね』


 言葉少ななオルガの態度でマリアもその内情を察したのだろう。

 どこか呆れた様に、言う彼女に軽く同意の頷きを返した。

 

「ははーん。さてはその殆どの中に含まれない例外がこの前言ってた、オルガが前にやらかした相手か」

「まあそういう事だ。スーって奴なんだけどな……まあ初対面の時にやらかして相当根に持たれた」

「ははは。寛大な心で許したオレに感謝しろよ?」


 どうやらイオは許してくれるらしいとオルガは安堵の息を吐く。

 とは言え油断は出来ない。スーだって許してあげるとは言っていたのだから。

 

「何かオレ、そいつとは話が合いそうだな。今もこの辺りに住んでるのか?」

「……どこにいるんだろうな。アイツ」


 心の底から、そう思う。

 今一体、スーはどこにいるのだろうかと。その所在はオルガも知らないのだ。


「って知らないのかよ」

「ここ数年、会って無いな」


 ただ、焦りはない。

 何時か必ず会える。自分が諦めない限りはとオルガは信じている。

 

 とは言え、放置しているのには違いない。イオがちょっと引き気味に言う。


「うわ、お前もうちょい人に興味持とうぜ」

「そうだな……」


 覇気のないオルガの言葉にずっと黙って二人の会話を聞いていたマリアが小首を傾げた。

 

『オルガ? 何か今貴方――』

「実はオレさ。家出してるんだ」


 イオが、唐突に話し始めたことでマリアは口に仕掛けた言葉を飲み込んだ。

 

「家出?」

「そ。家出。ここなら入学さえしちまえばしばらくは何とかなるからな」


 今はもう出る家を持たないオルガとしては今一共感しにくい理由だったが、ここを選んだ理由については良く分かる。

 確かに、入学できればしばらくは何とかなるのだ。例え借金持ちであったとしても。何しろ取り立てはここまではこれない。

 全て校門でブロックされるのだからありがたい話である。

 

「うちの実家はまあ……男所帯で俺も兄貴達と同じような感じで育てられたんだけどな」


 そう言いながらもイオの表情には含む物がある。


「なるほどな。それで」

「まあオルガの予想通りだよ。母親も幼い日に死んじまったし。教育係を雇えるような家でも無いからな。すっかり男勝りだ」


 そう言って笑うが、オルガとしては中々笑えない。

 しかし教育係と言う発想が自然に出てくるあたり、イオの実家は結構良い所なのではないだろうか。

 普通、その辺の貧乏な平民はそんな考え自体持たない。

 

 そんな事を考えているとイオの手が己の前髪を掻き上げた。

 その下に隠されていたのは――眼帯。

 よく見れば無骨な革の眼帯の中には花が刺繍されている。ちょっとしたお洒落という事だろうか。

 

「兄貴達と同じように無茶してたらある日怪我しちゃってさ」


 それ自体はよくあるとまでは言わずとも、世間にも転がっているような話だ。

 この眼帯はそれを隠すための物だという。

 ただ、イオにとっては問題はそこから。

 

「そうしたら急に親父が縁談に障りが出るなんて気にしだしちゃってさ」

「そりゃあ、まあ」


 別に男なら顔に怪我していいと言う訳ではないが、嫁入り前の女子がするのとでは重要度が違うだろう。

 それくらいの予想はオルガにもできた。

 

「急に親父がオレの結婚相手を探し出すなんて張り切りだしちゃって……」

「それで家出?」

「馬鹿みたいな理由だろ? でもオレは、オレ以外にオレの人生決められたくなかった」

「いや、そんな事は無い」


 イオの自嘲めいた言葉にオルガは首を横に振る。

 他人が決めた何かで生きていくのはそれはもう生きているとは言えない。ただ死んでいないだけだ。

 

「自分で選ばなきゃ、意味がない」

「……だよな!」


 オルガの同意があって心強くなったのか。イオが笑顔を浮かべた。

 女子だと分かっていても、その笑みは可愛らしさよりも格好良さが勝る。

 

 しかし、意外な所でシンパシーを感じるものがあった事はオルガも驚いた。

 

「つまり、お互い退学になったら行き場がない者同士って訳か」

「ああ、そうなるのか。って嫌な共通項だなそれ」


 オルガが見つけた共通点にイオは嫌そうに顔を顰める。それでもイオは直ぐまた笑顔を浮かべた。

 

「じゃ、お互いに頑張ろうぜ。この学院で生き残れるように」


 そう言って拳を突き出してくる。

 オルガはその拳に己の拳を合わせた。拳を通じて、互いの熱が行き来する。

 

 お互い弱みを晒したことで少しだけ、イオと仲良くなれた様な気がした。

オルガの住んでいた辺りは当人が言うように比較的平和な場所でした。

表通りにほど近い、スラム街の高級住宅地。

あくまで比較的、ですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] むむっ、これは敵対フラグ
[一言] 眼帯?あれ?初情報?
[気になる点] スラムなのに高級住宅地といかいうパワーワード。 まあ治安が良い方というだけでもそうかw [一言] スーは敵として現れるフラグしかないですね(断言
2020/10/10 12:22 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ