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44 待ち続けた

「もう進級試験をやるのか?」


 学院長の背後から。一人の男が声をかけた。

 銀髪の偉丈夫だ。一分の隙も無く鍛え上げられた肉体は芸術品の域に達している。

 果たしてどれだけの期間己の身体を痛めつければこの領域に至るのか。

 その顔を隠すように付けられた仮面だけが浮いていた。

 

「やあ、お帰りイガルク。耳が早いね。北方はどうだった?」


 突然の来訪者に学院長は気さくに声をかける。その事からも二人が気心の知れた仲だというのが分かる。


「相変わらずだ。そろそろ爆発するかもしれないな」


 一年近くもの間、イガルクは北方に身を伏せて、魔族の国の情報を探っていた。

 聖騎士ではないが、魔族統治領において一年近く潜伏出来るのは彼をおいて他に居ない。

 と言うよりも聖騎士であっても一年も潜伏できる者はいない。

 学院長の懐刀――と言うか盟友である。


「それはそうと今年の進級試験は随分と早いな」

「ああ。図らずも今年の一年は命がけの実戦を経験した。こう言っては何だが……魔獣の巣の中に放り込む手間が省けたよ」


 学院長の言葉にイガルクは鼻を鳴らすに留めた。

 この学院に入学すれば鍛えて貰えると思って来た子供たちに対して随分なやり方だとは思う。

 まさか一年目は何も教えないというのだから。見方によっては時間の無駄である。事実そう言う意見も出ている。


 だが男もそんなだまし討ちが必要な事であると認めているので、口にはしない。

 

 彼らが求めている聖騎士と言うのは、そんな当たり前をこなして生まれる物ではない。

 この二人が抱く理想を求めて何人もの聖騎士を輩出してきたが――残念ながらそこに至ったのは居ない。

 加えて、補充と言う重要な作業も並行してこなさざるを得ないため余り効率が良いとは言えない。

 

「今年の一年に有望な奴はいるのか?」

「成績上位者だとテオドール君にウェンディ君やシリウス君、クルス君、エレナ君辺りだね」


 学院長が眼下に広がる候補生達を指差す。その全てを男は見て、眼を細めた。

 

「<ガルドルム>、<ラーマリオン>、<ホルネスト>、<フューザリオン>、<オンダルシア>か。そいつらの見込みは?」

「可も無く不可も無く。聖剣の真髄を見出すには狂気も執念も足りない」

「――やはり絵空事だったか」


 学院長の評価を聞いて、イガルクは嘆息した。


「らしくもないな。叶わぬ理想に挑み続けて来た君が」

「だからこそだ。俺の理想は叶った事がない。どこかで見切りを付けないといけない。北方がまとまったらまず間違いなく奴も動く」

「だろうね。そう言う意味では猶予は少ない。数年の内に国力を充実させた魔族は本格的にこちらへ攻め込んでくる」

「ならばもう十分だろう。ザグール。今保管庫にある聖剣を潰して、俺の武器を造れ」


 久方ぶりに名を呼ばれた学院長は口元に笑みを浮かべた。

 それはこの二人の間で交わされていた契約だった。聖剣の本当の力を引き出せる聖騎士を作り出す。

 それが叶わない時にはイガルクに武器を与えるという物だ。

 

「……実は、だ。君には黙って私は掛け金を上乗せしていた」

「何?」

「いるよ。まだ見込みだが。無力感に苛まれて。狂気と執念を抱いた、煮え滾った溶岩の様に力を追い求める男が」


 君の様にね、と言う言葉は囁くように告げられた。

 その言葉にイガルクは再び視線を眼下に落とす。グラウンドには魔獣もどきの襲撃を退けて座り込む候補生達。

 

 それを一人一人見つめていき――その中で信じられぬ者を見た。

 

「おい、ザグール貴様!」


 怒気を孕んだ視線で睨みながら、イガルクは学院長の胸倉を掴む。

 身長差のある二人でそうすると、学院長の足は完全に床から浮いた。

 それでも苦しむそぶりも見せず、静謐な視線で学院長は言う。


「毒を以て毒を制す。そういう事だよ」

「あの剣を解放したのか!? アレは封印し続けて、摩耗させ消滅させる手筈だっただろう!」


 保管庫の中に収められた聖剣ならざる剣。最早壊れて、価値を失った本質的には無価値な剣。

 だが彼にとってはとても大事な――大事な物だった。あのまま誰にも知られず、ひっそりと消え去らせようと思う程度には。


「僕が解放したんじゃない。保管庫が……あの剣が選んだんだ」

「信じられん」


 その言葉に呆然としながらイガルクは腕の力を抜いた。

 解放された学院長は首元を擦りつつ、肩を竦める。


「まあ正直僕も驚いたけどね」


 そう呟きながら二人はその人物を見つめる。

 今しがた、これから試験を行うと聞いて困惑している候補生の一人。

 

 赤い髪を持った少年、オルガを。

 

「見込みはあるのか?」

「それはこの後の試験次第かな。でももしもそこで彼の素養が確かならば君に任せようと思う」


 学院長は楽し気に告げる。

 

「その時はしっかりと鍛えてやってくれよ?」

「……良いだろう。その時は、俺が採点してやる。オーガス流の後継者として、奴が相応しいかどうか」


 ◆ ◆ ◆

 

 試験は一人ずつ行いますと言われて。無事だった教室に詰め込まれた。

 碌に休む間もなく缶詰状態になったオルガとしては少々ストレスが溜まる。

 

 そんな事、スラムではよくある事だったのに随分と我慢弱くなったとオルガは苦笑せざるを得ない。

 贅沢を覚えると人間堕落していくな……と己の堕ちっぷりを嘆く。

 

 大体皆五分程度で次の人が呼ばれて、教室も徐々に人数が減っていく。

 

「……この状況でやる試験って何だろうな」


 周囲に聞こえない様に小声で呟く。小隊の面々は別室なのでマリアしか話し相手が居ない。

 

『考えられるとしたら――今回みたいな死にかけるような戦いの後じゃないとダメとか?』


 まるっきり冗談の口調でマリアがそう言う。


「どんな試験だよそれ」


 大体それでは、死にかけるような戦いをしないといけない。

 そんな有るか無いかも分からない様な偶然に頼らないといけない試験は試験ではないだろう。

 ――まさかそれが正解だとは二人とも思わない。

 

「次。オルガ」

「はい」


 名前を呼ばれて、オルガは別室に移動させられる。通された部屋は医務室だ。

 

『あら? 意外な場所ね』

「応急処置の手際でも見るのか?」


 そう思っているとオルガは寝台に横になる様に促された。教官以外にも、見慣れぬ聖剣を持った人が数人。

 同じ形の聖剣だから数打ちなのだろうが――初めて見る物だった。

 

『寝つきのテスト?』


 んな訳あるかとオルガは突っ込みたいが、流石に教官に囲まれた中でマリアに突っ込むのは難しい。

 

「それではこれより試験を開始する。力を抜いてリラックスしたまえ」


 教官達に見下ろされて、出来るかと思ったが取り合えずオルガは素直に従って身体の力を抜いて。

 

 額に聖剣を突き付けられたことに気が付いた。咄嗟にそれを振り払おうとするよりも早く。

 

「――開門」


 その聖剣の奇妙な形状。既視感のあるそれが何だったのか今の言葉で連想出来た。

 これは――鍵だ。

 

 そう思った瞬間にオルガの意識は途切れた。

 

 一瞬で昏倒したオルガにマリアが慌てる。

 

『オルガ!? 何すんのよアンタ達!』


 聞こえないのは承知で、そうマリアは文句を付ける。そうしていると、医務室に新しい来客者が訪れた。

 その姿を見て、マリアは目を見開く。

 もしもオルガの意識があったら大層驚いた事だろう。この時のマリアは、紛れもなく動揺していた。

 

『何で、アンタがここに……』

「学院長。どうなさいましたか?」

「いえ。最終適正試験の様子を見に、ね。順調ですか?」

『何で生きているの……! ザグール……!』


 マリアがこの場に居る筈がないと断じた男。それは――聖騎士養成学院の学院長その人だった。

マリアの知ってる顔というだけで厄介事の気配が酷い

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりウェンディはラーマリオンだった《*≧∀≦》 クルト君はこれから出てくるのかなぁ?(゜∀゜*)(*゜∀゜) そして400年生きた学院長!? どんなチート使ったの!?
[気になる点] 起動用の剣が聖剣だった説が濃厚になった。 [一言] あまりにも学園関係者が出てこなさ過ぎたから 若干唐突感もあるけど、オーガス流、ひっそり 受け継がれてた説が浮上。
2021/01/23 19:25 退会済み
管理
[一言]  一気に分かった事と分からない事が増えてたのしいです。  不可解な学園の篩い落としはだいぶ腑に落ちました。  そうか、狂人を探していたのか…  そりゃマトモな方法なわけがないな…道理です…
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