43 この一年の意味
一夜明けて。
学院は大きな損害を受けたという事が分かってきた。
候補生達には一年を中心とした少なくない犠牲が出ていた。
魔獣もどきの攻撃で寮や聖剣の保管庫、校舎と言った施設も損傷している。
『……随分と減ったわねえ』
炊き出しに参加している一年の数を数えてマリアがそう呟く。
オルガも視線を巡らせれば――まあ確かに減った。
一学年の終わりまで後二か月。
まだ400人近く生き残っていた筈の一学年の候補生は今や300人近くにまで落ち込んでいる。
まさかこの一晩で100人が死んだわけじゃないだろう。
そんな風に見渡していたオルガの視線に気付いたのか。イオが肩を竦めた。
「逃げたらしいぜ」
「逃げた……?」
その省かれた主語を一瞬理解できなかった。
理解できて困惑する。
「ここまで退学にならずに残ってきたのに?」
「だからこそ、ではないでしょうか」
エレナが嘆息混じりにそう呟く。
「この約1年で、学院から受けた教えと言うのは本当に少ないです。そんな状態で戦えと戦場に放り出されるくらいなら、と思っても無理は無いですよ」
「うむ。ぶっちゃけ何もしてないな、この学院!」
「だよなあ」
サバイバル試験の際はまだ入学して間もないという事もあった。
だが今はもう違う。もうすぐ1年が経つと言うのに。学院から学べたことは少ない。
自主的に学んだことでどうにか試験をクリアした様な物だ。
それが無ければそもそも試験だって合格点を取れていたかどうか。
「うん?」
オルガは今、何か重要な事に思い至った様な気がした。
「んでこんなボコボコにされたんじゃ、もうやってらんねえと思う奴いても無理ねえって」
イオのその言葉にオルガは意識を引き戻された。
「二年、三年はぴんぴんしてますね」
「来年ああなってると思うか?」
「……どうだろうな」
三年に至ってはほぼ無傷だ。思い返せば当然かと言う気もする。
後二か月もしないでオルガ達が進級するという事は。
三年達の中から聖騎士になる者が選ばれるという事だ。
つまりは今あそこにいるのは本当の意味での聖騎士候補生。残り百人足らずの中から最後の篩い落としを行っている所だ。
上級生たちの戦いぶりを見たのは初めてだが、飛躍的に実力が上がっているのは間違いない。
ただ独学であそこまで行けるものかと言う疑問はある。
後二年間。ただ自分達だけで訓練してそこに立てるか。
……難しいと思う。それが己の器の限界なのか。それとももっとシンプルな話なのか。
つまりは、二年、三年はしっかりとした指導を受けている可能性。
それが飛躍的に進歩している上級生たちを見てオルガが得た結論だ。
それは朗報でもあり悲報でもある。
つまり来年からはちゃんとした指導を受けられるという事。同時に自分たちは本当に放置されていたのだという事。
オルガは考える。
そう先ほど思ったではないか。自分達で自習していなければ今までの試験も突破できなかったと。
……それが答えではないだろうかと。
「学院は俺達一年を教育する気が無い」
「今更何言ってんだオルガ?」
「えっとまあ。はい。多分そうでしょうけど」
そう、そこでオルガ達は考えが止まっていた。何故、そんな事をするのかと言うところまで意識が回らなかった。
何しろ試験内容は法則性が無い。兎に角オルガ達はそれを突破するために多くの事を広く学ぶ必要があった。
自分達で学ばなければ生き残れなかった。
「自分達でどこまで己を鍛えられるかを見ていた……?」
「うむ? そんな事をするよりも教えた方が早いのではないか?」
そう。そっちの方が早い。恐らくは二年以降はそうしている。
その結果戦闘力に関しては飛躍的に伸びているのが分かる。
だから考えるべきは逆だ。
何故、学院は一年の戦闘力を伸ばそうとしなかったのか。
「……学院が俺達を強くしたくない理由って何だと思う?」
「うむ?」
ウェンディが首を傾げる。
『え、敢えてオルガ達を弱いままにしておきたいって事?』
マリアもオルガの疑問に首を捻っている。
蛮族思考の彼女にとって、弱いままでいるという事は理解の外なのかもしれない。
「弱くしておきたい理由って言われてもな。だって俺ら、聖騎士目指してるんだぜ?」
「少数精鋭。強い聖騎士を求めているハズですよね」
そもそもそこも変なのだ。
学院には1000本以上の聖剣が蔵されている。
そして聖騎士は二百人程度で、毎年の卒業生――即ち新聖騎士は十人程度。
何故そんなに聖剣を余らせているのか。
あるなら全部使えば良い。
敢えて聖騎士の数を制限している理由が分からない。
「えっと。もしかしてあれでしょうか。反乱防止とか。聖騎士の数がこれ以上増えたら制御できなくなると考えていたり……?」
「反乱か」
確かに。それは有りそうな話ではある。聖剣の武力は一線を画している。
それを持つ聖騎士が増えるのは国としては望ましくないと思っているのかもしれないなとオルガは思った。
『いやいや……反乱とか。有り得ないでしょう』
寧ろそこでマリアが有り得ないと言い切った事の方が意外だった。マリアならば。
『そうね! 弱肉強食。強い奴が弱い奴を食べるのは当然ね!』
位は言いそうだと思っていたから尚の事。その事について少し聞いてみようかと思ったオルガは騒がしい声に意識を取られた。
「……何か騒がしいぜ?」
「まさか……また襲撃でしょうか」
「うむ……そう言う感じではなさそうだが」
そうして聞こえて来たのは――。
「こ、これから一学年は試験を行うって……」
その齎された情報にオルガ達は顔を見合わせて。
「はあ?」
困惑の声を漏らした。周囲を見渡す。
一学年は殆どボロボロで無傷の者は少ない。
施設も損壊している。そんな状況で……試験を行う? それは有体に言って。
「頭おかしいんじゃねえの学院」
と言うイオの一言に集約される。
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