41 オルガの家族
「なるほど……聖剣に選ばれなかったと……」
何故だかやたら話しかけてくるエールフリートに対してイオがオルガの個人情報を色々と喋った結果、そんな話題になった。
「そう言うのってよくあるんですかね」
「いや。私は聞いたことがない。そもそも数打ちの聖剣と言うのは誰にでも使える様にした物だ。最低でもそこから選ばれるはずだが」
つまるところ、数打ちに選ばれたというのはそれ以外の業物、大業物、災浄大業物と言った上位の聖剣には選ばれなかったという事らしい。
そうなると益々オルガは自分が聖剣に選ばれずにあのボロ剣とマリアに出会った事へ疑念を抱いた。
「<オンダルシア>か。気難しい剣だと聞いていたが、君は使いこなしている様だな」
「エレナが居なければ今頃オルガは三回位死んでるな」
「そんなにか……?」
「何?」
イオのからかい半分の言葉に、エールフリートは妙に反応した。
「負傷したのか。どこだ?」
「いや、その、エレナに治してもらったので……」
「……そうか。すまない、取り乱した」
その様子を見ていたウェンディがオルガの袖を引いた。
「うん?」
ちょいちょいと手招きするウェンディに合わせて屈む。
「オルガ。エールフリートとは知り合いなのか?」
「いや、初対面だが」
「うむ……いや、しかしだな。こやつがこんなに喋るの初めて見たぞ」
「寧ろお前とは知り合いなのか」
「う、うむ……少しな」
どうもそれは言ってはいけない事だったらしい。露骨に目を逸らしながらも、ウェンディは頷いた。
「本当に関係ないのか?」
「心当たりはないな……」
そもそもオルガの過去の知人と言うのは結構数が限られている。
四年前の連続行方不明事件。その際に多くの知人が姿を消した。無論、オルガの知人に限った話ではないが。
そしてその際にたった二人の家族も居なくなった。
「なるほど……一族が聖騎士の出なのか」
「ええ。イオさんはご家族が追従兵団の方だとか」
「ほう……珍しいな。しかしそうか。それが君達の理由か」
内緒話をしている間に、また話題は移ろっている様だった。
「シュトライン卿は何故?」
「そう大した話ではない。護りたい人が居た。その為には聖騎士になる必要があった。それだけの話だ」
どうやら聖騎士になった理由を尋ねているらしい。
そこでエールフリートが振り向いた。
「そちらの……あーお嬢さんは何故聖騎士に?」
「うむ。それが我の責務だからだ。何れ多くの人を救うためには必要な事なのでな」
てっきり人助けが先だと思っていたので、責務と言う言葉に少しオルガは意外さを感じた。
だがその事について深く考えるよりも先に。
「では君は……?」
何故聖騎士を目指したのか。
人を助けるため。
嘘ではない。
困っている人を助けたいと。そう思って聖騎士を志したのは事実。
だがそれ以上に。
再びこの道を志したのは何故だったか。
決まっている。
「人助けの為ですよ」
――家族の仇を討つ為だ。
四年前。スラムで起きた連続行方不明事件。その犯人を殺す。
オルガはその為にあの掃き溜めから這い出して聖騎士になろうとしたのだから。
表向きの人助けと言う理由に、イオ達は納得している様だった。
「……そうか」
ただ、エールフリートだけは頷きながらもほんの僅か態度に怪訝さを滲ませていた。
そして。
「これも縁だ。君達がその志を叶える事が出来るのを私も祈って居よう」
そう言って、エールフリートは演習場から校舎の見えるグラウンドへ一歩踏み出した。
そこにあるのは死骸死骸死骸死骸。
鏖殺された魔獣もどきの死骸が山の様に積まれていた。
その上に、一人腰掛けて煙草を吹かしている男がエールフリートへ視線を向けた。
「……遅えぞ、シュトライン卿。一緒に降りたのにどこで油売ってた?」
「すみません、キーンテイタ卿。ですが、助力は不要だったでしょう」
「まあな。良い運動になったぜ」
ざっと見た限りでも百や二百と言った数ではない。
それこそ数千にも及ぶかもしれない大群をたった一人で……? とオルガは困惑する。
どんなことをすればそんな真似が可能なのだろうか。残骸と化した中には六本腕も巻き込まれている。
そして何よりも恐ろしいのは、それが極めて短時間で成し遂げられた事だ。
エールフリートと同時に降りて来た――どこからと言う疑問はさておいて――という事は、オルガ達がここまで歩いて来た時間程度で殲滅したという事。
信じがたい速度だ。
「この数……それにこの魔獣もどき……来ていたのはイルマとベアトリーチェですか」
「ベアトリーチェの方は来てなかったみたいだぜ。まああのマッドが来てたらこんなもんじゃねえわな」
「モルメイケンプ卿は?」
「イルマを追った。執行形態まで出して本気だったみたいだが……」
知らない名前がいくつか出てきて良く分からない事も有ったが、どうやら直近の危機は去ったらしいとその落ち着いた口調から判断した。
特級聖騎士が二人いるこの場は恐らくこの学院の中でもトップクラスに安全な場所だろうとオルガは思う。
そんな風に気を緩めていたからか。
キーンテイタ卿と呼ばれた男が死骸の山から飛び降りてオルガの眼前に降り立った。指先で吸殻を弾いて距離を詰めてくる。
「いけ好かない女の匂いがする」
鼻を鳴らしながら、オルガを睨む。自分よりも身長が低い、その茶色い逆立った髪形を上から見下ろしていても尚、感じる威圧感。
ついさっき戦った際に感じた高揚感などもう消え失せた。これが特級聖騎士。
余りに差がありすぎる。神から授かったという神剣。その威光に目が焼かれそうだ。
「この三人じゃねえな……お前。最近会った女の中に金髪の女は居るか?」
金髪、と言うとちらりとオルガはマリアの居る方向に目を向けた。いや、違うだろうと首を振る。
「それだけだと何とも……結構該当者居ますし」
「ああ、そうだな。お前の言う通りだ。そうだな……目だ。死んだ魚みてえな目をした金髪の女。これならそうはいねえだろ」
そう言われてオルガは記憶を辿る。心当たりは――無い。首を横に振ると落胆した様子を見せた。
「そうか。もしも見かけたら教えろ」
そう言った切り興味を失くしたのか。再び煙草を咥えて火を付け始めた。一体何だったのかと。
エールフリートに視線を向けると、こちらも良く分からないのか肩を竦めた。
ちなみに、死霊術の時代では特級聖騎士だった連中は大体代替わりしてる