40 特級聖騎士
六本腕の魔力が霧散していく。
それを確認してオルガは堪え切れずに膝を突いた。
霊力が限界だった。不慣れな技も使ったせいで疲労感が何時もよりも酷い。
だけれども。
「全員無事か……?」
「今んとこ一番重傷なのはお前だよ……」
「うむ……消耗はしているが怪我はしておらぬな」
「治療しますからジッとしててくださいね」
一先ず自分以外は皆無事らしいと分かってオルガは地面に寝転がった。
うっすらと見える輪郭で、エレナが目を治療していてくれるのが分かる。
「つうかお前その目で何であんな動けんだよ」
「何か目を潰されたら霊力が見えるようになった」
「うむ。一般人にも分かる言葉で頼むぞ!」
霊力何て知らねえよ、と遠回しに伝えられたオルガは言葉を探す。そう言えば、これ言い換えるとしたらどう言えば良いのだろうか。
「聖剣の力の源って言うか、魔獣の力の源って言うか……まあ特殊能力使う時に消費している物が見える」
「オルガ……お前とうとう見えない物が見える様に……」
「うむ。何か白い粉とか持っていないか確かめておこう」
「薬はやってねえよ!」
まるっきり信じる気のない二人にツッコミを入れつつ。
エレナが十五分ほどかけてオルガの眼を治療した。
「やっぱり<オンダルシア>は凄いな」
数十分振りに取り戻した視界に、オルガは感嘆の息を漏らす。
「こうも綺麗に治せるとは思わなかった」
「前にイオさんには言いましたが……即死以外なら他人でも大体治せます」
そして、聖刃化している時なら自分自身の即死すらも覆せる。災浄大業物と言うのは本当に破格の性能である。
「んで、この後どうするよ。またあんなのに襲われたら今度こそ無理だろ」
この演習場に逃げ込んできた時よりも更に消耗した小隊では六本腕の様な敵に再度襲われたら対抗できない。
イオの言葉にオルガは迷うことなく頷いた。
「校舎に撤退しよう。魔獣もどきが襲ってきた方角を迂回するようにして――」
そう移動ルートを説明しようとしたところでマリアが空を見上げた。
『……オルガ。直ぐに逃げる準備をしなさい』
その声にオルガも空を見上げた。まだ何も見えない。
マリアの警告に数瞬遅れて、オルガの視界も新たな霊力の流れを捉えた。
どうやら、マリアの方が感知できる距離は長いらしい。そんな事を考えていたのは半分位現実逃避だったのかもしれない。
新たな六本腕の襲撃。それも――今度は四体同時である。
四人で背中を預け合って、周囲を睨む。
「……イオ。<ウェルトルブ>は」
「さっき使ったばっかだからまだ十分ちょいしか溜めてねえ」
「うむ。私は使える水を戻したからな。もうしばらくは戦える」
「<ノルベルト>は無い筈です。私が先頭になって包囲を切り崩しますので、皆さんはそこを抜けて貰って」
『オルガ。交代しましょう。オルガの身体じゃこいつ等相手に四対一はちょーっときついかも知れないけど』
それそれが背中から生えた四本の腕で別々の剣を握り引き抜く。
その全てが聖剣だとしたら――単純に16振りの剣がこの場にある。
相手の能力の大半が不明の状態でこの場を切り抜ける事が出来るのか。
どうやって生き残るか。オルガがそれを決断するよりも先に。
『新手!』
マリアの鋭い声。次の瞬間にオルガも気付いた。自分達の頭上に、とてつもなく巨大な霊力の塊が存在していると。
その圧力に押しつぶされた様に、顔を上げることが出来ない。
そんなオルガの耳へ、一つの言葉が落ちてくる。
「唄え。飛翔」
斬撃が落ちて来た。そうとしか形容できない光景だった。
オルガ達が見て居る前で、あれだけ苦戦した六本腕たちが一太刀で首を刎ねられていく。
一撃で無力化された六本腕の死骸を前に、一人音もなく着地した姿。こちらに背を向けて、片手に抜いた剣を握っている人物。
知らない相手だとオルガは思った。
全身鎧なんて言う対魔獣では重いだけで大して役に立たない防具を纏った騎士。
その手に握る剣から感じる霊力は周囲の霊力の流れ全てを捻じ曲げる程で、今のオルガには頭がくらくらしそうになる。
間違いなく聖剣の中でも最上位……どころの話ではない。災浄大業物であるエレナの<オンダルシア>でさえこれほどの圧は感じない。
それ以上ともなれば。
そんな物はこの世に一つしかない。
「特級聖騎士。エールフリート・シュトライン。推参した」
そう名乗りながら、エールフリートが振り向いた。兜の中で反響する声は硬質な響きを帯びていて、表情を見る事も叶わない。
その声音も、奇妙に歪んでいて何かしているのは間違いなかった。
ただ。オルガ達を四人を視界に収めた瞬間。微かに動揺の気配が漏れ出した。
特級聖騎士と言えば、とオルガは学院で学んだ数少ない知識を思い出す。
聖騎士の中でも特別な九人だ。
「オルクス神が遺した九本の神剣」
「それを預かる王国最強の騎士……ですか」
聖騎士としては最上位の人間。言ってしまえば憧れの様な存在にイオとエレナが気圧された様な声を出す。
ウェンディだけは微妙そうな顔をしていたが。
「お――諸君らは聖騎士養成学院の候補生だな」
お前とでも言いかけたのだろうか。エールフリートは言いかけた言葉を飲み込んでそう問いただす。
「はい」
「我々は聖騎士養成学院が襲撃を受けたと聞き、救援に参上した。他の候補生たちはどこに居る?」
「多分、校舎の方かと……」
オルガが代表してそう答えるとエールフリートは一つ頷いた。
「ならばそちらはもう解決しているだろう。キーンテイタ―卿が向かったからな」
その名前も聞き覚えがあった。確か、神剣の一振りがその名だったはずだ。
つまり今、この場には最低でも二人の特級聖騎士が来ているという事になる。
正直、この碌に教育もしない学院にそこまでの価値があるのかと言う疑問はあるが。
「では諸君らを校舎の方まで送っていこう」
「え?」
「何、遠慮をすることはない。折角助けたのに他の候補生たちと合流される前に死なれては無駄骨だからな」
そう言いながら、厳つい見た目に反して親切心を見せながら四人を促す。
意外な展開ではあるが……確かな強さを持った相手に護衛されるというのは悪い話ではない。
「ところで、君たちの名前は?」
「オルガです。こっちがイオ、エレナ、ウェンディ」
「なるほど……この見慣れぬ魔獣。四体は私が倒したが……一体は君達が?」
「はい」
エールフリートの質問に答えると、何故だかこの人物は上機嫌になった。
「そうか。優秀だな」
「ありがとうございます……?」
何でこの人こんな話しかけてくるんだろう。
オルガは困惑した。
ヒルダの同僚です。
その同僚が見たら誰コイツと言いだしそうなシュトライン卿。