38 斬り合い
頭が一つはじけ飛んでも六本腕の動きに変化はない。
寧ろ見れば潰した頭の一つも再生を始めている。
通常魔獣は頭を潰せば死ぬ。そこに例外は無かった。より正確に言うのならば脳を潰されたら死ぬ。
となると考えられるのは二つ。
あの頭は擬態であり、実際に急所と言える脳があるのは真ん中の一つだけ。
これならばまだ話はシンプルだ。中央の頭を狙えば良い。
しかしオルガの霊力視はそれとは違う結論を伝えてくる。
身体の内側。流れる霊力が見えるからこそ分かる事。敵の脳――霊力が最も濃い場所はそれぞれの頭部にある。
つまり、もう一つの可能性。
それぞれに脳があり補完し合っているという可能性が正解という事だろう。
そうなると厄介である。三つの頭部を同時に潰さないといけないのだが――。
オルガの技の中に、そんな大威力の技は無い。
波紋斬りを最高効率で使ったとしても、オルガの霊力量では二つ潰すのがやっとだろう。
そこから間髪入れずにもう一つを潰す――難しい。
ならば仲間たちの援護を受けるか。
まずイオは今すぐは無理だというのが直ぐに分かった。
<ウェルトルブ>は一度力を使い切ったのだろう。弱弱しい霊力しか感じられない。
次にエレナも今は無理だ。<オンダルシア>を封じる<ノルベルト>を対処してから出ないと、危険すぎる。
残るはウェンディだが。
「ウェンディ、水は?」
「うむ……そろそろ打ち止めだな」
エレナ不在時の足止めで大分浪費した。水場が近くにはあったが、魔剣の力で今は干上がっている。
援護なら兎も角、相手の頭部を貫くような活躍は期待できない。
さて、困ったとオルガは頭を捻る。
伍式で霊力の刃を置いて、そこに突っ込ませるか。
或いは相手の<ノルベルト>を奪って、エレナにも参戦してもらうか。
しかし向こうも一度腕を奪われている。そう迂闊に同じ真似はしてこないだろう。
そう考えているとマリアがオルガに囁いてくる。
『……そうね。ぶっつけ本番だけど。新しい技を教えましょうか。陸式。多分今のオルガなら私以上に使えると思うわよ』
それはどういう冗談かとオルガは顔を顰めようとして、傷の痛みを思い出した。
そうしている間にも、マリアは簡潔に新しい技を説明してくる。
なるほど、それは確かに。
「使えそうだ」
『私、この技苦手なのよね……と言うか正直私には使いどころがないというか。でもオルガにはそうじゃないでしょ?』
全く以て。マリアには確かに有益な技ではないだろうが、今のオルガにとってはこの上ない程有益である。
そして何より今のオルガにとってはそれほど難しい技ではない。
「だとしたら」
あの聖剣を相手に使わせないといけない。オルガはそう考える。どうすればそれを相手に誘発させられるか。
しかし六本腕はその考える隙を与えない。
一本腕を奪ったとは言え、まだ五本残っている。
そして聖剣もまだ三本。
六本腕の姿が一気に増えた。幻を操る<メイストラ>が生み出した実体の刃を伴う分身。
だが今のオルガにとってはそれは目くらましにすらならない。
一目見ただけで本体を見破った。
真っ直ぐに、本体目掛けて飛び掛かる。近接戦になればオルガの霊力視に因る先読みは更に冴えわたる。
元々相手の視線から動きを読む訓練はしていた。
そこへ更に霊力の流れによる相手の動き。その起こりを見抜けるのならば、相手が次にどう動くかは見破れる。
まして相手はまともな術理を持たない獣。見抜くのは容易い事だ。
紙一重で攻撃を躱す。回避動作が少なくなるという事は、その分オルガの隙も減るという事。
そして、生み出された余暇は全て攻撃に回される。
壱式。鏡面・波紋斬り。
壱式。鏡面・波紋斬り。
壱式。鏡面・波紋斬り。
流れるような動きで、壱式の三連打。いずれも注ぐ振動波は控えめ。
その分威力は低めだが、相手の僅かな隙に叩き込めるだけの即効性を得た。
一撃で斬り飛ばすのではなく、一回一回で着実なダメージを与えていく。
闇雲に振るわれる刃を参式でやり過ごす。
オルガの虚影を見抜くことが出来ず、六本腕はオルガを間近に置きながら見当違いな方向へ刃を振るう。
それは大きすぎる隙。そこに合わせてオルガは己の霊力を一気にミスリルの刃に注ぎ込む。
弐式。朧・陽炎斬り。
先行して到達した霊力の刃。そこへもう一つの技を繋げる。
伍式。星霜・虚斬り。
突き立てられた霊力の刃が、切り離されて尚そこへ残る。
そこから一瞬遅れて、オルガの剣戟本体が届く。
重ねられた二つの刃が再び六本腕の腕を斬り飛ばす。最早四本腕である。
<メイストラ>を握った腕が斬り飛ばされた事で、幻が一斉に消えた。
オルガにとっては障害ですら無いが、それでも霊力の見通しが良くなった。
これで二振り。相手から攻め手を奪うことに成功する。
再生しようとする腕へ捌式。今度は向こうも<ノルベルト>で防ごうとしてきた。
だがさせない。
霊力を込めた小石。それを指先で弾く。そんな物、本来ならば何のダメージにもならない。
だがしかし、霊力を捉えている六本腕にとっては何かの攻撃に見えたのか。そちらを<ノルベルト>で迎撃する。
その隙に再び撃ち込まれる霊力の栓。
とは言え、これも長時間持つ訳ではない。最初の一本目の腕は後数分もしない内に再生が再開されるだろう。
そうなる前に出来れば決着をつけたい。
魔獣と人の体力を比較する程馬鹿げた話は無いのだから。
「さあ」
これで向こうの手札は半分になった。
残りは二分の一。
オルガにとっての当たりを引いてくれるかどうか――。
そう願う様な気持ちでいたオルガに対して、六本腕が選んだのは再びの接近戦。
僅かな落胆の気持ちと。
ほんの微かにある長らく覚えのない感情に後押しされてオルガは口を開く。
「そんなに切り結びたいなら、付き合ってやる」
オルガ自身。今の戦いに高揚していないなんて口が裂けても言えなかった。
マリアの得意技。直接ぶった切る系。
オルガの得意技。まだない。