12 貸し借り
己の中をぐちゃぐちゃにかき回された感覚。
そんな状態だったからだろうか。オルガは眠りに落ち切ることも出来ず、意識の覚醒と断絶を繰り返す。
「彼、何か変な物でも食べた? 木に生えてるキノコとか」
「いや、オレが見てる限りでは……あ、でも校舎裏で寝転がってたって言ってた」
「うーん、それだけでこうなるかな」
誰かとイオが会話している。
夢うつつの意識の中でオルガはその会話を聞く。
「失礼します……」
「ああ。丁度いい所に。君の<オンダルシア>で彼を見て貰えないかい? いきなり嘔吐しながら倒れたらしくてね……」
「それは大変ですね……ってあれ?」
数時間前に聞いたことがある様な声がする。
自分を治療してくれた、名も知らぬ同級生の声。
「えっと先生。この方は私が先ほど治療しました……」
「治療?」
イオの訝しげな声。
朦朧とした意識の中でもオルガは思う。
ああ、余計な事を言わないで欲しい。
どうにかさっきは上手く誤魔化せたのに。
「治療って……オルガの奴怪我でもしてたのか?」
「えっと……はい。他の生徒の方と揉め事になっていたみたいで……私が治療を」
「……それって――」
またオルガの意識が途切れる。
次に意識が戻った時には部屋はすっかり暗くなっていた。
「……どこだ、ここ」
どうにか喋る事が出来る様にはなったオルガは己の疑問を口にする。
自分は兎も角、マリアは意識を失っていなかったであろうから彼女に尋ねたつもりだった。
「お、起きたかオルガ」
しかしオルガの予想に反して返事はマリアからではなく、別人の物。
「イオ?」
まだ最後に見た戦闘着姿のまま、オルガが目覚めたことに喜んでいる様だった。
マリアはと言えば、その横で手を合わせてごめん、と無言で謝罪して来る。
流石に罪の意識は感じている様だった。
「ああ。オレだよ。ったく、驚かせんなよな。いきなりぶっ倒れるからびっくりしたぜ」
「……すまん。それは驚かせた」
実を言えば、オルガとしても大変驚いたのだが。
マリアもぺこぺこと頭を下げているのでこれ以上の糾弾をするつもりもないが。
周囲を見渡せば、ここが自分の寮の部屋では無い事が分かる。
もしかするとここは――。
「学院の医務室だよ。流石に意識不明の奴を寮に戻すわけには行かないってさ」
「それはそうだな。イオがここまで運んでくれたのか?」
マリアが急に物理的に干渉できるようになったのでなければ、他に居ないだろうと思いつつ尋ねる。
ちょっと苦情を言うように唇を尖らせて、イオはその時の苦労をアピールした。
「お前無駄にデカいから運ぶの大変だったぞ」
いや、お前が小柄なだけではと言う突っ込みは飲み込んだ。
それよりも先に言う事がある。
「悪い。迷惑をかけた」
「……迷惑かけてんのはこっちだろ」
頭を下げるとイオはバツが悪そうに視線を逸らした。
「その、保健委員の奴に聞いた」
「保健委員?」
誰、と一瞬思ったが数時間前の記憶はまだ抜け落ちていなかった。
自分を治療した相手がそんな事を言っていたなと思い出す。
「お前、昼寝した何て嘘じゃねえか。カスタールの奴に呼び出されてたんだろ」
「いや。昼寝してたとは言っていないが……」
そう誤解する様な言いまわしはしたが。
「言い訳すんな」
と言いながらイオの指先がオルガの額を叩いた。ちょっと痛い。
「そりゃ巻き込んだのはオレだけどさ……お前がそこまでする必要無いぞ」
「別に、イオの為にしたわけじゃない」
と言いながらも説得力がないなとオルガは思う。しかし実際、イオの為では無いのだ。
別にそれがイオ以外の誰かだったとしてもオルガは同じようにしていた。
「俺は単に、自分が満足したいようにやってるだけだ」
「満足? オルガが?」
「そう、俺が」
あくまで自分の為だとオルガは言う。
幼い日の約束。或いは幼い自分との誓い。
誰かを護っていたい。そんなただの自己満足だ。
相手がどう思っているかは二の次。
「それでもオレが迷惑かけたのは事実だろ。何か礼くらいさせろよ」
「礼、って言われてもな」
オルガからすると自己満足に礼をされても困ってしまう。
とは言え、イオの心情的に知ってしまった以上何もしないというのは気が引けるのだろう。
ならば何か適当な折衷案を出さなければとオルガは頭を捻る。
そうして思いついたのは。
「じゃあそうだな……何か奢ってくれ」
そんなある意味では在り来たりで。
でもオルガにとってはとても意味のある物。
「……そんなんで良いのかよ」
「ああ。俺にとっては大きい」
何しろオルガは今一文無しだ。
学院が生活の場を整えてくれているから何とかなっているが、学院の外に出たら一日だってまともな生活は出来ないだろう。
彼の手持ちの金は全てこの聖騎士養成学院の入学試験費に消えた。
と言うか寧ろその為の借金をしているくらいである。未だ、返済の算段は立っていない。
そんな状態をカスタールはどうやって知ったのか……薄気味悪い話である。
だからそんなオルガにとって食事を奢るというのはイオが考えている以上に意味が大きいのだ。
ただまあ。オルガにしてもそれが自分だけの話だというのは分かっている。
他人からすればきっとちょっとした貸し借りレベルの清算にはちょうどいいという事も実感は伴っていないが知っている。
案の定イオは大したことの無いように言うので、オルガは自分の知識が正しかったのだと知る。
「随分と色気の無いデートの誘い方だな。おい」
イオがそう苦笑した。
その言葉に怪訝そうな顔をしたのはオルガの方だ。
「デート? 誰と、誰が?」
「いや、オレとオルガが」
一瞬、何を言っているのかとその意味を測り兼ねて。
「……ああ」
「よし、オルガ。今のああ、で何を思い出したか正直に言ってみろ?」
若干の怒りを含んだイオの笑みにオルガは速やかに土下座の態勢に移行した。
躊躇いの無い、流れる様な動きにマリアは。
『凄いわよオルガ。今の動きを剣技に取り入れられたらどんな相手もオルガの次の動きを見切れないわ!』
と感嘆する程の物であった。
コイツの土下座は最速……!