31 六本腕
今までマリアは目覚めなかった。つまりはあのボロ剣の特別性はオルガが手にするまで知られていなかったのだ。
だったら何故。聖剣と同じ扱いを受けてあの剣が保管されていたのか。
そして何故、自分が選ばれたのか。
後者については実のところ仮説くらいは立てられるのだ。他の人が持っていないという霊力。それが自分にはあった。
というよりも、他人との違いなんてそこくらいしか思いつかない。
それこそ後はスラム出身という事くらいだが、まさかそれが理由とは思えない。
だから考えるべきは、マリアがあのボロ剣が保管庫にあったわけだ。
今までこの事を深くは考えてこなかったがやはりおかしい。
そう、もしもただの偶然、怠慢などでは無いのだとしたら。
あの保管庫にこのボロ剣を保管したのは――。
『っ! 敵よ! 数は……1。でもちょっと待って。これは……』
「敵だ!」
マリアの警告を、オルガは即座に口から発した。
そうする事で全員が跳ね起きて周囲を警戒している。
「どこだ、オルガ!」
「うむ……私の水には引っかからないぞ」
ウェンディの水を利用した警戒網。それは360度をカバーしている。
だとしたら残る穴は。
「上!」
『空からくるわ!』
オルガとマリアの警告は同時。
四人が背を合わせて警戒していたその真ん中へ。空から一体の異形が降り立つ。
それは人の様な形をしていた。
頭があり。手足があり。二足で歩行する。
それは人とは思えない形をしていた。
背中から追加で生える四本の腕。
両肩に生えた頭部に匹敵するような大きな瘤。
その間にある頭部とて、つるりとした面の様な形状。ただ口元だけが裂けて咥内を晒す。
体表はつるりとした白い陶器の様なもので覆われており、その点でも尋常の生き物ではないだろう。
そのくせ、背中から生えた腕だけはまるで人間の肌のような質感に見えるのだから違和感が酷い。
「なんだ、これ……?」
魔族、ではないとオルガは直感した。
フェザーンの言葉を認めるのは業腹だが、これはどう見ても知性など無い。
魔族が化け物寄りの人だとしたら。
これは人寄りの化け物だ。
だが何故ここに。この場所をピンポイントで。
動揺するよりも先に、身体が動いた。
相手は今、四人が背を向けあっていた場所にいる。当然そんな場所に敵が現れたら皆反転する。
だからこの六本腕は今、四人で囲んでいるのだ。
視線だけを交わす。
幾度と無く魔獣を退治してきた四人にはそれだけで十分だった。
弐式。朧・陽炎斬り。
オルガが放った技に追従するように、ウェンディも水の刃を生み出してオルガの刃と交錯させる。何度もともに戦えば、見えぬ刃とてその太刀筋を予測は出来る。
左右前後。どこに避けても伸びた二本の刃が切り裂く。故に逃げ場は上しか無い。
うかつにも跳躍したのならば、そこをイオが仕留める。空中で自在に動けるような飛行型の魔獣でもない限りは必中の連携だ。
その攻撃を……六本腕は避けなかった。刃が突き刺さる。
回避しないのは予想外。だがそれはむしろこちらには好都合。
二の太刀としてエレナとイオの連携。エレナが前衛。イオが後衛となっての連撃。
それも命中した。小隊各員の必殺を企図した一撃を四発。
その全てを避けずに受け止めて――六本腕は笑った。
傷口から血を流しながら跳躍。
どういうつもりか腕組をしながら。背から生えた四本腕が伸びる。尋常ではない速さで伸ばされた腕はまっすぐに喉笛をつかもうと伸ばされ、しかしあまりに直線的な攻撃は斬って払われた。
「何なんだよこいつ!」
動きが不気味すぎる。これまでに戦ってきた魔獣はいずれも形状は生き物の延長だ。
だがこんな形の生き物がいるなんて話は聞いたことがない。
切り落とされた腕から新しい手のひらが生えてくる。異常な再生速度。
魔獣だとしたら中型以上の再生速度だ。
両肩についている瘤が動いた。
それは瘤ではなかった。
頭だ。真ん中についている頭と同じ様に、口元だけが存在する頭が計三つ。
その頭部が、あるのかも定かではない目で四人を舐め回すように見つめる。
そうして、その視線が一点に定まった。イオである。
「オレかよ!」
慌てて<ウェルトルブ>を納刀して、第二撃に備える。そんなイオに飛びかかるように六本腕は跳躍し――。
「うむ! よそ見厳禁だ!」
ウェンディが伸ばした水の鞭に絡め取られる。水場がほど近いこの場所ならばウェンディの聖剣はその特殊能力を十全に発揮できる。
巨大な魔獣でさえ拘束するその戒めを六本腕は腕のひと振りで振り払った。
「うむ!?」
想定外の膂力にウェンディが目を丸くする。
だが振り切られたとはいえその拘束は役に立った。
散開していたオルガがイオの援護に間に合う。一瞬の溜後、上段からの切り下ろし。
オーガス流剣術壱式。鏡面・波紋斬り。
その攻撃に対しては六本腕は過剰な程の反応を見せた。
全ての腕を防御に回し、己の胴体を守る。
(波紋斬りを知っている?)
疑問が頭を流れたのは一瞬。
その意識は瞬時に霊力の振動波を生み出す事へ傾倒していく。
霊力の振動波が疵から流し込まれて対象を切り裂いていく。
腕を一本切り飛ばした。
腕を二本切り飛ばした。
腕を三本切り飛ばした。
快進撃はそこまで。勢いを失った振動波では四本目は半ばまでしか断ち切れなかった。
オルガの霊力の練りではここが限界。胴体にかませれば一撃で両断できただろうが、多腕と言う利点を生かされた。
「不味い……!」
中途半端になった斬撃で、動きを止められた。武器を手放すか否かという選択を突きつけてくる。
だがここで武器を失くすというのは致命的だ。
腕の向こうで三つの頭が同時に笑みを浮かべた。愚かしい獲物を見る嘲笑だ。
残った二本の腕がオルガの胴体を貫こうと後ろに引き絞られて。
「甘いですよ」
横合いからのエレナの斬撃。それがオルガの仕損じた四本目の腕を断ち切る。
そうすることでオルガの選択肢は武器を捨てずに離脱するというものが生まれる。
弐式。朧・陽炎斬り。
足先から伸ばした霊力の刃。ミスリルの剣を介さずに生み出した刃は強度も切れ味も劣る。
故に一撃。
相手の腕の一本の攻撃を逸らす事だけに集中して全力で蹴り飛ばす。
だがそれでもまだ一本が残る。
軸足となった足で全力の跳躍。まだ逃れるには足りない。
身動きの取れない空中へ飛び出したオルガはそれでも動じずに、己の中で霊力を練り上げた。
人型魔獣=魔族なのでまた異質な奴




