30 誰が見捨てるのか
ある程度水場に近いところで、エレナは三人を下ろしてへたりこんだ。
オルガも座り込み、イオは肩で息をしている。ウェンディは身体を起こす気力もないのか。うつ伏せで倒れ伏していた。
「さ、流石に疲れました」
「お疲れエレナ」
「イオ……お前な」
「どういうつもりなのだ」
「うっせえドMコンビ。あの状況で突っ込むような自殺行為見過ごせるかっての」
真正面からの罵倒に、ドMコンビは口を閉ざした。
認めざるを得ないのだ。
あの状況で他の候補生を助けるために殿を務めるのは自殺行為だと。
だがそれでも。
「助けられたかもしれない」
オルガがそう言うとイオは有無を言わさぬ口調で言った。
「アイツら助けるためにオルガやウェンディが大怪我したり死んだりしたら何の意味もねえよ」
「むう……」
困ったようにウェンディが呻く。
悪意を持って妨害されたのならば打砕けばいい。
だが、善意を持って妨害されたのならどう対処すれば良いのか。
二人ともそれを知らない。
「言っておくけどな。オレだって自分の身を投げ出してでも助ける事の全部が悪いとは言わねえよ」
事実、イオはエレナを助けるためには相当の無茶をした。
肉体的な死の可能性こそ低いが、進路的な意味では致命傷となりかねない無茶を。
「でもアイツらは好きで、自分で選んであそこにいる。自分のやりたいようにして死にかけたんならそれはそいつの責任だろ?」
ここがイオとドMコンビの大きな違いだ。
あくまでも、不本意な行動の結果困っているならば助ける。イオはそういうスタンス。
「私は……そんなにいろんなところに手は伸ばせないです。私が守れるのは隣にいる仲間とすぐ後ろで守っている人くらい。離れたところにいる人を守れるほど、私は強くない」
だから、守れない相手よりも守れる相手を優先するとエレナは言う。
それで守れるはずだった相手を亡くすよりもずっとマシだからと。
『まあオルガ。私としては二人の意見に賛成よ? 誰彼構わず助けるなんて言うのは自殺と大差無いわ』
「……それでも俺は。人を助けたい。人のために生きていたい」
「ったく強情だなあ」
イオは仕方ないというように笑う。
「まあオレだって別に好き好んで見捨てたいわけじゃない。ヤバそうになったら、見捨てられない二人の代わりにオレが見捨てて二人を連れて逃げるだけだから。気にすんな」
「大丈夫です、イオさん。その時は私も一緒ですから」
「……ありがと、エレナ」
イオが照れくさそうにはにかむ。
そう二人は言うが、気にしないわけがない。つまりそれは、イオがエレナが背負うのだ。
オルガとウェンディ二人が救おうとしていた誰かを、切り捨てたということを。
ならば、その決断をオルガか。あるいはウェンディが行うか?
出来るはずがないとオルガは思った。
ウェンディが何故そうするに至ったのか。その背景は知らない。
だが少なくともオルガは。人助けをやめた自分というのは最早。
ーー何の価値も無い屑でしかない。
「……その件についてはいずれ話し合うとして、一つ提案だ」
地面に突っ伏したままウェンディが片手を上げる。
「とりあえず休息を取ろう」
「……だな。先にオルガとウェンディが休憩してくれ」
『オルガ。二人にも休憩してもらって。この状況だから私が周囲を索敵するわ。まあ、メイドちゃんを捉えられてないからちょっと自信無くしてるけど』
ヒルダに関してはオルガだって全く気づけていない。他の三人も同じだろう。
少なくともマリアがこの中では一番鋭い感覚を持っているのは間違いない。
「イオとエレナも休んでくれ。マリアが警戒してくれるらしい」
「……背後霊って索敵出来るのか?」
『背後霊言うなし』
この二人。やはり微妙に反りが合わない。
「少なくとも俺よりも優秀だな」
「へえ」
「でしたら、遠慮なくお願いさせてもらいますね、マリアさん」
『エレナちゃん。そっちに私は居ないわ』
全然違う方向なのは見えていないのだから仕方ないことだった。
「あの聖騎士さんも合流出来れば良いんですが……」
「うむ……」
殿となった彼の無事を祈る。
本人が言うだけあって、小型魔獣級の群れは苦手そうだったから心配である。
透明化。弱くは無いと思うのだが。
兎に角今は四人とも気を抜いて、リラックスしようと努めている。
少しでも心身を回復させたいが、夜の演習場で野営道具があるわけでもない。そんな状態ではマトモな回復は望めないだろう。それでも少しでも、という思いが四人を休息に向かわせていた。
「……ところで、アレ何だったんだ? 魔獣じゃなかったよな」
「そうでしたね……気にはなっていましたが」
魔力によって変化した生物を魔獣と呼ぶのならば、アレらは魔獣ではなかった。
あくまで魔力を持っているだけ。変化には至っていない。
だからこそ、数が多くともなんとかなっていたのだが。
『何ていうか……そう、みんな同じ様に見えたわね。魔獣って個体差が激しいけど、あの魔獣もどきはその差が普通の生き物レベルの差しかなかった』
つまりは不自然な魔力だけが全体で統一されていたということだ。
『もしかしたら……鬼祷術かしら。生き物を大勢操る、みたいな。穢れ落ちが居たのは間違いないし』
「魔族か……」
人語を解する獣とオルガは定義している。
「つうか最初に聖剣の保管庫が襲われてたよな。大丈夫なのかよ。奪われたりとか……」
「そこは心配いらないかと」
不安がるイオに、エレナが安心させるように声をかけた。
「聖剣は適合者以外には触れることも出来ません。故に奪われるという心配は不要かと」
「へえ。使えないどころか触れられないのか」
そう言いながらイオはオルガの手に自身の<ウェルトルブ>を握らせようとしてきた。
「イオ、人で試そうとすんな」
触れられない、と言うのが具体的にどうなるのか己の身で試したくはない。
「おっとバレたか」
そう言いながらイオはオルガのボロ剣に手を触れた。
「やっぱ触れるよな」
「だからそれ聖剣じゃねえって」
「でもなんで、保管庫に入ってたんでしょうね」
『そりゃきっとこの超絶美少女が宿っているって誰かが見破ったからよ』
マリアがなにやら寝言を言っているが。
残念なことにその寝言以外に理由が見つからないのも事実だった。
しかしそこでオルガはふと気が付いた。
「マリアって、俺と会う前はずっと寝てたのか?」
『意識がないのを寝ていたというのならそうね』
だとしたらおかしい。
あのボロ剣とマリアに関係があるのは間違いない。ボロ剣にマリアの行動が制約されていることからも確実だろう。
……やはり順序がおかしい。
これではあべこべだとオルガは思った。
イオエレナとオルガウェンディのスタンスは実は対立しています。
と言うかドMコンビがおかしい