26 不意打ち
昼間はヒルダと模擬戦をして。
夜はヒルダの自称過剰なスキンシップをして。
そんなこんなで瞬く間に五日が経過していた。
「ん……どう、ですか。オルガ様。気持ちいいですか? 私、初めてなので良く分からなくて……」
「大丈夫だ。俺も初めてだからな。上手い下手も良く分からない」
「そうでしたか……もっとした方がいい場所とかありますか?」
「そう、だな。もうちょっと下の方頼む」
「下、ですね。かしこまりましたっ」
オルガに馬乗りになって身体を上下させるヒルダ。
それを受け入れるオルガ。感じる快楽は、マリアの視線も忘れさせるほどだった。
『違うのよ……オルガに効果的なのはそう言うのじゃないのよ……マッサージよりも薄着なのよ』
視覚的効果の方が大きいのだとマリアはオルガ以外に聞こえぬ声で訴えるのだが、残念ながらそれは聞き届けられなかった。
オルガとしてはマッサージなんてものを受けるのは初めての経験だからヒルダのそれが上手いのか下手なのかもよく分からない。
とりあえず疲労した筋肉が解きほぐされていくことへの心地よさは病みつきになりそうだった。
『そんなに気に入ったのならしてあげましょうか。オルガの身体を借りるけど』
それをしたら最後。腕の関節が酷い事になるのではないだろうか。
「ところで、オルガ様」
「何ですか?」
リラックスしていたオルガは気付かなかった。
ヒルダの声に含まれていた僅かな緊張に。
「オルガ様は王都のスラム出身だとお聞きました」
「……誰から聞きました、それ」
別に口止めしていたわけではないが、積極的に話をしたい訳でもない。
その話をした時、ヒルダはその場にいなかったはずだ。
「申し訳ございません。学院に登録された情報を調べました」
「ああ……なるほど」
確かに現在の住所を聞かれて素直に答えた記憶がある。確かに学院にならオルガの出身情報が残っているだろう。
「ええ、そうですよ。そんな人間がウェンディの側に居るなんて許せないとかそう言う話ですか?」
「ご冗談を。それを言い出したら私だって同じような物です」
「そう言えばそうでしたね」
だったら何故こんな事を言い出したのだろうとオルガは疑問を抱く。
その答えは直ぐにヒルダから話してくれた。
「――スラムで起きた事件について、調べているのです」
身体を強張らせない様にするのに苦労した。いや、それでもヒルダは指先の僅かな感触からオルガの緊張を読み取ったかもしれない。
これが、本命かとオルガは悟った。
明らかになれていない様な色仕掛けめいた……いや、大した物では無かったが――それもこの為の布石か。
「一つは約四年前。スラムで起きた連続行方不明事件」
知っている。
寧ろ王都のスラムに住んでいて――いや、王都の住人でそれを知らない人間などいないだろう。
一か月で百人以上の行方不明者を出した今尚未解決の事件。
犯人も不明。
被害者たちの行方も知れず。手掛かりすら掴めない。
そこに住んでいた住人達ですら全容を把握できなかった事件だ。
それ故に魔獣が関与しているのではないかと言う噂が流れたほど。
王都での、スラム街での事件と言えばこれは有名過ぎる。
「……有りましたね。俺の知り合いでも犠牲者が出ました。ある日突然、止まりましたけど」
「ええ。あの事件について調べているのです。何か知っている事は有りませんか?」
「……何も」
短く。そう答える。余計な発言は相手に思考の材料を与える。
故にオルガは沈黙を選んだ。
「一月足らずで百人ほどが消えた事件……っていう事しか知りませんよ」
「他に何かありませんか? どんな些細な事でも良いのです。見慣れぬ人間が出入りしていただとか――」
「知りませんよ」
思いのほか冷たい声が出た。
ヒルダのマッサージの手が一瞬止まる。
『オルガ?』
思わずマリアがオルガの顔を覗き込みに来た。先ほどまでのリラックスした様子とは打って変わって、奥歯を噛み締めている。
「寧ろ、何があったのか俺が知りたい位なんです」
「……失礼しました。事件の渦中に居た方に対して無遠慮に尋ね過ぎましたね」
「いえ……俺の方こそ。過剰に反応して――」
「無遠慮ついでにもう一つお聞きします」
まだ聞くのかとオルガは少しばかり呆れる。今の流れで良くこの話題を続ける気になるなと。
だが逆にそれだけ聞きたい事――知りたい事なのだろうと思えば、少しくらいは協力するのも吝かではないと。
オルガはそう思って。
「十年前に、誘拐未遂事件が――」
ヒルダが斬りだしてきた言葉が余りに予想外の不意打ちで心臓が跳ね上がった。
どうしてこうも。ピンポイントで――オルガの関わっていた事件に触れてくるのか。
それと同時に、学院に鳴り響いた爆発音。
それ自体は珍しい物では無い。聖剣の特殊能力で爆発したりするのは比較的多い能力だ。
こんな夜にと言うのを除けば日常風景とも言える。
だが時間帯。
そしてそれが連続したとなれば話は別。
更には寮内に鳴り響く警報の音。
初めて聞く音にオルガは身体を跳ね起こした。
何時の間にかヒルダもマッサージを止めて窓枠に駆け寄っている。
「あれは……聖剣保管庫?」
ヒルダの呟きオルガも爆発の光が見える方向に視線を向けた。
錫杖剣の加護に似たような光の壁が何度も瞬いているのは間違いなくオルガがボロ剣を受け取った聖剣保管庫だ。
そこへ断続的に攻撃が加えられている。
候補生がバカ騒ぎをしている――訳ではないだろう。
だとしたらこれは。
『信じられない。ここって一応魔族を狩れる人たちの本拠地よ? そんなところに単独で……』
マリアの呻くような声にオルガはやはりと感じた。視線が絡み合う。
『穢れ落ち――魔族よ。それも強力な』
「……オルガ様。戦闘態勢を整えてお嬢様との合流を」
『ヒルダさん?』
「しばし休暇を延長させていただくと、そうお伝えください」
そう言うや否や。ヒルダは窓枠から身を躍らせた。エプロンドレス姿のままで、爆炎が吹きすさぶ方向へと駆けていく。
「え、ちょ」
『オルガ! みんなと合流した方が良いわ! この気配……魔獣かしら……ううん、違う。何これ……何か変な気配!』
マリアも知らない未知の気配。
それだけでヤバそうな臭いがプンプンする。
ミスリルの長剣を片手に。幸い服は戦闘着のままだ。
「この格好で女子寮入って怒られないかな!」
『オルガが女子寮覗く為にこの騒ぎを起こしたとは思われないから安心なさい!』
明らかな緊急事態だ。それくらいは見逃してもらおう。そう思いながらオルガは仲間たちと合流すべく、床を蹴った。
ヒルダは当てずっぽうに矢を放ちましたが、全部オルガにクリティカル。