11 大分変態的な動き
「遅いぞオルガ!」
約束していた場所に向かうと、既にイオは一汗流した後の様だった。
額に汗を浮かばせながら、遅刻したオルガを軽く睨んでいる。
「一晩で忘れてたのかよ」
「や、覚えてた。ちゃんと覚えてはいた」
のだが、カスタールに絡まれて遅刻しただけである。
とは言え、それを言うとイオにまた負担をかけることになるだろう。
自分の知らない所でまでストーカーの手が伸びているというのは聞いていい気分になる話ではない。
なので。
「校舎裏で寝転がっていたら約束の時間を過ぎていただけだ」
「やっぱ忘れてたんじゃねえか!」
「いや。覚えてはいたんだ。直ぐに起き上がって動く事が出来なかっただけで。天秤剣に誓ってもいい」
『うわあ。確かに嘘は言ってないわね』
マリアの呆れた様な視線を無視して、オルガはついさっき知った情報を会話に挟む。
実のところ、イオにドヤ顔で教えるつもりだったのだが――。
「いや、そんな事天秤剣に誓われてもな……もうちょいマシな事誓えよ」
とあっさり流されてしまったのでイオには既知の情報だったらしい。
というよりも。
『オルガが聖剣に関して不勉強すぎるだけじゃないの?』
否定できないとオルガは心中で唸る。
もしや、空き時間全てアホみたいに木剣を振り回している間に知識面では結構な差を付けられているのではないだろうか。
それともこれらは割と常識的な事なのか。
「遅れて悪かった、イオ」
「まあ、今日はカスタールに絡まれてないから良いけどよ」
そりゃそうだとオルガは頷く。一緒に過ごしていたのだからこっちに現れる筈がない。
とは言え、ああやってオルガが絡まれていればイオは平穏であることに気付いた。
イオを安心させるためだけならば、オルガから積極的に絡みに行くのも一つの手かもしれない。
何しろ、あの男はオルガがイオを切らない限りは何度でも繰り返すと言っていた。
つまりはお互いに絡もうとしているのだ。嫌な相思相愛である。
『オルガ、変なこと考えてるでしょ?』
「まさか」
「オルガ?」
「いや、何でもない」
思わずマリアの言葉に反応してしまって、イオに怪訝そうな顔をされる。
ケラケラと腹立つ顔で笑っているマリアに一瞥を投げた後、イオに向き直る。
「それじゃあ俺その辺で自主練してるから」
「おう。オレはそこでやってる」
そう言いながらイオは鞘付きの木剣を構えながら何やら型稽古をしている様だった。
鞘から抜いて戻す。その動作を繰り返している。
おや、とオルガは疑問に思う。
何故イオは聖剣を使わないのだろうと。
或いは、単にオルガの前で手の内を晒そうとしていないだけかもしれない。
あくまでこれはカスタールから絡まれないための一時的な協力関係。
今後も継続して手を組むと決めたわけでは無いのだから。
『さて、一番弟子。いよいよ今日から霊力の操作よ』
オルガがイオに意識を取られているとマリアが傾聴とばかりに手を叩いて彼の注意を引いた。
『あの子がいるから返事はしなくても良いわよ。私もオルガが独り言の多い変人、って言われるのは忍びないから』
お気遣いどうも、とばかりに肩を竦める。
出来ればその気遣い、もっと日頃から発揮して欲しい。
とりあえずまずは危機的状況になると嬉しそうにするのをやめて欲しいものだとオルガは切実に思った。
『霊力の操作をするにはまず、己の霊力を把握しないといけない……何でか知らないけどこの学院の人たちは皆霊力少ないのよね』
不思議そうに言うマリアに、オルガは嫌な予感を覚えた。
もしかすると、その霊力が足りないとオーガス流は使えないとかいう話でなかろうか。
『あ、オルガは大丈夫よ。まあ私に比べると少ないけど。使う分には問題ないわ』
そりゃ良かったと思いながらも疑問は残る。
何故自分だけが例外で他の人は少ないのだろうか。
『地域差もあるのかもね。この辺の人たちは霊力が少ないのかも』
そんな物かと思わないでもないが、マリアが分からない事をオルガに分かる筈も無い。
オルガにはその霊力が何なのか。それを今から知る様な初心者なのだから。
『それじゃあ早速だけど霊力を知覚してもらうわ。他人の霊力は今はどうでも良い。まずは自分の中にある物を認識して』
そう言いながら、マリアはオルガに手を伸ばす。
『はい。お手』
「……この野郎」
小声でマリアに向けて悪態を吐く。
マリアの手とオルガの手が重なる。
ほんの少しでもずらせばオルガの手は何も掴む事は無く、マリアの手は何も触れずにすれ違うのだろう。
『そうだ。先に謝っておくね』
――何を?
『多分吐くわよ』
その言葉の意図を汲み取るよりも早く。
己の身体の中で何かが動いた感覚。
それは例えるならば、水の入った樽を大きく横に揺さぶったかのような。
自分という器の中に満たされた水だけが盛大にかき回されたかのような。
オルガ自身、上手く説明できない感覚だったがその感覚によって招かれた事態は非常にシンプルだ。
強烈な吐き気。
己の身体の中の何かが正常ではなくなったことで真っ直ぐ立っていることも出来ずに崩れ落ちながら反吐をまき散らす。
「ちょ、えええ!? オルガ!?」
少し離れた所で素振りをしていたイオが驚愕の表情を浮かべながら駆け寄ってくる。
イオからしてみればオルガはしばらくじっとしたかと思えばいきなり嘔吐しながら倒れたのだから驚かない筈がない。
「お前。大丈夫かよ? 風邪か? 食あたりか?」
その問いかけに答える余裕はない。
全身がまるで痺れた様に自由にならない。
指先一つ動かせず、辛うじて視線だけが動く状態。
どういう事だとマリアに問う事すら出来なかった。
『今私がオルガの霊力を無理やり動かしたわ。今は無理に動かない方が良い。今まで動かさなかった物が急に動いたから身体がびっくりしてるのよ』
倒れ伏すオルガを見下ろしながら、オルガにだけ聞こえる声でマリアがそう言う。
当然だがイオには聞こえていないのでオルガが突然の体調不良に見舞われた様にしか見えない。
『本当はもっと霊力の小さい……子供の内にやるのよこれ。そっちの方が動かす量も少ないから身体の反応も小さいし』
「お、おい! 本当に大丈夫か! 何か痙攣してるぞ!」
イオの悲鳴に、オルガは自分の身体がとんでもない事になっているのを知ったが、どうすることも出来ない。
言い訳するようにマリアがそう言う。
『実を言うと、オルガ位の年の人にやるのは初めてだったんだけど……ごめんね?』
やっぱりこいつ悪霊だと思いながら、オルガは意識を手放した。
公約通り吐かせました!(最低の公約