25 ヒルダとの特訓(夜)
『はー中々やるわねメイドちゃん』
マリアが感心したように息を漏らす。
聖剣を使っていない――即ち、アレは素の身体能力で行ったという事だ。
本物の聖騎士、凄いな……とオルガは感嘆する。
聖剣抜きでもここまで強いとは。
「どうでしょうか。少しは参考になりましたか?」
「……ええ、まあ」
とりあえずヒルダの戦い方も自分には真似できないという事は。
とは言え、逆にそれは幾つもの戦い方はあるという証左。ならば自分に合った戦いぶりを見つければ良いのだ。
「それは良かった。よろしければこの一週間はオルガ様のメイドです。模擬戦のお相手致しますよ?」
「それは……ありがとうございます」
『あー! 浮気だ! オルガがメイドに浮気した!』
人聞きの悪い。
ちょっと師匠が頼りないから他の流派と相見積もりするだけだ。
「それからこれは持論ですが、闇雲に数だけをこなすのは正解でもあり、不正解でもあると思いますよ」
「それはつまり……」
どういう事だろうかとオルガは考える。
今のオルガのやり方――マリアとの立て続けの模擬戦を言っているのだろうか。
「ただ基本を叩き込むだけならばそれも良いでしょう。ですがそこから一歩進もうとするのならば――より深い理解が必要になります」
「おお……」
何だかとても師匠っぽい物言いだと思いながらオルガはヒルダの言葉に頷く。
「まあこれはメイド業のお話ですが」
『ふ、ふん……メイドと戦いを一緒にされちゃあ困るわよ!』
とてもマリアが負け惜しみの様な事を言っていた。当人も自覚があるだろう。
確かに、マリアとの模擬戦は質よりも数になりつつあったと。
と言うよりも、マリアのストレス発散の意味合いが若干強かったような……。
「それから――負け癖を付けるのは良くないですね。いざという時、最後の踏み込みが鈍る可能性があります」
あと一歩踏み込んだ時に勝つイメージを持てるか。それとも負けるイメージを抱くか。
その差が生まれるとヒルダが言う。
「イメージトレーニングをするにしても、己が勝つための手順を確認するという事を重視した方がいいかもしれないですね」
「なるほど」
『ああ! オルガの中の信頼度が高まってる気がする! わ、私が師匠なんだからね!』
でも、今の所ヒルダの言葉の方が説得力あるしなあとオルガは思う。
「では私は今日はこれで。洗濯をしてまいります」
「あ、はい。ありがとうございます」
学院の戦闘着は厚いので洗うのも大変なのだ。それを代行してくれるというだけでもありがたい。
再びマリアと二人に戻ったオルガは先ほどの戦いを反芻する。
落ち着きを取り戻したマリアが珍しくオルガの戦いぶりを褒める。
『でも良い感じだったと思うわよ? 弐式の使い方が大分上手くなってきたわね』
「その気になれば全身から刃を生やせるからな。相手の攻撃を受け止める事も奇襲にも使える」
『そうね。でも過信は禁物。剣を通すよりもイメージが甘いから強度はそれほどじゃないわ』
「覚えておく」
『参式も漸く本来の使い方が出来るわね。あれは囮であると同時に本命。時には自分を囮にして一撃叩き込む技よ』
「でもそっちの威力もあくまで牽制、止まりだよな。まだ」
『そこは訓練次第ね。最初にしては良い感じよ』
そこでマリアの言葉が途切れた。オルガのジトっとした視線がマリアの顔に突き刺さる。
『な、なによ一番弟子。その目は』
「いや、何か今日は妙に褒めるなって思って」
『わ、私は何時だって褒める時には褒めるわよ?』
「……本当に?」
『…………ええそうよ! 弟子が取られそうになったらご機嫌取ってるわよ悪い!?』
「逆切れすんなよ……一週間限定だからさ」
『そのまま取られちゃったらどうするのよばかー!』
マリアを宥めるのに時間がかかってしまい、その日は碌な訓練にならなかった。
そうしてマリアを部屋に放り込んで、風呂に入り。夕食を食べて。
「おかえりなさいませオルガ様」
「……忘れてた」
そう言えばヒルダが居るんだったとオルガは思い出す。洗濯して貰った事で満足してすっかり忘れていた。
女性に免疫を付けさせるというのが元々の話だった。
『一体どんなことをするのかしら……』
前から思っていたがコイツ結構むっつりだよな……と、オルガはマリアに呆れる。
興味津々である。
「ではオルガ様こちらに横になってください」
『え、いきなりそんな……ねえ、オルガ。私見てても大丈夫?』
寧ろお前の頭が大丈夫かと問いたい気分だった。少しピンク色過ぎではないだろうか。
そうして始められたのは――耳かき。
「痒いところは有りませんか?」
「いや、特には」
淡々と。ヒルダの膝の上に頭を乗せてオルガはそう答える。
全く動じていない。
ヒルダも特に照れるような事もなく。黙々と耳掃除をしている。
「反対側やりますね」
「お願いします」
その余りに熱の無いやり取りに。
『嘘つき! オルガの嘘つき! 私を騙したわね! 全然エッチじゃないじゃない!』
オルガは一言もそんな事は言っていないのだが、と突っ込む。そっちが勝手に期待を膨らませていただけだと。
『っていうか膝枕よ! 何でもっと照れないのよ! ヒルダちゃんも凄い作業的にやってるし! 何なのもう!』
何故お前がそんなに怒るのかと思うが、まあそれはさておいて。
照れない理由を問われればある意味シンプルだ。
布地が厚すぎて、特段何も感じないというのが正直な所。
何か匂いでもすれば別だろうが、恐ろしい程に無臭だ。
故にオルガとしては特段焦る様な状況ではないというのが正直な所である。
「……おかしいですね。こうすれば殿方は大興奮だと同僚から聞いたのですが」
「人によるんじゃないですかね」
『分かったわ! 露出よ! 露出! スカート短くして生足の上ならオルガも照れるでしょ!』
マリアが叫ぶが残念ながらヒルダには届かないし、オルガも代弁するつもりはない。
何でそこまで人を照れさせたいのか。
「いえ、つまりオルガ様はこの程度には動じないという事。でしたら明日はより負荷を上げていきましょう」
「はあ……そうですか」
何でこの人もこの人でここまで情熱を燃やしているのか。オルガにはそれもさっぱりわからなかった。
マリアはもっとエッチな事を期待してた。でも当人の知識では服を脱ぐくらいしか思いつかない貧弱な発想。