24 ヒルダとの模擬戦
流石にここでやるのは人目があるので、と言うヒルダに合わせて少し学院内の森寄りに移動する。
ここならば人目にはつかないだろう。
「ではオルガ様。どこからでもどうぞ」
そう言ってヒルダは身体を半身にする。構えられた短剣の影に身体を隠すように。
――隙が無い。
マリアは寧ろ意図的に隙を見せてそこに相手を乗せる様な戦い方をしているが、ヒルダは真逆だ。
迂闊に攻め込ませないという意思を感じる。
恐らくだがそこは戦い方の根本的な違いがあるのだろうとオルガは思った。
マリアはどこまで言っても敵を斬るための剣だ。
護るのは己の身だけ。時にはそれさえも投げ捨てる。
ヒルダは敵から誰かを――恐らくはウェンディを守るための剣だ。
その場合において最上なのは相手にそもそも攻撃をさせない事だろう。
そんな思想の違いが良く見える。
だがこうして見ているだけでは始まらない。
軽く打ち込みに行く――瞬間、オルガの剣が強く弾かれた。
手に残る痺れ。意図した方向とは全く別の向きへ流されていく剣。
不味いと思うよりも早く、ヒルダが踏み込んできた。
あの長いスカートでその歩幅が隠される。気が付いた時には鞘に収められたままの短剣が喉元に触れていた。
「少し迂闊でしたね」
「……みたいです」
まさかこの小さな短剣であそこまでの衝撃を受けるとは思わなかった。
未だに手にその痺れが残っている。
「それと、遠慮は不要です。普段魔獣と戦っている時と同じように。全力で」
「――いや、それは」
流石にそれでは勝負にならないのではないかとオルガは思った。
いくら何でもただの短剣一本を相手にするには過剰な力だろうと。
『やってもいいと思うわよ。私は』
だがマリアは行けと言う。
見たこと無い程真剣な瞳でマリアはヒルダを見つめている。
『強いわよ。今のオルガよりも間違いなく数段上。私が私の身体で全力を出せば勝てるでしょうけど。オルガの身体じゃ微妙ね』
マリアがオルガの身体で戦った事はそう多くは無い。
ただ度々それを提案して、その度に勝利を確約していたマリアとは思えない弱気な発言だった。
「……分かりました」
霊力を体内で循環させて肉体を強化していく。
手にした木刀に流し込んで強度を底上げする。
「行きます!」
踏み込む。地面が抉れる。悪くなった足場を半ば無意識にオルガは足元から放出した霊力で補強した。
地面に伝えられた力が不足なくオルガの加速力に変わった。
一瞬で距離を詰める。額をぶつけ合う様な至近距離。
上半身を残したまま、足捌きだけで衝突を回避する。霊力の分身を置いて気配を誤認させる。
だがヒルダは誤魔化されなかった。すれ違ったオルガの姿をしっかりと眼で追っている。
それはオルガにとっても想定内。
オルガの参式を囮として通用するのは視界が制限されている時かそもそも実力が不足している相手のみ。
ヒルダがそれを見破ってくるのは納得こそあれ動揺は無い。
だからこそ、これはオルガにとって好機だ。
ヒルダは囮から意識を離している。当然だ。そこにあるのはただの霊力の塊でしかない。
その認識が隙となる。
分身がより明瞭な形を造る。振り上げられた刃とそれを振るう腕。
飛燕・木霊斬り。これこそが真の姿。霊力で生み出した分身は、霊力の刃を持って敵を襲う。
その分身の動きに合わせてオルガも方向を転換する。鏡面・波紋斬り。
まだ完全に溜を打ち消す事は出来ていない。しかしその隙を、分身の攻撃でフォローする。
完全に想定外の方向からの攻撃もヒルダは防いだ。鞘付きの短剣が分身の刃を一撃で砕く。
そこへオルガの鏡面・波紋斬りが飛び込んだ。霊力の振動波。それをヒルダは後方へ跳躍して躱そうとした。
逃がさない。
その霊力波を纏ったまま、オルガは霊力を伸ばす。朧・陽炎斬りとの連携。
見えない筈の不可視の刃を、ヒルダは短剣を振るって迎撃した。流石にオルガも驚愕する。
まさか見えているのかと。
――実際の所ヒルダには霊力を視る事が出来ていない。
ただオルガの動きから何かしらの遠距離攻撃が来たと予測して迎撃しただけである。
だけと言うが確かな実戦経験に裏打ちされた推測が無ければ出来ない芸当である。
メイド服を翻して、ヒルダは自身のベクトルを反転させる。一瞬でオルガの懐へ飛び込んでくる。
至近で目と目が合う。
オルガの長剣が弾かれた。どういう振り方をしているのか。オルガは剣を取り落とさない様にするのが手一杯だ。
跳ね上がったオルガの腕の内に入り込んで、再びオルガの首元へ短剣を突きつけようとするヒルダ。
剣を戻すのは間に合わない。
ならば、と片手を剣から離してそこへオルガは肘を打ち下ろす。
その動きにもヒルダは反応する。首への攻撃を取りやめて短剣をコンパクトに弧を描かせて肘を迎え撃つ。
もしもこれが鞘無しだったらそこでオルガは腕を切り裂かれて重傷だ。
しかしそんなヒルダの予想は裏切られる。
短剣が何かに弾かれた。何に? と言う疑問。だがそれをヒルダは直ぐに飲み込んだ。
何故は重要ではない。弾かれたという結果。そこだけに着目すればいいのだ。
剣から伸ばせるのならば、身体からも伸ばせるはず。
そう考えたオルガが練習して最近できるようになった朧・陽炎斬りの新たな使い方だ。
伸ばした指先からも霊力の刃を伸ばし、片腕だけで振るった刃からも同じく。
変則的な二刀流でヒルダを追い詰めようとするのだが――短剣がオルガの顔面目掛けて投げつけられた。
咄嗟に戻した剣で弾く。そこへ合わせてヒルダが無手のまま距離を詰めて来た。
先ほどの焼き直し。だが今度はヒルダがそのままオルガの襟首を掴み――オルガの身体の勢いを利用して地面目掛けて投げられた。
「がっ!」
肺から空気が吐き出される。一瞬意識が飛びかけた。
そんなオルガを押さえつけたまま、弾かれた短剣を軽く片手で掴むとそのまま首筋へと突き付けられる。
「お見事でしたオルガ様。正直ここまで出来るとは驚きました。ですが相手が武器を手放したとしても油断してはいけません」
「……護身術を齧ってるってレベルじゃないでしょう、これ」
「メイドは不埒な客人を撃退する事もあるのでこの位は必須技能ですよ」
そんな風に嘯くヒルダ。この投げ技は絶対護身術じゃないと思いながら、オルガは疲労した身体を地面に投げだした。
つまり、メイドに迂闊に触れようとすると投げられます。
過去何人がヒルダに投げられたのか……