23 ヒルダとの特訓(昼)
「それじゃあそう言う方針で。後はまた各自で」
一度、互いに模擬戦をしてみたりだとかそう言う事も試してみたのだが――今一上手くいかなかった。
何しろそれぞれポジションが違う。
小隊として動くならばそれはクエストによる実戦で鍛えるしかない。
個々人としての技能を磨くと考えた時、何でも有りにするとウェンディが強すぎるのだ。
何しろ水場さえあれば無制限に遠距離攻撃が出来る。
近頃は視野も広がって、的確な水弾を放ってくるので手が付けられない。
逆にウェンディに制限を加えると今度はエレナが強すぎる。
多少の被弾は物ともせずに突っ込んできて終わりだ。
そんな訳で結局個人練習が一番いいという結論に達したのであった。
『今日はちょっと気温が低いわね。池を走るのはやめときましょ。幾らオルガでも風邪を引くわ』
「……なあそれどういう意味だ?」
返答次第では只じゃ置かない。
もしも何とかは風邪をひかないなどと言い出したら、お前だって風邪引いたこと無いだろと反撃する準備は出来ていた。
「オルガ様?」
「……いや、何でもないです」
ヒルダが背後にいる事を忘れてマリアに突っ込んでしまったオルガの言葉に、首を傾げる灰色のメイド。
『やーいやーい。怪しまれてるー』
――半年前。フェザーンはマリアに干渉して一時的に彼女を消し去った。
マリアは何が起きたのかよく分からないと言っており、以降特に問題ないので棚上げとなっているが――。
魔族にはマリアを視認できる者がいる。そしてそこに干渉できる者も。
その事に危機感を覚えなかったと言えば嘘になる。もしもそのまま本当に消滅してしまったら。
そう考えれば恐ろしい。
だが、それはそれとして。
どうにかしてその干渉の方法知れないかな、とオルガは何時も思っている。
この反撃されないと思っている人を煽る事大好きな悪霊に一矢報いてやりたい。
無言で剣を抜いて、構える。
良いからさっさと模擬戦と言う声なき訴えだ。
それを見てマリアも唇を釣り上げた。
『良いわよオルガ。今日も三桁は殺してあげる』
そう言いながら二人は切り結ぶ。
マリアは言う。闇雲に振るうのではなく、何か一つ課題を決めてから振りなさいと。
目指すべき点が無いままの修行など意味が無いという。
オルガとしても目標がある方が分かりやすくていい。
今オルガが課題としているのは鏡面・波紋斬りを如何にスムーズに繰り出すかと言う一点だ。
霊力を注ぐ一瞬の溜め。言い換えればそこが動きの中で止まってしまう。
一連の流れが途切れる。それは相手にとっても回避をする隙となってしまう。
やはり、今もそれは変わらない。
多少姿勢を崩しても壱式を繰り出す事は出来るようになった。
だが連携と言う意味では進歩していない。
『何て言えばいいのかな……オルガは動き出しが遅い気がするのよね』
「そうは言うけどな……」
マリアの様に軽やかに動くのは難しい。
何しろ体格が全く違う。肆式もそうだったが、マリアの動きを真似たとしてもそれはオルガにとっての最適ではないのだ。
そしてマリアも、自分ならこうするというのは言えてもオルガならこうした方がいいというのは分からないらしい。
『もっとスムーズに。滑らかに。一瞬たりとも動きを途切れさせずに己の流れの中に相手を巻き込む感じ!』
とマリアは言うのだが――オルガにそれはどうしたって真似できそうにない。
そうして今日も早速オルガの首が斬られた回数が二桁に達した辺りでヒルダが口を開いた。
「もしかして、オルガ様は想像上の相手と模擬戦を?」
「え? ええ。まあはい」
『お? 誰が想像上の存在かな? 何なら今からそうではない事を証明してあげましょうか?』
幽霊と模擬戦していますとは言えないのだからそれくらいは勘弁してほしいとオルガは思った。
「オルガ様の動きを見ていますと余程強い相手を想像している様ですが」
『ふふん、見る人には分かるのよねえ。こう、見えなくても強さって言うのがオルガのやられっぷりから』
「ええ、まあ……」
マリアが調子に乗り始めて煩いなと思いながらもオルガは頷く。
マリアが強いのは否定の出来ない事実だ。
「……オルガ様はどういう戦い方をしたいのですか?」
「戦い方?」
「はい。オルガ様の動きを見ていて思ったのです。何だかちぐはぐだなと」
普段はウェンディを注視ていたので気付かなかったというヒルダの言葉。
「オルガ様はこう、軽やかな動きを目指している様ですが、その動き方は向いていない様に思えます」
「向いていない、ですか」
実のところそれは薄々感じていた事だった。
――俺はマリアみたいには戦えない。
彼女がする動きはもう舞いの様な物だ。途切れることなく、絡め取る様に自分の動きの中に相手を乗せてしまう。
そのまま流れる様に連続攻撃を叩き込んで敵の対処能力を飽和させる。
苛烈なまでの攻め。
それがマリアの剣だ。
「なら、俺にはどんな戦い方が向いていると思いますか?」
『あー! ちょっとオルガ! 私と言う師が居るのに何他の人に聞いてるのよ!』
偶には他の人の意見を聞いてもいいだろうとオルガはヒルダに見えない様に舌を出す。
それに行き詰まっている今、何かきっかけになるかもしれないとオルガは思えたのだ。
「残念ですが、私にもオルガ様にどんな戦い方が向いているかは分かりません。ただのメイドですので」
「そうですか……」
思い出したように付け加えられた最後の一言は嘘だろと思った。
元々降って湧いたような話なので落胆は無い。
「……ただのメイドですが、実は護身術を齧っておりまして」
そこで話は終わりだと思っていたら唐突にヒルダがそんな事を言い出した。
懐から短刀を取り出す。鞘に収めたまま片手に構える。
『聖剣……では無いわね』
「偶には生身の相手と模擬戦をするのはどうでしょうか?」
護身術などと謙遜しているが、色々と複合的に考えればヒルダは間違いなく聖騎士だ。
その相手との模擬戦などと言うのは望んでも得られる機会ではない。
「お願いします」
『ああ……弟子が浮気していくわ……こうしてやる事やって用の済んだ師匠はポイするのね……』
マリアがとても人聞きの悪い事を言っていたが、どうせ誰にも聞こえないのだから無視した。
自称護身術を習っているメイド。護身術があれば大丈夫!