22 春の小隊方針
「うむ?」
朝。何時も通り小隊で集まって今日のトレーニングを始める時間帯。
オルガの背後についているヒルダを見つけてウェンディは首を傾げた。
「ヒルダ。今日から休暇じゃなかったのか?」
「あ、ヒルダさんお休みだったんですね」
「道理で。別のメイドさんが居たからビックリしたぜ」
女子寮ではそんな事があったらしい。そのメイドの姿はここには無い。見たところ、護衛も居ない様だが――。
『居るわね。ウェンディちゃんの後方。聖剣の力かしら? 周りから見えない様にしているみたい』
どうやらマリアの眼には捉えられた様だ。居るかどうかしか分からない様だったが。
「はい、お嬢様。今日からしばらく休みを利用してオルガ様にお仕えしようかと」
「……なあ、エレナ。メイドさんって休日に別の人に仕えるのって良くある話なのか?」
「聞いたことは無いですね……でも、ウェンディさんの所なら――あ、良く分からないって顔してますね」
「うむ! 意味が分からないぞヒルダ! 何でそうなったのだ、オルガ?」
昨日聞いたヒルダの懸念事項。それをまさかウェンディ当人に伝えるわけにもいくまい。
「……いや、正直俺にも良く分かってない」
と誤魔化すに留めた。
「先日とある情報筋から得たオルガ様が女性に対する免疫が無いという問題について、対策を講じる必要があると思いまして」
その言葉にイオが露骨に目を逸らした。やはりこいつだったかとオルガは睨む。
「もしも今後の試験で、そこを突かれてしまった際にとても苦しい事になります」
「反論できねえな」
「なあ、イオ。俺今までお前の前でそんなにだらしない姿を見せたことあったか?」
「少なくともオレ達の水着姿を直視できなかった事ならあったよな?」
事実なので否定はできない。
それでも、とオルガは反論した。
「試験なら流石に見るし……!」
「……でも動きは鈍りそうですね」
まさかのエレナからのツッコミにオルガはショックを受けた表情をした。
情けない程に眉が下がっている。
「オルガは水着が苦手なのか?」
ウェンディが純朴な表情でそう尋ねると、イオが優しい笑みを浮かべながら答えた。
「いや、コイツは水着が大好きな奴なんだよ」
「言い方!」
違うんだとオルガは抗弁したい。と言うか嫌いな男子は多分居ないんじゃないかと思う。
「せめて水着姿を直視できる位には女性慣れして貰わないといけない……私の危機感は共有できたでしょうか」
「重要だな」
「重要ですね」
「うむ。二人がそう言うなら重要だ!」
ウェンディだけは良く分かっていない様だったが、イオとエレナは重々しく頷いた。
こうもあっさり納得されてしまうとオルガとしては結構な衝撃だ。
『諦めなさいオルガ。私も協力するわ。もっと早くからやるべきだったわね。とりあえず水着になってればいい?』
単にお前が着替えたいだけではと思ったが、何を言ってもマリアはオルガをからかって来るのが分かるので何も言わない。
「それでヒルダは具体的に何をするつもりなんだ?」
「一先ずは、お休みを頂いた一週間御側に控えて居ようかと」
「へえ……ずっとですか?」
「はい、ずっとですが」
ヒルダが首肯するとエレナがオルガを手招きした。
「何だよ」
「……変な事してないですよねオルガさん」
「俺はお前らからどう思われているのか心配になってきたよ」
真っ先にそれを疑われるとは。
「変な事?」
「そりゃあれだろ、エロイこと」
「む、オルガよ。ヒルダに酷い事をしたら許さんぞ」
「しないから」
何しろ、脅しなのか何なのか。この学院内におけるルールを知らされている。
一時の快楽に流されて己の人生を棒に振るつもりはない。とはいえ、そんなルールの存在を三人に説明するのも面倒だった。
どういう経緯でそのルールを知る事になったのかと聞かれたらオルガの下手糞な脅かしについても喋らないといけない。
流石にそれは恥ずかしい。
「……ほら。今週の予定確認するぞ。また週の終わりになったらクエストを受けるからな。中型魔獣討伐があればそれだ」
「無かったらどうすんだ? 適当な小型魔獣の討伐でもやっておくか?」
「そうだな……」
正直点数としては物足りない。怪我をするリスクはあるのだから、今となっては割に合わないとも言える。
そう考えて、オルガ達もクエストを受けない日もあった。
だが人の生活を直接に脅かすのは小型魔獣の方なのだ。
特に全体として評価点が底上げされて、危険度の高いクエストを受けるために必要な評価点を満たした現在。
小型魔獣のクエストは徐々に溜まりつつあるようにオルガには見えた。
それは即ち、付近の村は困っているという事だ。
「その時はいくつかクエストを纏めて受けて並行して進行させよう。同じ地域の小型魔獣を纏めて掃討する」
その場合は泊りがけになるだろうなとオルガは考える。
「久しぶりに野営セットが役立ちそうですね」
「うむ。折角テントを買ったのに使っていなかったからな!」
元々オルガ達がサバイバル試験時に用意した二人用のテントが一つ。
ウェンディが所持していた一人用のテントが一つ。
小隊で行動している時は見張りとして常に一人が起きているので問題は無かったのだが、時には村の中で泊めて貰える時もあった。
そういう時は一人――と言うかオルガが馬小屋を借りて寝泊まりしていたのだ。
別にオルガとしてはそれでも問題なかった。
だがマリアが嫌がるのと、毎度毎度オルガを馬小屋に押し込む事に申し訳なさを覚えた三人娘が四人目のテントも用意したのだ。
今回複数のクエストを纏めてこなすならば学院に戻らずにどこかの村に泊まった方が効率は良い。
「まだ冷えるからそこは注意だな」
春も近いとは言え、夜は冷える。風邪を引いては計画が狂ってしまう。
「このペースなら進級の判定がある6月までには十分に評価点は達成できますね」
「入学したころはどうなるかと思ったけど……案外何とかなるもんだな」
イオの呟きにオルガも大きく頷く。
「……あの頃は本当にどうしたものかと思ったからな」
聖剣に選ばれず、評価点も10点からスタートだったあの頃。
全く以て。良くここまでこれたものだ。
まだここはゴールではなく道半ば。油断は禁物だが。
交代要員は普通の聖騎士。そんなに強くない……